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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第4節10項 Alea jacta est


 ――第4夜警時(未明)ごろ。


 オルギンの練兵場には、グングニル兵150が集結していた。


 焚き木によって照らされた壇上に登る。

 兵士たちの顔は見えない。しかし、ここに集っている以上、心に忠誠があるのは間違いない。


 深呼吸をして、静かに、しかし厳かに話し出す。


「……先のトイル遠征は、皆には昨日のことのように思えるだろう。私にもそう思える。皆はトイルで最も堅牢であるトイル城を陥落させ、敵首魁セオドアの率いる軍を退けた。これは前人未到の大功だ。」


 しかし、と言葉を繋ぐ。


「本国の貴族たちはこれに危機感を抱いている。我々軍の権勢が強まり、自分たちの既得権益を奪われるではないのかと恐れているのだ。」


 語気を次第に強めていく。


「既に貴族院はグングニル幹部を処刑してやろうと画策している。我々は、王都に帰れば捕まり殺される。――なぜだ。我々は、皆は、王国のために戦ってきた。だというのに、なぜ殺されなければならないのか?」

「皆の中には、親兄弟を、友を、この戦争の中で亡くした者もいるだろう。貴族の行動は、そのような人々への冒涜でもある!断じて許されるべきではない!」


 そうして、兵士たちの熱狂を高めていく。


「皆、卑劣なる貴族たちを倒しに行こう!我らには神々がついている。我らには英霊がついている!――さぁ、今、賽は投げられたのだ!!」


 兵士たちは喊声を上げる。

 正直、彼らにはよくわからない内容だったかも知れないが、雰囲気で上手く乗っかってくれた。


 ……ともかく、これでグングニルの兵士たちは戦意を見せてくれた。

 あとは、オルギン川を渡るだけだ。


 ………………


 ――いつか述べたように、オルギンの市街地とレーベン半島の間には、オルギン川という河川が流れている。


 レーベン政権の法典に、「軍を率いてオルギン川を渡るべからず」というものがある。

 軍を率いて川を渡るとどうなるのか、というと、王都に王国への謀叛と取られる。


 この川を渡った軍勢は、ジグラト史上では200年前の成立戦争での初代サンドブルグ公のそれだけである。

 まあ、それは法典が整備される前のことであるが。


 ………………


 ――馬に乗って、駆ける。


 グングニルは、オルギン川に架かる橋にたどり着いた。


「さあ、渡れ!正義は我らにあるぞ!」


 しかし、叫ぶまでも無かった。

 兵士たちは続々と橋を渡る。


 ……そして、グングニル150の兵士たちはオルギン川を渡った。


「よし、ここから出来うる限りの速度で王都を急襲するぞ。」

「了解」


 馬を走らせる。

 徒歩の兵士たちもそれに従って駆ける。


 王都まで、このままの速度だとおよそ半日――

 

 ………………


 ――明朝――


 王都のサンドブルグ邸に早馬がやってきて、家の門を叩いた。


「――閣下!閣下!朝早くに失礼します!急ぎの報せにございます!」


 それで、使用人が早馬を邸宅の中に入れて、ルキウスに謁見した。


 ………………


「――は?もう一度言ってみろ」


 と、ルキウスの横に座る彼の異母弟カルロスが訊く。

 彼の顔は驚愕に染まっている。


「グングニルの軍勢が、オルギン川を越えて進軍中でございます。このままの速度だと半日後には王都に到達するかと――」


 ありえぬ、とルキウスは呟く。

 まさかオルギン川を渡って王都へ攻め入るとは。

 神すら恐れぬ所業である。


 側に立つ娘のエリーに指示する。


「エリー、今すぐに貴族院を参集させよ。それと、カルロスは半日中に兵士を出来るだけかき集めよ」

「「はっ」」


 エリーとカルロスは同時に動き出す。

 ルキウスは、そのまま視線を天井へと移して何事か思案している様子だった――


 ………………


 ――数時間後、貴族院――


 議会の中は、喧騒に包まれていた。

 全ての貴族たちにとって、ジークがこのタイミングで叛逆することは驚愕であったし、想定外であった。


 彼らは、ジークが叛乱するのなら堅牢なトイルでするであろうと踏んでいたのである。

 だから、オルギンまで帰ってきた時点で安心しきっていた。


 兵士なども用意しているはずがない。

 サンドブルグでさえ半日では精々30ほどしか集められない。

 貴族院全体でも150を超えることはできないだろう。


 絶望的な状況である。

 しかしその中で徹底抗戦を訴える人間もいる。


 カイゼル髭が特徴のサンドブルグ家屈指の猛将エイブラムス侯と、サイモンの当主であるベルナールである。


「兄上、何を動揺しておられるか。我らには陛下がついておられる。陛下に出陣していただけば勝利は必定です」


 などとエイブラムスは主張するものの、貴族が王を出陣させるなど前代未聞のこと。

 ……そもそも、現国王ジョン2世は政治にも軍事にも興味のない王だから、要請したとしても出陣してくれないだろう。


「エイブラムス卿、いくら不利と言えども陛下を盾にするなど言語道断。それに、もしかすると奴は陛下にも弓引くかもしれませんぞ。そうなったら陛下の安全は保証できません」


 と、グッゲンハイムのルイ侯は言う。

 確かに、ジークは平民上がりだから、何をしでかすか分からない。追い詰められて王にも弓を引く可能性もある。


「……皆、兵はどれだけ集められる?」


 ルキウスは訊く。

 王の出陣だとか、そんな話の前に兵がいないのでは話にならない。


「グッゲンハイムは20ほど」

「サイモンでは15ほど確保しております」

「……カルロス、サンドブルグでは?」

「はっ、現段階で30は集めました」


 やはり、想定通り合計で150ほどしか集められない。

 と、なると野外決戦は無理。


「……王都に籠城する。籠城戦の用意を」


 議場がどよめく。


「兄上、本気ですか」

「本気だ、エイブラムス。この兵力では野外決戦は不可能だ」

「しかし……」


 エイブラムスが気乗りしないのも無理はない。

 王都レーベンは成立戦争の終結後、ファブニルがまだ独立して間もない時代に建造されたので、攻め込まれることを考えない設計をしているのである。

 だから、籠城をしてもすぐに敗れるのは目に見えている。


 と、そんなとき、議場に1人の男が入ってきた。


「ニブルス伯。いかがされたのか」


 それは、北部ニブルを治めるニブルス伯爵。

 彼は息を切らしている。走ってきたらしい。


「はあ、はあ、はあ……ニブルから、援軍が向かっているとの報告が!!」


 議場は沸き立つ。

 ニブルス伯は数日前からグングニルの接近を警戒しており、ニブルの駐屯軍を呼び寄せていたのだ。


「ならば、籠城で時間を稼げば奴らを挟撃できる!籠城だ!」


 と、サイモンのベルナール伯は言う。


 議場の貴族たちは続々と退出して、籠城戦の用意を始めた。


 ………………


 ――第4(午前10)時。

 

 グングニルは、ようやく王都にたどり着いた。

 王都の城壁が見える。


「……籠城か」


 伍長が呟く。

 まあ、それが最善手だろう。


「――見た限り、敵はそこまで多くない。押しつぶすぞ」

「おう」


 グングニルの兵は、攻城戦の用意にとりかかった。


 ――「王都の変」の始まりである――

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