第4節13項 覇
「――はあ、はあ、はあ――」
肩で息をする。
一体、どれだけの時間が経過したのだろうか。
足元を見る。
親友ヴィルに似たその男は、血まみれになって斃れている。
「殺した……殺せた……」
奴の父親だから、それはもう強いのだろうと身構えたが、実際はヴィルほど強くはなかった。
けれど、苦戦したのは事実。
ゆっくりと、周りに目を向ける。
――まず、目に付いたのは、伍長。
剣に付いた血を払って、鞘に収めている。
その次に見えたのは、ディアス。
敵と見れば手当たり次第に攻撃していっている。まさしく戦闘狂である。
次に、ケリー。
屋根の上の弓兵を次々に射落としている。
――戦況は、一気にグングニルに傾いていた。
「ジーク」
と、伍長が駆け寄ってきた。
そして、足元の屍体を見て、一瞬目を閉じて、それから話し出す。
「……サイモンのベルナール伯は捕縛した。今は俺の同僚のジーンに預けている。サンドブルグとグッゲンハイムは貴族院まで逃げたらしい。」
「そうか。ベルナールはまだ殺すな」
「わかっている」
「シュナイダーの方が心配だ。ケリーたち2番隊を増援として送ってくれ。残りは貴族院に向かうぞ」
「了解した」
………………
――貴族院――
「――ぐうっ、はあ、はあ、はあ……」
貴族院の前に辿り着いたカルロスたちは、膝に手をついて荒く息をする。
「はあ、はあ、はあ――」
「カルロス、どれだけ残っている?」
と、ルキウスは訊く。
それなりに太っているはずなのに、カルロスとは違って息は荒くない。
「はあ、はあ、はあ――確認できるだけでも、およそ、5名ほどかと」
「……そうか」
と、そこにエリーが数名の騎士を伴ってやってくる。
「――叔父上、息が荒いですわよ。普段から運動をしていないのではなくて?」
「エリーちゃん、今はそんな軽口叩いてる場合かい?」
と、エリーはルキウスの後ろの騎士たちを見る。
「……私の手勢と合わせても、9人、ですわね」
「9人――」
カルロスは、絶句する。
30名いたはずのサンドブルグの私兵が、今や10人にも満たない。
およそ他の貴族たちも同じぐらいの損害を蒙っているであろう。
と、そこに、ルイ侯も合流してきた。
「ルキウス公、ご無事でしたか」
「……状況は?」
ルイは顔を曇らせる。
「……それが、サイモンの手勢は潰滅。ニブルス伯も捕縛され、我らの手勢もその三分の二を喪失しました。」
愕然とした。
よもや、そんな簡単に――
「――しかし、ニブルからの援軍はまだ健闘している模様。態勢を立て直せば――」
「……いや、もう無理だ」
と、ルキウスは言う。
「……無理、とは――?」
「降伏するのだ」
「しかし、そんな事をしても我々は殺されます!」
「今回の件はベルナールやニブルス伯らが単独で仕組んだこと。そういう事にするのだ。そうすれば、命だけは助けられるはず」
「しかし――」
「命を取られてしまっては、復権も望めまい。いつか、奴の寝首を掻けばよいこと。今は耐えるのだ」
「――」
ルイは、黙る。
ここで死にたくないのは事実。
しかし、そんなことをすれば、先祖が積み上げてきたものを、全て崩すことになる。
「……」
ルイは、考える。
「ルイ侯、それでよいな。エリーを奴の陣営に遣わすぞ」
「……」
「ルイ!!」
「――――――分かりました。降伏しましょう」
………………
――グングニル陣営――
「ジークの兄貴、なんか前から来てるぜ」
「なんか……?ってなんだ」
「騎士、みてぇだが――1人なんだ」
「1人……?」
と、困惑していると、その騎士らしき人影は、高らかに言った。
「私はルキウス・サンドブルグが娘エリー!使者として、参りましたわ」
「使者って言ってるぜ、ジークの兄貴。どうすんだ?殺すか?」
「待て。……進軍停止。帷幕を立てて本陣を設営。伍長、ディアス、迎え入れてくれ」
「了解した」
………………
帷幕の中で、エリーはグングニルの幹部らに囲まれている。
しかし全く物怖じしている様子もないのだから肝が据わっている。
