第4節14項 王都仕置
――さて、グングニルが王都を奇襲し、一夜のうちに貴族院を屈伏させた「王都の変」は、これで終わりではない。
むしろ、ここからが本番だと言ってもいい。なぜなら、これから貴族らの仕置が始まるからである。
………………
――王都レーベン、王宮――
優雅、そして栄華を誇るはずの王宮は、喧騒に包まれている。
――グングニルの軍勢が、ここに立ち入ったからである。
軍を率いてオルギン川を渡るだけでも異例――というよりも無法――だというのに、王宮に立ち入るなどもはやもっての外である。
しかし、そんなことは意に介さず、武装した騎士たちは大回廊を突き進む。
その先は、玉座の間である。
――大回廊の奥の扉の前には、多数の近衛兵が武装して待ち受けていた。
近衛兵たちはグングニルの姿を見るやいなや剣を抜いた。
「――来たぞ、謀叛人ジークフリートだ、誅殺しろ!」
と、それにグングニルの兵たちも応えて剣を抜く。
殺せ、と命令すると、兵たちは近衛兵に襲いかかる。
………………
「――ジーク、終わったぞ」
「そうか、ご苦労だった、伍長」
伍長は剣の血を払って、鞘に収める。
足を踏み出す。
扉の前に斃れている近衛兵たちをどかして扉を押し開ける。
………………
――扉の奥の広間には、数人の大臣たちが肩を寄せ合って震えていて、その奥の玉座に王冠を付けた人物が座っている。
王冠を付けた男は、大臣たち以上に震えている。
あれが――、あんな貧相な中年が――
王と思しき男に歩み寄り、胸に手を当てて挨拶する。
「……陛下、お初にお目にかかります、ジークフリートと申します」
と、同時にグングニルの兵たちが広間へなだれ込んで、広間を制圧する。
「――大臣どもは牢獄にぶち込んでおけ。陛下は――」
と、王の方へ向く。
王はひっ、と声を立てる。
「……陛下も、牢獄へぶち込め。貴族院を扇動した元凶である」
「はっ」
と、王は兵たちに両腕を掴まれて連合された。
その時に、冠が落ちた。
冠を拾う。
「……なあ、伍長」
「……どうした?」
冠を片手に、部屋に残っていた伍長に声をかける。
「――俺は、どうするべきだ?」
「どうするべきか……か。難しいな」
伍長は、手に持っている冠に目線を移す。
「それはお前次第だが、俺は、お前が本当にジグラトを1つにしたいのならば――」
と、前置きして、彼は言う。
「――その冠は、今は捨てるべきだろうな」
………………
――翌日。
王都の広場には群衆たちが押し寄せていた。
彼らは国王をはじめとした旧体制派の者たちの処刑を一目見ようと押し寄せていた。
罪状は、忠義の士たるグングニルを私欲と保身のために解散させ、その上総長ジークフリートらグングニル幹部らを処刑しようとしたことと、そして外国への武器密輸を黙認したどころか助長させたことである。
並べられた旧体制派の中には、前国王ジョンをはじめとした錚々たる面々が揃っている。
――その中には、ニブルス伯爵家子息のリドニアの姿もあった――
………………
――朝。
ジークが、ヴェルトを伴って獄中の僕に面会しに来た。
ジグラトで最も進んだ都市たる王都の牢獄は、鉄格子を備えた比較的開放的なものである。
だから、誰が面会に来たのか、そしてどんな表情をしているのかすら見ることが出来る。
――ジークは、床に座り込む僕と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
そして、微笑をもって語りかける。
「……リドニア、俺と一緒にこのジグラトを救おう」
「ジグラトを――?」
些か予想だにしない言葉が出てきたが――いや、それでも大方は思っていたのと同じだ。
結局、僕を殺したくないから、「ジグラトを救う」などと大義名分を振りかざしているのだろう。
「……ジグラトを救うとは、興味深いね、ジーク」
「そうだろ?戦禍を撒き散らそうと目論む悪党どもを滅ぼすのは、リドニアがいなければ難しい事だ。グングニルと一戦交えたことは水に流すし、ニブルの地も安堵する。だから協力してくれ」
「断るよ」
「なぜ」
「君は今や自分に敵対する王すら廃位し、王家すらも意のままに操ろうとしている。そんな逆賊に手は貸せないね」
「それは、貴族院も同じだっただろう?奴らだって陛下を傀儡と――」
