第4節8項 はじまりの街にて
――貴族院にジーク出立の報が伝えられる2日前。
グングニルの軍勢は、200名のうち50 をレイモンドに預けてトイルの守備に当て、残りの150で南海道を北上した。
そして、貴族院に一報が届いた翌日の昼。
ジークたちは、王国騎士団大本営のあるオルギンの街へと至った――
………………
オルギンにおいて、グングニルは大歓迎を受けた。
街道の両端には市民たちが押し寄せて兵士たちに手を振った。
「ようやく着いたな、ジーク」
と、ヴェルトが言う。
手を振りながら返す。
「ああ。伍長、兵士たちに今日は休むように言ってくれ。……ただし、今晩の第4夜警時(未明)には郊外の演習場に集結するように伝達してくれ。秘密裏にな」
「わかった。……ジークは、どうするんだ?」
「俺か?」
目線は市民たちに向けながら、あー、と呻く。
「剣を買いに行く。伍長、おすすめの店教えてくれ」
「任せろ」
………………
――武器商通り――
懐かしい場所である。
かつて、剣を持っていなかったジークのために、ヴェルトとリドニアと剣を共に買いに行った場所である。
そして、因縁とでも言うべきか、ジークはサイモン製の剣を購入し、つい先日までそれを使っていた。
が、サイモンの事実を知るとその剣を即座に投げ捨ててしまったので、やはり剣はない。
「……なあ、伍長」
「ん?」
道を歩いている最中、伍長を呼ぶ。
伍長が立ち止まって、振り向く。
「伍長は――」
言いかけて、やめる。
訊いたら、もし訊いて、欲しくもない答えが返ってきたら――
俯く。
「……ジーク、気にするな」
「何が」
顔を上げる。
伍長は、こちらに向き直っていた。
「俺は、お前にしか出来ないことは存在すると思っている。それは、ここに最初に来た時から思っていた」
「なんだよ急に――」
「ジーク」
伍長――いや、ヴェルトは、目を真っ直ぐと見つめてくる。
そして、口を開いた。
「俺はダリルと同じで、お前こそ英雄だと信じている。だから、何があっても、お前の前からいなくなったりはしないよ」
立ち尽くす。
そして、笑って、呟いた。
「……なんだ、伍長はただの馬鹿か」
「そうかもな。そういえば、誰からも頭が良いと褒められたことがないな」
ははっ、と笑う。
けれども、視界は霞む。
石畳に水滴が零れて滲む。
「――ありがとう、伍長」
「ふっ、感謝するほどのこともないだろ」
………………
――そうして、2人は再び歩き出して、ある店の前に着いた。
覚えている。剣を買ったあとで、ヴェルトが立ち寄った店だ。
「ここは、サラの――」
「ああ。気持ちは複雑かも知れないが、剣の質は一級だと保証する。」
「伍長の推薦はいつも間違いない。嫌な気分になんてなるもんか。」
ふふ、と伍長は微笑む。
確かに、そうかも知れない。
グングニルの総長にジークを推挙したのもヴェルトだし、トイル城北門攻撃隊の指揮官に推薦したのもヴェルトである。
結果としてジークは今、遠征軍の総司令官としてここにいる。
ならば、それは間違いのないものであろう。
――ドアを押し開く。
顔の大きい、少し肌の焼けた文字通り職人肌の、サラの父がこちらを見る。
「いらっしゃい!……なんだ、ヴェルトさんじゃないですか!」
「ご無沙汰してます」
「いやいや、ヴェルトさんもお疲れ様です。――ところで、今日はどんな用件で?」
「ああ、こいつの剣を一本造ってほしいのと、それまでの繋ぎで剣を貸してほしいんですが、行けますか?」
「えっ」
伍長の方を見る。
平然としているが、それは特注の剣を造るということではないか。
とんでもない額になるが――
と、サラの父が、俺の顔を覗き込む。
「構いません。……ええと、ジークくん、だったね。どんな剣を希望で?」