「――それで、用件は?」
と訊くと、エリーは言った。
「――貴族院は、グングニルに降伏いたしますわ」
「降伏だと」
訊き返すと、エリーは頷いた。
「ええ、降伏ですわ。――元より、此度のジーク殿への強硬派のベルナール伯やニブルス伯が仕組んだこと。その旗頭が捕らえられたとなれば、我々には戦う義理がありませんもの」
「……」
降伏。
降伏すれば、これ以上殺さずに済む。――が、殺したほうが後々安全であろう。
だが、それでは地盤は安定しない。
貴族がいつ反旗を翻すのか分からないからである。
――と、伍長が耳打ちしてきた。
「サンドブルグやグッゲンハイムはガイウスにもパイプがある。殺すのは損だ」
「しかし」
「なら、貴族を全て除封すればいい」
「荘園を、全て召し上げると?」
伍長は頷く。
確かにそれならば貴族の影響力は削げる。
エリーに向き直る。
「……エリー殿、こちらからは3つ条件がある」
「なんでしょう」
「1つは、貴族院の撤廃。1つは、全貴族の荘園の没収。1つは、貴族らのグングニルへの協力である」
――エリーは、驚愕した。
つまりその要求は、"貴族"というものを全て破壊するものだからである。
これを呑めば、現在の"貴族"は消滅する。
「……一応、お伺いするのですけど」
「何か?」
「貴族は、どうなるのですか?」
「……召し上げるのは荘園のみで、土地は最低限与える。もっとも、大幅に減封ないし場合により改易はあり得るかも知れないがな」
エリーは、立ち上がった。
この要求は、自分1人で決められるものではない。
「……一度貴族院に帰り、協議させて頂きますわ」
「させねえぜ」
と、ディアスは腰の剣を抜く。
帷幕内のグングニル幹部らは一斉に剣を抜いた。
「……これは、何の真似で?」
「君を帰らせる訳にはいかない。ここで決めて頂く」
「そんな滅茶苦茶なこと、してもいいと――」
「帰るというのなら帰って結構。しかし、そうなれば貴族院は鏖殺にする」
「なっ――」
「さあ、エリー殿、早く決断を」
と、ディアスたちはエリーににじり寄る。
エリーの額には冷や汗が流れた。
「わ、私はサンドブルグの令嬢ですわよ――」
「関係ない」
エリーは、いよいよその場にへたれる。
ディアスは、それを見下ろして言う。
「総長、殺していいか?」
「……まだだ」
ディアスは、首元に剣を突きつける。
「安心しな、嬢ちゃん。首だけならしっかり貴族院まで届けてやるぜ」
と、ディアスが脅すので、ようやくエリーは言った。
「わ、わわ分かりました、その条件を呑みます!だから助けて――」
エリーはベソをかいている。
俺は、伍長と顔を見合わせて吹き出した。
………………
――エリーを伴って、貴族院へ進軍する。
城壁の向こう側は白みがかっている。
「――我が主――」
と、後方から、馬の足音と共に胡乱げな声が聞こえる。
「……シュナイダー。――終わったのか?」
「ええ、ええ。終わりましたとも。ニブルスの御曹司はケリー殿が捕縛しておりまする」
「そうか。よくやってくれた」
「ありがたきお言葉。――我が主も、上手く行ったようで何よりですな」
シュナイダーは、俺と馬を並べる。
不思議なものだ。
つい先月まで敵同士だったというのに、馬を並べ、主従関係である。
――これも、我が主の人徳の為せる技です、とシュナイダーは言うが、そうなのだろうか――
………………………………
――「王都の変」は、王国暦204年8月に起きた政変である。
ジークフリート率いるグングニルが王都レーベンに侵入し、貴族院と戦闘、一晩のうちにこれを破った。
戦後、貴族院は撤廃され、全貴族は荘園を没収。これにより貴族は爵位を持つのみの存在となり、概念上の"貴族"は消滅した。
次いでジークフリートは、貴族院の暴走を止められず、むしろそれを助長したとして、国王ジョン2世を廃位。
代わりにジョン2世の子である幼王リチャードを立て、その摂政となって実権を掌握したのである――
――「アテーネ記」ジークフリート本紀より――




