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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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間話

ただの取り留めのない話です。

文のめちゃくちゃさには目を瞑っていただけると幸いです。


 私事ではあるが。

 家を買った。

 王都の一等地で、元々あった貴族の邸宅を取り壊して建て直した。

 摂政の住まう家に相応しい立派な邸宅だ。


 何、元々そこに住んでいた貴族はどうしたのか?


 ――死んださ。


 ………………


「お邪魔します」


 そんなマイホームの最初の来客は、伍長でも、レイモンドでもなく、メリアだった。

 

「いらっしゃい、メリアさん。――そんなに緊張しなくてもいいよ。これからはメリアさんの家になるわけだし」


 ――と、言うのも。

 メリアさんは先のノーザンブルクの虐殺で家も、親しい人も何もかも失ってしまった。

 それで、しばらくはバーナード閣下によってオルギンの郊外に住処を与えられていて、そこからわざわざオルギンの中心にある兵舎まで来て俺に学問を教えてくれていたのだ。

 

 ……さて、それから少し時間が経って、俺はそれなりに偉くなったことでこうして王都の一等地に家を建てることができた。

 しかし、これまで通り彼女に学問を教えてもらうには王都は遠い。そこで、ちょうど家が広すぎて1人では全ての部屋は手余りだということで、その一室を彼女にあげようという話になったのだ。

 

