第5節2項 ファブニル征伐:前夜
最近筆が乗っております。
――俺とレイモンドを乗せて、夜の王都を馬車が走る。
御者はサイラスである。
「……」
乗り合わせているものたちは、舌を噛まぬよう言葉を発さない。
そうして、馬車はアテーネ邸の前で止まった。
馬車から降りる。
「サイラス、ご苦労だったな。」
「はっ」
「レイモンドも、遠征に備えて英気を養っておけよ」
「……はい」
レイモンドは微妙な反応だったが、馬車の外にいるサイラスにそれは見えることはない。
「あの、ジークさん――」
と、レイモンドが何かを言おうとしたその時、馬車は再び走り出した。
「……」
馬車を見送ると、踵を返して屋敷の中へと向かう。
………………
屋敷の中に入ると、メリアさんが出迎えてくれる。
「ジークくん、おかえりなさい」
「ただいま、メリアさん」
疲れたでしょ、と脱いだ外套を持ってくれる。
やはりこの女性こそ、俺の理想の女性なのかもしれないなぁ、などとぼんやりと考えていると、メリアさんが口を開く。
「さぁ、夕餉にしましょう」
「うん、わかった。」
――食卓には、パン、ワイン、サラダなどが並び、そして中央にはかつては全く手の届かなかった高級食材である肉が鎮座している。
「今日は豚の肉かな?」
「うん、よく分かったね」
「匂いでわかるよ」
「ふふ、冷めないうちに食べよう?」
「うん」
椅子に座ってメリアさんと向かい合い、食事に手をつける。
「――うん、今日も美味しいね。誰が作ったの?」
「今日はね、私と使用人の人たちで作ったの」
「……メリアさんが?」
「ええ」
「そう……」
「どうしたの?」
「いや、メリアさん、言いにくいんだけど、メリアさんはそんなことしなくても良いんだよ」
「……なんで?」
「いや、なんでって、メリアさんは――」
と、肉を片手にメリアさんを見る。
メリアさんの目は過去に見たことがないほどに冷めていた。
それを見て、背筋の凍るような感じがする。
「なんで私が料理をしたらダメなの?」
「い、いや、それは、メリアさんは俺のお客さんだし――」
「客人だからこそ泊めてくれてる人にお礼しないとでしょ?」
「いや、それは……」
「それは、何?」
あまりの圧に返事ができない。
返答次第では彼女に嫌われるかも知れないという恐怖。
しかし、敢えて正直に言ったほうがいいのかもしれない。
「――メリアさんは、摂政である俺の"大事な人"だから、丁重に扱いたいんだ」
「え……?」
顔の温度がどんどんと上がっていくのが分かる。
無理もない。受け取りようによっては、ほとんど求婚だからだ。
メリアさんのほうも、ニュアンスは理解できたらしく、顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ジークくんがそんなに言うなら、わかった……」
「うん、わかってもらえて何よりだよ」
と、平静を装ってワインを飲む。
……これは装えているのだろうか。
………………
――さて。
アテーネ邸から更に走っていった馬車は、やがてサンドブルク邸の前で止まった。
「……はぁ」
レイモンドは、ため息を一つついて、馬車から降りる。
「サイラス、ありがとう」
「いいんですよ。――この事は、総長には内密にしておきますので」
と、サイラスはウィンクをする。
戦ではまるで役に立たず、御者ぐらいしか能がない、と影で言われているこの青年でも、顔立ちは整っているので、やはり様になってしまう。
「ふっ、カッコつけるなよ」
「ふふ」
と、双方微笑をたたえる。
「――では」
「ああ」
そうして、馬車は走り去って行った。
レイモンドはそれを見送って、先ほどまでの微笑を掻き消し、サンドブルク邸の中へと足を踏み入れるのだった。
………………
使用人に先導されて、屋敷の中へと入る。
「失礼します……」
「あら、レイモンド、やっと来ましたのね」
と、暗い紫色――二人静というらしい――の華やかな服を着た、金髪の髪をくくってポニーテールにした、色白で目鼻立ちの整っているヘーゼルの瞳を持つ美少女が出迎える。
「エリーさん、一応僕はあなたの上官です、敬語ぐらい使ってくれませんかね?」
「何を言っているのかしら、レイモンド。私とあなたでは生まれながらの貴賤の差があってよ」
「ほんとにこの女は……」
と、レイモンドがエリーを睨んだところで、奥からルキウスが出てきた。
「ああ、レイモンド殿。ようこそお越しなさった」
「……もうここに通って何ヶ月目かもわかりませんがね」
「遠慮しなくてもいいのですよ、レイモンド殿。うちのバカ娘の世話をしてくださるだけでもありがたいのです」
「誰がバカですの?!」
ルキウスはフフ、と笑う。
レイモンドだけ、1人部外者のような感覚がして、愛想笑いをする。
「……コホン、まあいいですわ。さあレイモンド、夕餉を食べますわよ」
「あ、はい……」
………………
――どうしてこんな事になっている?
