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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第5節5項 ロードスにて


 ――8月2日。


 ノーザンブルク城跡の戦いから4日。


 遥か極北のノーザンブルクから走ってきた早馬が、ようやくトイル城に到着した。


 ヴェルトは、その早馬の報せを聞いてすぐ、全軍に伝達した。

 

「もう日が暮れようとしているので、出陣は明日の明朝とする!各々しっかり準備をしておけ!」

「はっ!」


 兵たちの動きは一気に慌ただしくなる。

 トイルに400の兵が詰めてから早2週間。ようやく実戦に出られるとみな息巻いている。


「副長、今晩は壮行会をしましょう」


 と、レイモンドが提案してくる。


「了解だ、武具の手入れの後に行くよ」

「わかりました」


 レイモンドが立ち去ったあとで、ヴェルトは外に干しておいた勝色のサーコートを手に取って、羽織った。


 ………………


 壮行会はトイル城外の演習場で行うというので、ヴェルトは馬に乗って演習場に向かっていた。


 すると、後ろからヴェルトを追いかけてきて、馬を並ばせた者がいた。


「ジーンか」


 ヴェルトの戦友で、今はトイル方面軍副司令を務めているジーンである。


「……先ほど、ラズに放っていた密偵からの報告があった」

「ラズの様子はどうなっている?」

「ファブニルから来ていた主力の邪竜騎士団200が北陸道に向けて出陣したとのことだ」

「ふむ、これでラズに待機している軍勢は残り150か……」

「ああ。こちらの主将は未だ不明だが、北陸道に向かった邪竜騎士団を指揮しているのは首魁のホメロスで確定している」

「大将自ら出陣か」

「ああ。俺たちは奴らと戦わずに済む。幸運なことだ」

「そうだな……」


 と、ヴェルトとジーンは馬を走らせた。


 ………………


「――さて、それではトイル方面軍の出陣を祝して、乾杯!」


 と、レイモンドが高々と杯を掲げる。


 兵たちも杯を掲げて乾杯をする。

 演習場は夜だというのに無数の篝火によって明るく照らされ、多くの兵たちによって賑わっている。


「レイモンド」


 と、エリーがレイモンドに杯を突き出す。


「はいはい、乾杯ですか。――乾杯」


 レイモンドとエリーの杯がぶつかり合う。


「……しかし、壮観ですわね」

「そりゃあね。僕だってこんな大軍勢、バーナード公のガイウス遠征以来だ」

「ガイウス遠征――」

「うん、あの頃は、今よりもっと楽しかった。ヴィルヘルムさんがいて、サラさんがいて――」


 と、そこまで言って、レイモンドはハッとした。

 ヴェルトと、ジーンが、レイモンドを見ている。


「あ――」


 ヴェルトは、レイモンドに近づいてくる。


「ヴェルトさ――いえ副長、今のは失言でした。申し訳ありません」


 と、頭を下げる。

 

「……いや、お前も酔いが回っていただけだろう、気にするな」

「え――?」


 レイモンドは、思わず顔を上げる。

 ヴェルトの顔は、陰惨としていた。


「……ヴィルヘルム、サラ……名前は聞いたことがあるけど、会ったことはありませんわね。どんな人でしたの?」


 と、空気も読まずにエリーが聞く。

 咄嗟にエリーを振り向くレイモンドだったが、彼が口を開く前に、ヴェルトが言う。

 

「端的に言えば、最強」

「最強――?」

「ああ。本気を出せば1個大隊――グングニルで言うところの一部隊――を潰せるのがサラ、本気を出さなくてもそのぐらいは軽く殲滅させられるぐらいの男がヴィルだ」

「ふっ、馬鹿馬鹿しいですわね。人間の限界を超えていますわよ」

「人間離れしてるからな」

「……」


 エリーは最初、ヴェルトが2人を過大評価しているのではないかと思っていたが、しかしレイモンドやジーンの反応からして本当に彼らはそれほどの実力を持つ化け物なのではないのかと思い始めた。


「そんな人間を失ってもなお、グングニルはこれほどまでに強いんですの……?」

「まあ、一番隊は特にあの2人にしごかれたのが多いから、あの人達の遺産なところはあるけどね」

「……」


 エリーは、ここに至ってようやくジークの失態に気がついた。


「……その2人は、今どこで何を?」

「……わからない。しかし、俺たちに敵対するつもりはないらしい。その気になっていれば、あの時に全員殺せたはずだからな」

「……」


 沈黙が続いた。

 沈黙を破ったのは、どこからともなく現れたシュナイダーだった。


「おやおや皆さまめでたき壮行会だというのにまるで葬式のような空気ですなぁ。いかがなされたので?」


 この野郎、どうせ全て聞いていたくせに――と思いつつ、ヴェルトは言う。


「卿の言う通り。皆、この場は明るく行こうじゃないか」

「そ、そうですね。エリーさん、酒を持ってきてくれ」

「私を小間使いにするなんて贅沢ですわねレイモンド」


 夜が更けていく。

 宴は夜遅くまで続いた。


 ………………


 ――8月3日。


 トイル方面軍300はトイル城を出立して中部ロードス盆地に入った。


 さて、ここでロードスについて解説しよう。

 

