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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第4節15項 賢者を探して


 ――"王都の変"から1週間――


 国王ジョンが廃位され、グングニルによってジョンの甥にあたるリチャードが擁立され、リチャード4世として即位した。

 しかし、リチャードは弱冠3歳であるためジークが摂政を務め、リチャードが成人するまで政治を行うこととなった。


 このように王国の中枢を掌握したジークだったが、その一方で貴族院の壊滅の影響は想定よりも多大だった。


 最も深刻だったのは、行政経験のある者が1人としてグングニル内にいなかったことである。

 つまり、経済も、外交も、何もかもさっぱり分からないような素人が政治をする立場になってしまったのだ。

 

 ジークたちは早急に国の運営をできる賢人を探して招聘する必要に迫られていた。

 

 そして、これらの混乱に乗じて国境付近ではガイウス・ファブニル両軍が侵入の動きを見せようとしている。

 これに対し暫定政府はトイル城の守備兵を補充して対ガイウス・対ファブニルの守りを固めた――


 ………………


 ――オルギンの町郊外――


「――しかし、本当にこんな町外れに賢人がいるものなのですか総長」


 と、馬を並ばせるレイモンドが訊く。


「他でもない伍長の推薦だ、信頼できる。それに、辺鄙なところで賢者が戦乱から逃れて隠遁生活を送っている――だなんて良くある話だろ?」

「それはそうなんですけど……」


 だが、レイモンドはどうにも納得いかないようだ。


「……本当は、人脈もある伍長にこそ王都で色んなことをしてほしかったのだけど、この状況だ。ガイウスやファブニルを相手にしてトイルを守りきれるのは伍長ぐらいだからな――」