事の発端は、エリーがグングニルに入ってきたことだった。
ジークさんが勝手に、「サンドブルクの人質か……レイモンドのところにぶち込んでおけ」などと適当なことを言ったおかげで、僕の執務室に毎日こんなやかましいのがやって来ることになったのだ。
しかも何が悪質かと言うと、仕事をしているというのにしょっちょう剣の稽古に誘ってくる。
勘弁してほしい。
この女、バカとかではなくもう災害なんじゃないか。
親に甘やかされて育つってのは恐ろしい、とつくづく思う。
「……?何ですのレイモンド?こっちをジッと見つめて……」
「――何でもないよ」
「そうですの。あなたも遠慮せずに食べなさいな」
「はいはい」
しかし、こうして皆で食卓を囲むのは、悪い気はしない。
――もっとも、つい1年ほど前には殺し合いをした人間であるが――
昔のことを、ノーザンブルクで、姉さんと2人で過ごしていた頃を思い出す。
……姉さん、ジークさんの家でどうしてるんだろう。
………………
さて、2人を送り届けたサイラスは馬車をアテーネ邸に戻しに行き、そして近くの酒場に向かう。
「すいません、遅れました」
「おう、お疲れさん」
と、酒場の中では既にヴェルト、ディアス、ケリーが酒を飲んでいた。
サイラスが椅子に座ると、ディアスが言う。
「しかしサイラスも大変だよなぁ、総長の御者だなんてよ」
「まあ、それ以外は何も出来ないので……」
「んなこたぁねぇよ。最初の方に比べたらサイラスも随分強くなっただろうが」
「ですが……」
「サイラスはもっと自信持てよ。」
「自信……」
「おう、まずは年下の俺に敬語をやめるところからだがな!」
ディアスはガハハ、と豪快に笑い、酒を飲む。
これほどまでに豪傑の振る舞いをしておきながら、グングニル最年少であるから驚きである。
「――ディアス、あんたさっきから飲み過ぎじゃない?」
「ん?そうか?」
「飲み過ぎよ!伍長もそう思うでしょ?」
「ああ、どこからどう見ても飲み過ぎだな。」
「飲み過ぎじゃねぇよ、まだ酔ってねえからな!」
「酔ってるだろそれは」
「酔ってねえ!むしろケリーは飲まなさすぎなんだよ」
「弓兵は日常的に飲みまくってたら素面の時に手が震えて狙いが定まらないから飲まないの」
「そこまで行くのは中毒の奴だけだろうが」
「中毒になりたくないって言ってるの」
「はいはい。人生損してるよお前は」
と、ディアスはまた酒を一口飲む。
「こういう奴が戦場でも酒飲みまくってるおっさんになるのかしら……」
「そうなのかもな……」
と、ケリーとサイラスがディアスに呆れている間に、ヴェルトは肉を頬張る。
「伍長は1人でツマミを全部食べる気ですか」
「いやいやお前らの分も残してるよ」
「言いながらどんどん食べていくじゃないですか!ケリーさん、全部食われる前に食べますよ!」
「ええ、伍長には負けないわ!」
「勝負じゃないんですよ」
かくして、各々の夜が過ぎていく。
時に、王国暦205年7月。
冬は、あと4ヶ月ほどである――