「ああ、同じだ。だから、同じでは駄目なんだよ。君は、貴族院と同じではいけない。」
言葉を重ねる。
――ああ、この牢が、鉄格子でなければ、顔さえ見えなければ、こんな気分にはなれなかっただろうに。
「リドニア、違う。俺は貴族院とは違う。俺は純粋に、ジグラトの民たちを救おうと――」
「いいや、違わない。君が本当にジグラトを一統したいのなら、徹底しなければならないんだ」
「徹底――?」
「ああ。貴族院がこうなったのは、貴族同士が利権を維持しようとした、その結果だ。――なら。君は、かつての仲間でも、"悪"に加担した以上、徹底して、それを許してはいけないんだ」
「……」
つまり、僕は人柱だ。
ジークがこれから大事業を成そうとするにあたって、裏切れば友であれ容赦はしないという、意思の表示。
身内贔屓はせず、一心にジグラトを一統するという誠意の現れ。
僕の覚悟はとうに出来ている。
後は、ジークの覚悟だけだ。
彼を見る。彼の顔は蒼を通り越して白い。
「……本当に」
彼は、ゆっくりと、問う。
「本当に、その道しか残されていないのか――?」
頷く。
ジークは取り乱して、側にいたヴェルトに縋る。
「なあ伍長、どうにかしてくれよ、どうにかなるんだろう?」
しかし、ヴェルトは首を横に振る。
「……残念だが、リドニアの言う通りだ。リドニアを処刑しなければ、貴族院と同じ穴のムジナと思われてしまう。そうなれば、兵たちは離散するぞ」
「違う伍長、俺はそんな言葉が聞きたかったんじゃない!こんなもの、認められるものか!」
と、ジークは怒鳴る。しかし、すぐにその場にへたり込んだ。
そして、彼は嗚咽する。
「……リドニア」
眼を赤く腫らした彼と目が合う。
「なんだい」
「――なにか、思い残すことがあるのなら言ってくれ」
「いや、特にはないかな――」
「そうか」
「……ああ、いや、1つあった」
「言ってくれ」
「――故郷が見える場所に葬ってくれ」
「わかった、必ずその通りにするよ」
と、その時、ジークの副官をしているらしい胡乱げな顔つきの男――シュナイダーと言うらしい――がやってきた。
「我が主殿、そろそろお時間です」
「――わかった、今行くよ」
「ええ、お待ちしておりますとも」
と、シュナイダーはその場を後にする。
ジークも立ち上がる。
「……ありがとう、リドニア。君がいてくれて、本当に良かったと思う」
ジークの言葉に、思わず笑う。
「ふふ、僕もだよ、ジーク。ありがとう」
そうして、ジークは振り返らずに牢獄を後にした。
「……君は着いて行かなくて良いのかい、ヴェルト」
「いや、もう少し、ここにいるよ」
「……そう」
ヴェルトは立ったまま、黙ってこちらを見下ろす。
そして、ポツリと言った。
「なあ、リドニア、俺たちは、間違えているのだろうか――?」
………………
その正午。
――かくしてリドニア・ニブルスは断頭台に登った。しかし、断頭台の上でも、まだ、彼はヴェルトの問いの答えを考えている。
――ヴェルトには、"わからない"、と言ったけど、結局、どうなんだろう。
答えなんてないとか、そんな陳腐な答えは不必要だろう。けれど、正解とか不正解とか、そんなもので語れないのも事実だろう。
考えても、答えが出ない。
呆れたような笑みが、口元から漏れる。
――全く、あの伍長にはいつも困らせられる。
死の間際だというのに、最後までこんなことを考えさせるなんてね――
………………
――そうして、ニブル伯の嫡子の首は刎ねられた。
その亡骸の胴体と首は縫い合わされて、ニブルの町を一望できる北峰に葬られた。
さて、この大粛清はこれで終わりではない。
貴族院の議員たちの多くの首も刎ねられたし、国王ジョンの首すら刎ねた。
これにより貴族院は壊滅し、事実上の消滅となった。
――この大粛清の例外といえば、早々にグングニルに降ったサンドブルクとグッゲンハイム、そしてそれに付き従う小諸侯らのみとなった。
ジークはそれらの貴族の権限も剥奪し、強力な中央集権体制を築くための働きを始めた。
時に王国暦204年、夏の盛りのことであった――
前回の更新から長らくお待たせし、申し訳ありません。
今後も不定期に更新していこうと思いますので、どうかよろしくお願いします。




