第4節11項 獄焔
――王国暦204年8月2日、第5(午前11)時。
グングニルの軍勢150は、王都レーベン東門に攻撃を開始した。
対する貴族院軍の兵数はグングニルとほとんど同じ150。
……通常、攻城戦は3倍以上の兵力が必要だとされる。
高低差、防御設備の差など、攻撃側が不利な点が大きいからである。
しかし、この王都レーベンはそれらの有利がほとんど作用しない。
城壁はトイル城の三分の一(三段目)に満たない高さ。堀はあってないような深さ。
その上、タレットやバルディザンのような防御機構もほとんど存在しない。
つまるところ、この城壁は、この堀はハリボテなのである。
………………
――4時間後――
グングニルの兵と守備軍の戦闘の様子を、腕を組んで見守っていると、伍長がやってきた。
「ジーク、ディアスからの報告だ。もうそろそろ城門を抜けるみたいだぞ」
「……早いな」
「まあ、トイル攻めを経験してる俺たちからしてみたら、こんなのは屁でも無いわな」
「それはそうか。――伍長、市街地に突入しても民家には被害を与えないように厳重に通達してくれ。破れば斬るともな」
「わかった。」
伍長は自分の持ち場に帰っていく。
「総長」
と、脇に控えるシュナイダーが呼ぶ。
「どうした?」
「いえいえ、単純な確認なのですが――」
と、シュナイダーはいつも通りの胡乱な笑みを浮かべる。
「いい、言ってみろ」
「はい、それでは。――日が沈んだら、いかがしますか?」
天を仰ぐ。
日はまだそれなりに高いが、確かに突入する頃には日は暮れているかもしれない。
「夜間も市街地で戦闘するのも良いのですが、それだと失火の恐れも高まりまする。夜間は外で待機して、夜明けと共に突入するのも一手かと」
「ああ……」
一度顎に手を当てて考える。
「……いや、いい。このまま市街地に突入する」
「左様で。いえいえ、それも一興なれば」
シュナイダーは薄ら笑いを浮かべる。
――と、その時。
ドゴオン、という破城槌の音が、城門の方から聞こえてくる。
早馬が駆けてくる。
「城門、突破しました!!」
よし、と呟いて剣を抜く。
「これより市街地に突入する!しかし、くれぐれも市民たちに危害を加えるな!加えた者は問答無用で斬る!」
「はっ!」
「行くぞ!」
グングニル兵たちは、続々と城門から王都の市街地になだれ込んだ――
………………
「もう城門を突破されたのか?!」
と、驚愕するのはサイモンのベルナール伯。
「はっ、あと10分程度でこのサイモン邸にも到達するかと」
「くっ、役立たずどもめ。サンドブルグもグッゲンハイムも役立たずだ。何が貴族御三家だ」
と、ベルナールは地団駄を踏む。
「ベルナール様、ここも危険です。貴族院まで後退しましょう」
「わかった」
サイモンの手勢は貴族院へと移動しはじめる。
貴族院には、各議員の手勢が集結しつつあった――
………………
貴族院、グッゲンハイム陣営――
グッゲンハイムの手勢の中に、2人の男がいた。
「リード殿、お久しぶりです」
「……ハンフリー殿、久しぶりです」
黒髪にブラウンの三白眼を備えた顔、少し色の褪せた月白のサーコートを着込んだその男は、リード・ハボック。
――ヴィルの父である。
片やハンフリーと呼ばれた、銀髪で顔は細長く、口髭を生やした男は、ハンフリー・イェリントン。
――伍長ことヴェルトの、兄である。
「……お互い、辛い立場ですね」
と、ハンフリーの言葉に、リードも頷く。
当然だろう。自分の身内から逆賊を出しているのだから。
リードに至っては、自分の領地からその首魁を輩出しているのだから、それは辛い。
「ハンフリー殿は」
と、リードが言う。
「弟を殺せますか?」
ハンフリーは、頷く。
「――身内の恥は身内が片を付けねばなりません。だから私はここにいるのです」
「そうですか……」
「リード殿こそ、御子息を殺せますか?」