「ああ、ええと、ブロードソードで、刃渡りは――」
……けれど、頭の中で思い描くのは、やはり月白のサーコートを着た鬼神の如き青年の背中で。
途中から、彼の手に握られていた"ハボリム"を思わせる特徴を言っていく。
「……」
ヴェルトは、ジークの言っている剣の特徴から、やはりジークの思っているのと同じ男の顔を思い出す。
――あいつは、サラと逃げたけれど、うまくやっているだろうか。逃げた先でガイウスやファブニルの兵士たちに見つかっていないといいが――
などと思っていると、サラの父がヴェルトに話しかける。
「ヴェルトさん、この条件ならかなりの額になりますが――」
「ふっ、構いません。彼の希望通りの物を鍛え上げてください」
サラの父は頷く。
そして、壁に掛けてあったブロードソードを俺に渡した。
「鍛造には最速でも2週間はかかるから、それまでこの剣を使うといい。売り物だから質は保証するよ」
「あ、ありがとうございます」
剣を受け取って、鞘から抜いてみる。
確かに、サイモンで買った安価な剣とはグレードが違うような気がする。
「良い剣だろう?」
「ええ、前の剣よりずっといい」
「はは、そうだろうそうだろう」
と、伍長がサラの父に声をかけた。
「あ、ちなみになんですけどウィンターさん、一応そいつ遠征軍の総司令官代理ですよ」
「はっ……?」
と、サラの父はカウンター越しに俺の後ろを覗き込むが、もちろん誰もいない。
それで、目が合った。
「……それじゃ、もしかして、君が英雄ジーク……?」
「あ、ええと……」
苦笑いして頷く。
サラの父は目を見開いている。
「――いや、まさかちょっと前までヴェルトさんの後ろをくっついて回ってた青年がまさかヴェルトさんよりも早く出世するなんてびっくりですよ」
「あはは、いや俺もですよ」
と笑う。
サラの父は言葉遣いが敬語になったぐらいで、俺に媚びへつらうような仕草はない。
……まあ、媚びへつらわれるほどの人間でもないしな。
………………
「ありがとうございました!剣ができたら大本営に伝えに行きますね」
「はい、お願いします。ありがとうございます」
と、店を出る。
少し話しすぎたらしい。
時刻は第11(午後5)時を回っていた。
「……大本営まで帰ろうか、伍長」
「ああ」
と、歩いている最中に、伍長が「あっ」と、何かを思い出した時のように声を出す。
「どうした?」
「……ジーク、今日からお前の部屋はバーナード公の私室だ」
「……えっ」
………………
――そうして、バーナード公が使っていた私室にぶち込まれた。
なんでも王国騎士団の最高指揮官はこの部屋で宿泊するという不文律があるらしい。
訳のわからない不文律だが。
さて、バーナード公は綺麗好き――というよりミニマリストのような感じだったらしい。
部屋には机椅子と仮眠用のベッド、そして武器と防具を置いておく棚ぐらいしかない。
それを見て、肩をなで下ろす。
「……ったく、なんだよ。しきたりだからって急に個室だなんて」
ぼやく。
ここ最近個室で寝泊まりしかしていない。
贅沢なことを言っている自覚はある。けれど思い出すのは最初の5人。
……今では2人しか残らなくなってしまったが。
剣を棚に置いて、ベッドに腰をかける。
「ふぅ――」
今夜。今夜、革命が起きる。俺が起こす。俺が殺す。
……だというのに、妙に落ち着いている。と、その時。
――コンコンコン。
ドアがノックされる。
「……?どうぞ」
と、ドアが開かれる。
ドアの奥から、金髪ロングの碧眼の美女の顔が見える。
「――ジークくん、久しぶり」
「……メリアさん」
メリアは、ニコリと笑った。
時刻は第1夜警時(日の入り頃)である――