 ――ロードス盆地は、北はノーザンブルク付近から伸びるジグラト山脈と、南はガイウス湖から伸びるガイウス山脈という2つの大山脈の中間点にある。

 

 この地は多くの小川が流れており、それはやがてロードス川という大河に集約され、トイル平野へと伸びてゆき、トイル川と分かれてティアマト海に注ぐ。


 ジグラト王国の成立以前はここにはロードスという強大な国が存在していたが、南のロードス山の大噴火によって首都が火山灰に埋もれてしまい滅亡したという。


 ――さて、そんな場所において、トイル方面軍は、ラズから出陣したファブニル軍と会敵した。


 ………………


 ――ファブニル陣営――


 少し小高い丘の上から、白髪で、目は開いているのか閉じているのかわからないほど細いような、老いた男がグングニルの軍の方を見ていた。


 すると、老いた男の後ろから翠色のサーコートを着た中年の騎士が歩いてきた。


「ブランデンブルク卿、このようなところにおられましたか。さあ、皆お待ちです」


 と、騎士は催促するが、ブランデンブルクと呼ばれた老人にはそれが聞こえていないらしい。


「ほっほ、オリヴァー殿、あれを見なされ」

「は……?」


 と、オリヴァーと呼ばれた騎士は、老人の杖の指す方を向いた。

 グングニルの軍勢と、ファブニルの軍勢が小川を挟んで対峙している。


「既に我々を包囲するように左右の軍を展開しておる。孫の仇とはいえ、ヴェルトなる若人は、なかなかの敏腕のようですのう」

「――ブランデンブルク卿、そろそろ――」

「わかっております、軍議でしょう。しかし、軍議もいいが実際に敵を見ておくのも大事ですぞ」

「……はっ」


 老人は踵を返して本陣に向かう。

 騎士も、それに従って行った。


 ………………


 ――8月5日。


 夜明けと共に、グングニル勢300は、一斉に動き出した。

 左翼を担当する三番隊と、右翼を担当するジーンは、錐行の陣を取っているファブニル軍100を横から包囲するように動く。


 左右それぞれ100から攻め立てられてはたまらない、とファブニル軍は後退する。


 それを逃さないように追撃、包囲をしようとするが、その時。

 右翼の動きが停止した。


「……?どうした、なぜ先頭が止まった?」


 と困惑するジーンのもとに、早馬がやって来た。


「追撃する道に落とし穴が掘ってあり、そこに味方約30ほどが落ちてしまいました!」

「なに……追撃はシュナイダー卿に任せ、我々は救助をするぞ」

「はっ」


 右翼は一時追撃を停止し、救助活動を開始した。


 ………………


 丘の上からその様子を見ていたブランデンブルクは、杖を動かす。

 それと同時に太鼓の音が戦場に響く。


「――何の音だ?」


 と、落とし穴に落ちた兵たちを助け上げていたジーンは顔を上げる。

 すると、兵がジーンのもとに飛び込んできた。


「敵騎兵隊が、我が軍の右側方より現れました!」

「なんだと――」


 ジーンが騎兵隊の方を見た時には、もう遅かった。

 敵騎兵隊は列になって右翼に突撃を仕掛けており、ジーンらのいた落とし穴付近の軍も、敵の突撃によって粉砕された。


 こうして、右翼部隊は潰走した。


 


 ――左翼――


 後退するファブニル軍を追撃していた三番隊だったが、右翼潰走の報せを受けて追撃を停止した。


「本当に、右翼が潰走したので?」

「はっ、仔細は不明ですが、敵の伏兵によってやられたと」

「……ンン、これは、やられましたね」


 シュナイダーは、周りを見回した。

 どうやら、深追いしすぎたらしい。


 軍はロードス盆地の更に奥、ロードス回廊と呼ばれる谷あいにまで至っていた。


「全軍、直ちに退却です」


 と、シュナイダーが言い終わるより前に、山々の間から、敵軍が現れた。


「――これはやられましたね、ドーン卿。逃げますよ」

「は、はっ!」


 と、三番隊はすぐさま方向転換して盆地の方に逃げた。

 それを見ていたブランデンブルクは、オリヴァーに指示する。


「――逃がしてはなりませんぞ、オリヴァー殿。できるだけここで戦力を削りましょう」

「はっ」


 ファブニル軍は逃げる三番隊に対して、熾烈な追撃を仕掛けた。

 そうして盆地の方に出てこられた時、三番隊は半数の50にまで減っていた。


「……これは酷い有様ですね」


 これには、さすがのシュナイダーですら軽口を叩けなかった。

 ただ、トボトボと本陣に帰っていくのみである。


 ………………


 この戦闘においてトイル方面軍は三番隊の半数を、副長直属部隊は3分の1を喪失し、さらに右翼の指揮をしていたトイル方面軍副司令のジーンは戦死した。


 この惨敗を受け、ヴェルトは直ちにトイルに撤退した――

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