「すみません、実力不足で……」

「いや、レイモンドは悪くない。相手が悪いだけだ。俺とてこの状況ではトイルを守りきれるか分からんからな」


 などと言っていると、集落が見えてきた。


「賢者がいるってのは、あそこですかね?」

「……みたいだな」


 ………………


 賢人の家というのは、すぐにわかった。


 ジークの実家のような粗末な家々が立ち並ぶ中で、石造りの、明らかに雰囲気の違う家が1つあった。


「――ごめんください」


 と、レイモンドはその家の戸を叩く。


 すると、中から「ああ?」と、機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。

 そして、ドカドカと足音がして、戸が開かれた。


「おい、こんな朝っぱらから私の勉学の邪魔をしたのはどこのどいつだ?」


 と、目が合う。


 戸の奥にいたのは、髪はボサボサで肩ほどまで伸びていて、口元には長らく手入れされていないだろう無精髭の男であった。


「総長、帰りましょう。人違いだったようです」


 と、レイモンドがサーコートの裾を引いてくる。


「レイモンドやめろ。このサーコート高かったんだぞ」

「いや服は今どうでもいいんです。こんなみすぼらしいのが賢者なわけがありません、帰りましょう」


 と、レイモンドと言っていると、目の前の男は「ああ」と言った。


「"総長"と"レイモンド"……貴様ら、巷で話題のグングニルの奴らだろう」

「……だったらどうする?」

「帰れ」


 男は、なんの躊躇いもなく言い捨てる。

 レイモンドは目を怒らせて腰の剣に手をかける。


「貴様、この方が摂政閣下と知っての無礼か!」


 しかし、男はそれでも怖気づかないどころか、むしろレイモンドを鼻で笑う。


「ふっ、貴様こそそんな無礼をしていいのか?」

「なんだと――」

「貴様らは賢人を求めてここまで来たのであろうが。だのに人を見かけで判断するなどと笑止千万。聞いて呆れるわ」


 と、その男の言葉にレイモンドは赤面して柄から手を離す。


 ……政変以後レイモンドはどことなく勇ましく、騎士らしくなったが、こういう場ではそれが裏目に出てしまうようだ。


「……部下の非礼を詫びよう。――貴公がロバート・アダムス殿か?」

「そうだ」

「お噂はかねがね伺っておりました。ぜひ、私と共に宮廷に――」

「断る」


 ロバートは、言葉を言い終わる前に断ってしまった。


「……先生、先生のお力が必要なのです、どうか助力をお願いしたく」

「いつから貴様は私の弟子になった。――とにかく、私は仕官などせん」


 と、家の中に帰ろうとするロバートの服の裾を掴む。


「せめてお話だけでも拝聴したく、お話だけでも!」

「断ると言ったら断る!ええい、さっさと手を離せ!」

「くっ、こうなったら仕方ない!レイモンド、アレを!」

「えっ、良いんですか総長?アレ結構良いものでしょう?」

「構わん!早く!」

「は、はい」


 と、レイモンドは馬に積んでおいた樽を持ってきた。


「先生、お渡しするのを忘れておりました、こちらは手土産です」

「手土産……中身は?」

「ロードスの最高級ワインです」

「なんだと?!」


 と、ロバートは樽に飛びかかる。


「この匂い……確かにロードスのようだ、なかなか気が利くじゃないか!」

「先生にお褒めいただけるとは光栄です。さあ、お話を聞かせてください」

「……ま、まあ、ここまで頼まれては私としても断る訳にはいかんな。よし、話だけだぞ」

「ありがとうございます先生」

「先生じゃない調子に乗るな」


 ………………


 ……伍長のアドバイスの通り高級な酒を持って行ったらすんなりと家の中に入れてもらえた。


 ロバートは、酒を飲みまくって上機嫌でどうのこうのと言っている。

 聞く人が聞けば実に有意義なものなのかもしれないが、あいにく無学なもので何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 これからは俺が国を治めるわけだし、勉強はしておいて損はないだろう。

 素面の時に改めて頼むとするか……

 

 さて、ここからは俺とレイモンドのスキル次第というところ。

 この気難しい学者をおだてまくってどうにかして王都に連れていかなければならない。


 取りあえず相槌を打つ。

 そして、とにかく流石は先生、勉強になりますなどと褒めまくる。


「――そもそもだなぁ、私の父はレーベン遷都の前後の宮廷の大粛清を逃れるためにこのような所で隠遁生活をし始めたのだ。あの貴族の奴原さえいなければ私とて働けるのだ!」

「先生のおっしゃる通りです!しかしご安心を。内輪揉めを繰り返し先生のような国の宝を損なわせる貴族どもは私が一掃しました。最早先生を脅かすものなぞおりません!」

「それが問題なのだよグングニルの総長!鬱陶しい貴族どもはいなくなったが貴様は政治も何も知らぬ素人だろうが。貴様がトップなら私はまだ貴族の方がマシだと思うがな」

「確かに私一人では至らぬ点もあります……そこで先生にご指導をいただきたいのです」

「ほう?」

「先生は政策、法律、会計など庶務に長けているとお伺いしています。そこで先生を政策顧問として宮廷にお招きし、国家の舵取りをしていただきたく参った次第です」


 すると、ロバートの顔が急に真剣なものになった。


「……正気か?」

「はっ。国中を探しても先生以上の評判の賢人はいないとのことでしたので」

「ふむ……」


 と、ロバートは考え出し、そして言った。


「3日後に、また来てくれ」

「……はい、わかりました」


 ………………


 ――帰路――


「あの学者、適当なこと言って逃げるとか無いですかね?」

「それはないだろう。よもやそんな器の小ささではないだろうさ」

「だといいんですが――」


 ………………


 ――3日後――


 再び訪れた時、ロバートの家中はパピルス紙だらけになっていた。


「先生、これは――」

「これは私が考えた富国のための施策だ」


 と、散らばる紙のうちの1つを拾って読んでみる。


「立法機関の廃止、それに伴う六部の直属化……」

「――ああ、それは強権的な中央集権制を築くための施策だ。まあ、立法機関たる貴族院は既に無いがな」

「なるほど、先生の目指す国と私の目指す国は似通っているようですね」

「ふん、教養のない凡夫と同じにされても困るがね」


 レイモンドの口の端が引き攣る。

 それは無視してロバートに聞く。


「ここまでしっかりと資料を作ってくれるとは。先生、政策顧問として仕官してくださるのですね?」


 ロバートは、頷く。


「……勘違いするなよ。私は、私の施策が空虚な理想などではないと証明するために貴様らに仕官するのだ」

「わかっておりますよ」


 ………………


 ――かくして、ロバート・アダムスがジーク幕下に加わった。

 彼は六部の直属化、新たな法の整備、そして官僚の育成などの施策を行い、ジークの理想とする強権的な中央集権制の形成を助けた。


 ――「アテーネ記」ジークフリート本紀より――

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