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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第4節9項 夜闇の月光


「――メリアさん、よくここがわかったね」


 と、椅子をもう一脚持ってくる。

 机を挟んで向き合う。


「ヴェルトさんに聞いたの」

「ああ、伍長が……」


 と、棚にあった、酒の入った瓶を持ってくる。

 しっかりと栓をしてあるし、わざわざ日陰になるように引き戸をつけてあるから、劣化はしていないはずだ。


「飲むかい?多分高級なものだよ」

「じゃあもらうわ」

「はーい」


 2つの杯に酒を注ぐ。どうやらワインらしい。

 匂いが佳いから、やはり高級なもののようだ。


「……では、乾杯」

「乾杯」


 酒を呷る。

 美味しい。

 プハー、とメリアは空になった杯を音を立てて机に置く。


「美味しいね、ジークくんが買ったの?」

「……いや、この部屋の元の所有者のものだよ」


 と、引き戸を見遣る。

 まだ数本の酒があるが、おそらくどれもワインだろう。


「……この部屋の元の所有者って、鎮西大将軍バーナード公爵?」


 頷く。


「そっか。ジークくん、大出世だね。この前までは騎士になりたてだったのに」

「あれ、そうだったっけ?」

「そうよ、ようやく自分の部隊を持てたって喜んでたじゃない」

「そうだったかな」


 と、微笑する。

 酒をもう一杯注いで、飲む。


 ………………


 ――ジークくん、楽しくないのかな。

 さっきから話をしても、答えがふわふわしている。

 上の空というか、心ここにあらずという感じというか。

 笑みもどこかぎこちない。乾いた笑み、って言うのかな。


 疲れてるのかもしれない。

 やっぱり急に押しかけたのが悪かったのかな。


 ヴェルトさんは、「あいつの側にいてやってくれ」って言ってたけれど、一体どういうことなんだろう。

 杯の中を覗き込む。

 液体に、自分の顔が映り込む。


「……メリアさん」


 ジークくんが呼ぶ。

 顔を上げる。


 ……ジークくんは、酷い顔をしていた。

 まるで、断頭台に立たされた罪人のような。

 まるで、葬式のあとの人間のような。


「どうしたの、ジークくん」


 訊くと、ジークくんの翠色の瞳から、涙が溢れた。


「えっ、えっ?!ちょっ、大丈夫?!」


 しかし、ジークくんの涙は止まらない。

 駆け寄ると、ジークくんはボソボソと呟く。


「ごめん……心配いらないよ」

「心配いらないわけないでしょ。何があったの、言ってみて」


 背中を撫でる。

 ジークくんは、トイル遠征で起きた事を話し始めた。


 ………………


「――それで、ヴィルがいなくなって、俺は本当に正しいことをしてるのか、わからなくなってきて――」

「ジークくん……」


 メリアさんは、何を言っていいのかわからないらしい。

 当然だ。そもそも遠征前まで一兵卒に過ぎなかった青年が最高指揮官になって帰ってきて、その上今から貴族院を討伐します、など正直おかしい。

 話が飛躍しすぎている。


「……ジークくん、私はね」


 ゆっくり、メリアさんが話し始める。


「あの獄炎の中で、君に助け出された時から、君を英雄だと思ってるよ」

「英雄……」


 その単語で脳裏に映ったのは、目つきの鋭くて狂犬のような目をした青年。

 自分を庇って死んだ青年。


「ジークくんは、ヴィルくんがいなくなって自分が分からなくなっちゃったのかも知れないけど、私からしてみたら、君は英雄。それはずっと一緒。」


 メリアさんは更に重ねて言う。


「ジークくんを庇って死んだ人がいる。ジークくんのために死んだ人は1人や2人じゃない。なら、ジークくんは間違えていないんじゃない?命を懸けてでも、君の道を止めたくなかったんだから」

「……」


 彼の、最期を思い出す。

 ジークさん、という叫びがまだ脳裏にこびりついて離れない。けれど、いつか忘れるかもしれないと思って怖い。

 

 ロブの声が反芻される。

「こいつは、常日頃から言ってたっす。"ジークさんは、俺の英雄なんだ"って」

  

「ダリル……」


 呟く。

 彼の顔は、今でもありありと思い起こされる。


「……そう、だった」


 俺は誓ったはずだ。英雄になると。

 例え親友1人いなくなっても、俺には俺がやるべき責務があるはずだった。

 情けない。


「俺は、思い出したよ、メリアさん。ありがとう」


 メリアさんは微笑する。


「それなら良かった。ジークくん、ずっと楽しくなさそうだったから」

「そう見えた?」

「うん」


 そっか、と呟いて笑う。


 やっぱり彼女は聡い人だ。

 この一時で俺の心の不安定なのを察してくれて、それをケアまでしてくれる。


 好きになってしまいそうだ、だなんて心の中で笑う。


 ……いや、多分、ノーザンブルグの時点で俺は彼女に惚れていたのだろう。

 けれど、今の今まで言えていない。

 自分の勝手な気持ちを押し付けたくないんだろうな、と自分で納得している。できている。


「……メリアさんは」

「ん?」

「……その、俺を」

「――私は、何があっても貴方を好きでいるよ」


 まるで、見透していたかのように。

 まるで、心を読んでいるかのように。

 彼女は言った。


「え……?」

「ずっと言えなかったけど、私はノーザンブルグの時から、君が好きだったの」


 ノーザンブルグといえば、もう半年以上も前の事である。


「退屈ではないけど変わらない日々で、カーテンを開けて陽射しを見せてくれたのは君。獄炎の中で、手を差し伸べてくれたのは君。」


 そうして、メリアさんは、目を真っ直ぐに見て言った。

 

「――ジークくん、君のことが好きです」


 返事はせず。

 言葉もなく。

 ただ抱きしめて。

 そうして、口づけをして。


 ――夜闇の中で、月光が暗い部屋に差し込む。

 暗かった部屋に、一筋の光が現れた――


 ………………


 ――メリアと、ベッドの中で他愛もない話をしている。

 今回の遠征での話だとか、グングニルの皆の話だとか、オルギンで留守をしていた時の話だとか。


 すると、ドアがノックされた。


「……ジーク、もうそろそろ時間だ」

「伍長か。わかった、すぐに行くよ」


 ベッドから出る。

 服を着て、チェインメイルを着込み、そしてその上から水色のサーコートを羽織り、腰にはサラの父の打った剣を佩く。


 ほとんどいつも通りの、グングニル総長ジークフリート・カーター。

 少なくとも、心ではそう思っている。


「ジークくん」


 メリアの方を振り向く。


「――ご武運を」

「ああ。」


 微笑んで、ドアを開けた。

 その先の廊下には、勝色の布地に「銀の矢」の紋章の入ったサーコートを着た将軍が立っている。


「……伍長、待っていたのか」

「まあな。……ジーク、邪魔をして悪かったな」

「ふっ、俺の精神を安定させようとしてメリアを差し向けた男がそれを言うか」

「……はっ、それもそうかな」


 と、伍長は笑いながら肩を叩いてくる。

 肩当てが、ガチャガチャと音を立てる。


「……行こうか、ジーク」

「ああ。」


 2人は、オルギン郊外の練兵場へと向かう。


 ――「王都の変」まで、あと1日――

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