リードは、それに答えられない。そして、しばらくして、代わりの言葉を絞り出した。
「……グングニルの首魁、ジークフリートは、私が殺します」
ハンフリーは、黙ったままである。
………………
――サンドブルグ陣営――
「父上、敵はレーベン大路を直進して貴族院まで向かってきている様子ですわ」
と、ルキウスの娘のエリーが報告する。
するとエイブラムス卿は手に持った長柄の戦斧を地面に叩きつけて言う。
「兄上、貴族院の地理は明らかに戦闘向きではありません。ここは中央広場で迎撃しましょう。」
コクリ、とルキウスは頷く。
確かに、広場で包囲殲滅するのがここでは最も良い選択だろう。
貴族院に立て籠もっても火を放たれたら終わりだからである。
と、カルロスが空を見上げる。
「……夜が来ます、兄上」
それで、ルキウスも空を見上げる。
空は、黄昏色に染まっていた――
………………
――さて、王都レーベンは、当時最新鋭のインフラ設備などを備える最新の都市である。
地下道、というものも整備されていて、王都の各地から地下道にアクセスすることができる。
エイブラムスは、これに目を付けた。
「よし、では精鋭15名でグングニルの後方を撹乱して来ます」
「わかった。頼むぞ」
「ふっ、青二才ごときには負けませぬ」
エイブラムスは、戦斧を肩に担いで地下道へと降りていく。
それを見送り、ルキウスたちは広場へと歩いていく。
………………
「なあ、伍長」
「ん、どうした?」
「あれ、なんだ?」
と、階段を指す。
「ああ、あれは地下道の入り口だ。」
「地下道……?」
「地下に道を掘ってそっからでも移動できるようにしてある設備だよ」
「へえ……」
地下道ね……
地下道……
「シュナイダー」
と、脇に控える胡乱げな男を呼ぶ。
「はい、いかがしましたか、我が主」
「……ちょっと、やって欲しいことがある」
………………
エイブラムスは、暗闇の地下道を進む。
向かうはグングニルの後方。
地下道の蟻の巣のようなネットワークを駆使して彼らを撹乱するのである。
と、彼の後ろをついていた部下が、あっ、と声を上げる。
声の方向を振り返る。
何かに滑ってコケたらしい。
松明が、床に落ちている。
「す、すみません。足を滑らせて」
「……いや、いい。気をつけろ」
「はい」
と、その部下が松明を拾おうとした、その時。
床が、燃えた。
「これは――!?」
「――油だよ」
と、ジークは地下道の入り口の前で呟く。
シュナイダーは、手に柴を持って言う。
「作戦が上手くハマりましたなあ、主殿」
「そうだな。上手くハマりすぎて怖いぐらいだ」
「ふっ――それでは、"燃料"を追加しに参ります」
「ああ。骨も残らぬほどに燃やしてやれ」
「ふふ、かしこまりました」
シュナイダーとその部下たちは、どんどんと柴と、追加の油を焔に投げ込んでいく。
「いやはや、熱いですねえ」
と、シュナイダーは笑う。
そして、焔の奥に声をかける。
「貴公らも、運がありませんなぁ。しかし、まあ、これも自業自得。炎の神に迎えられただけマシだと思いなされ。……まあ、我が主は戦神であられるのですが」
焔の奥から声は無い。
「……皆、どんどん燃料を投げ込みなされ。焼死体の処理をするのは面倒ですからな。」
………………
シュナイダーが、戻ってきた。
汗をびっしりとかいている。
水筒を渡してやる。
「シュナイダー、ご苦労」
「ええ、ええ。疲れました。しかし、あの焔はあと数時間は持続するかと」
「……そんなものか」
「ええ。しっかりと火葬してやらねば哀れだと思いまして。燃料をあるだけ投げ込みました」
シュナイダーは、笑う。
「そうか……」
焼けた匂いが鼻をつく。
あの地下道は使いたくないな、と思いつつ、地下道の前を後にする。
向かうは、敵戦力が集中しつつある中央広場。
ここで、決着をつける――