 ……しかし、自分で言っていてなんだが、かなりめちゃくちゃな理論だ。

 ――そうだ、正直に白状すれば、俺はメリアさんに好意を持っている。

 色々と詭弁を言ってはいるが、彼女との縁を繋ぎ止めておきたいというのが真相なのだ。


 しかし、こんな無茶苦茶も彼女は快く承諾してくれたし、別に嫌悪されているわけではないらしい。

 ――まあ、唯一の肉親であるレイモンドはどうやら嫌なようで、彼女と同居することを伝えたら泡を吹いてぶっ倒れてしまった。


 何はともあれ、我が家にメリアさんを迎え、広い家には2人――もちろん使用人もいるのだが――だけ。

 緊張はするが、自然体で接すればいいだろう。


 ………………


「――さて」


 と、椅子に座り、メリアさんとテーブルを挟んで向き合う。


「メリアさん、昼がまだでしょ?食べて食べて」

「えっと……こんな高いものを……?」

「いいんだよ。メリアさんに粗末な食べ物を食べさせる訳にはいかないよ」

「でも――」


 と、メリアさんは食卓に並ぶ食べ物が高級なものだからか、なかなか手を付けようとしない。


「遠慮しないでもいいよ。こんなに大きな家を持ってるんだ。一食の食事で生活に窮したりしないよ」

「じ、じゃあ、いただきます」

「どうぞどうぞ」


 と、メリアさんが遠慮気味にパンを齧ろうとした、その時。

 ダイニングにロバートが入ってきた。


 ロバートは隠遁生活の時とは違って髪は短く切り、髭も手入れしてダンディな感じの中年になっていたので、2人とも一瞬誰か分からずに硬直してしまった。


「ジークフリート、望み通り講義をしにきてやったぞ」


 と、唖然としている我々を傍目に、ロバートはメリアさんの方を向く。

 そして、俺とメリアさんを交互に見たあと、真顔で、しかし気まずそうに「すまんな。男女の間を邪魔したようだ」と言う。


「せせせ先生、違います私とメリアさんはそういう関係ではないというかその――というかなぜ屋敷の中に?!」

「いや、使用人に、ジークフリートに講義だと言ったら通してくれたが」

「ああ……そうですか……」

「ところで、こちらの麗しい女性は?」


 と、ロバートの目がメリアさんの方を向く。


「ええと、この方は――」

「メリア・ウッドヘルムと申します」

「ウッドヘルム――なるほど、ノーザンブルクの没落した貴族の末裔か。あの若造――レイモンドは弟かね」

「そうですが、ところで、あなたは……?」

「ああ、申し遅れたな。私はロバート・アダムス。私の先祖もレーベン事変で没落した貴族だから、君たち一族には親近感を覚えるよ。よろしく」

「は、はぁ……」


 と、困惑するメリアさんを傍目に、ロバートは今度はこちらを向く。


「さて、ジークフリート、講義をしよう」

「講義?」

「とぼけるな。前に言っていただろう。先生にご教授願いたいと」

「ああ……」

「だから教えに来てやったのだ」

「なるほど……」


 確かに様々なことを教わらなければならないのは事実だが、それにしても今か。なんと間の悪い――


「メリア嬢、君も聞くか?」

「え……?ええ、是非」


 聞くのか……まあここは仕方がない。

 勉強の方を優先すべきだろう。


「では、先生、お願いします」

「よかろう」


 ………………


 ――トイル城――


「あーあ、暇だなぁ」

「そんな事言うなヴェルト。お前はトイル方面軍の総司令官だろうが」

「けど暇なものは暇だろうジーン」

「暇に越したことはないだろうよ」

「そりゃそうだけどな」


 と、城壁の上で話しているのはトイル方面軍総司令ヴェルトと、その戦友で今はヴェルトの副官となっているジーンである。


「――よしジーン、街に出よう」

「どういう文脈だ」

「文脈はないが、とにかく暇だし遊びに行かないか?」

「仕方ないな……」


 ………………


 ――トイルの市場は、いつにもまして盛況だった。


 ヴェルトとジーンは食べ歩きなどしながらその中を歩く。


「――あ」


 と、不意に、ヴェルトが立ち止まる。


「ヴェルト?どうした?」


 と、ジーンが顔を覗き込む。

 ヴェルトの顔は蒼白としていて、冷や汗をびっしりとかいていた。


「ヴェルト、どうしたんだ?!」


 ヴェルトは落ち着いて、しかし視線はある方から離さず、ジーンに言った。

 

「ジーン、お前は応援を呼んできてくれ」

「応援を……?」

「今すぐ頼む」

「わ、わかった」


 と、ジーンがその場を走り去ったのを見て、ヴェルトは視線の先にいた、黒髪ロングので赤い瞳、無表情でメイド服を着た麗人に少しづつ近づいた。


 ――彼女は、きっとバーナード公を暗殺したあの刺客だ。

 ヴェルトは確信している。


 そうして、彼女にあと数歩のところまで近づいた、その時。


 彼女は振り返った。

 ヴェルトと目が合った。


「――!!」


 バレていた。まずい、このままでは俺が殺されてしまう。

 こうなれば――


「お、お嬢さん――いや、お姉さんと呼んだほうがいいでしょうか」

「……何か?」

「いや、ええと、その、お綺麗だなと思って……その、良かったらご飯、奢りますから一杯一緒にどうですか?」

「……すみません、急ぎなもので」

「そ、そうですか……」


 なんだろう。

 殺されてしまうかもしれないという、恐怖による緊張ではない緊張が、心の中を満たしている。


「け、けど、一杯だけです。時間はそんなに取りませんよ」


 ――何を言っているんだ、俺は?

 さっきまでなら面倒なナンパ男という認識で済んだというのに。

 なぜ食い下がった?


 と、その時。


「お、ヴェルトじゃないか。軍の指揮官になったって聞いたけど、なんたってこんなところで女の子を引っ掛けてんだ?」

「?!」


 振り返ると、顔馴染みの武器屋の親父だった。

 まずい。正体が露見してしまう。

 そう思って顔を彼女の方に戻すと、彼女もヴェルトの顔を見て少し目を見開いている。


 ――無表情だと思っていたが、なかなかバリエーションがあるんだな――


 などと馬鹿げたことを思っている暇もなく、彼女の袖口からナイフが顔を覗かせた。


「――ッ!!」


 顔を仰け反らせる。

 と、彼女の左手がヴェルトの腹を狙う。

 恐らく袖口に得物を仕込んでいる。


 後ろに飛び退いて親父に逃げろ、と言う。

 親父は彼女の袖口から覗くナイフを見て走って逃げ出した。


「荒っぽいなぁ、お嬢さん。いや、お姉さんと呼んだほうが良いのかな?――まあ、どっちでもいい。とにかく、ナンパ男が気に入らないからって刺し殺すのはどうかと思うね」

「……私に敵わないとわかっているはずなのに、わざわざ私に接触するなんて、なんのつもり?」

「さあね。なんでだろう。君がとても綺麗だったからかな?」


 などと、冗談めかして言う。

 彼女はヴェルトに飛びかかろうとするが、そこで足が止まった。


「――ヴェルト、応援を呼んできたぞ!」


 ヴェルトが振り返ると、ジーンが武装した兵を十数名伴っている。


「お嬢さん、ここは撤退で手を打たないか?」


 麗人は、何も言わないが、そのまま踵を返して人混みの中へと消えていった。


「ヴェルト、彼女は一体――」


 ヴェルトは、笑って言う。


「ただのお嬢さんさ」

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