第4節7項 貴族院
――王都レーベン、某所――
そこは、レーベン政権の政治の中枢である。
そこは、レーベン政権の権力の頂点である。
そこは、レーベン政権の中心である。
――それは、玉座ではない。
それは、王都レーベンの王宮ではない。
それは、王都の王宮の郊外にある。
その名は、貴族院。
――貴族院は、ガイウスに都が置かれていた頃は、れっきとした王の諮問機関であった。
議員は世襲で選ばれているため各議員で政治的な能力にバラつきがあり、そこまで強い権力は持っていなかった。
しかし、時代が下るにつれて王の力が弱まってくる。
暴政、悪政、果てには政治に関心がない王まで現れた。
そうなると、話は変わってくる。
貴族院の発言権が次第に強まっていき、とうとう諮問機関であるというのに政治に参画するようになった。
――さて、そうすると議会での発言権を高めるために各議員は仲間を増やそうとする。
やがて、貴族たちは内紛をするようになってきた。
その最たる例が、王国暦142年の「レーベン事変」である。
レーベンの地を治めていたグッゲンハイム侯爵家が陰謀を仕掛けて都をレーベンに移そうとしたことをきっかけに、元々グッゲンハイムに敵対していた貴族連合とグッゲンハイムが激しく争った。
結果としては、貴族連合が敗北し、グッゲンハイムは強引に都を遷したが、それを良しとしない貴族連合の残党が旧都ガイウスで蜂起独立して「ガイウス共和国」を建国したのである。
……これを機に、グッゲンハイムは貴族院内での権勢を強め、サンドブルグに次ぐ権力を誇るようになった。
――と、これが王国成立から現在に至るまでの貴族院の経緯である。
さて、その貴族院にて――
………………
「ルキウス殿、本当に王都に帰還しますかな、ジークは。これでトイルで独立などされても困るのですが――」
と、議会の最中に隣の議員に言ったのは、グッゲンハイム侯爵家の当主であるルイ侯である。
――グッゲンハイム。
先述のレーベン事変の黒幕にして、ジグラトにおける"貴族御三家"の2番手。
ちなみに、貴族御三家とは、サンドブルグ家、グッゲンハイム家、そして中南部ロンディニウムを本拠とするアゾレス家である。
アゾレス家は、ジグラト最大の湖かつ南部の河川の全ての源流たるガイウス湖の水運業を一手に担っており、絶大な権力を持つ貴族であるものの、レーベン事変後は中立の立場となり、国政には参加していない。
御三家は実質アゾレスを空席とし、最後の一席を武家の名門ワーグナー家と新興貴族サイモン家が争っている状態である。
――さて、話をルイ侯に戻そう。
ルイはグッゲンハイムの第8代当主である。
彼自身の容貌について。
髪は白髪が少し混じっており、口髭は整えられている。彼の顔は少々角ばっていて、ダンディな風格を感じさせる。
伊達に貴族の名家の当主はしていないらしい。
服は高貴の象徴である紫の色である――もっとも、貴族院では皆ほとんど紫の服なのだが――。
そして、話かけられているのは貴族の最高級たる公爵の爵位を持つサンドブルグ公爵家の当主、ルキウスである。
ルキウスの容貌についても言及しよう。
彼の体は小太り、顔にはシワが幾本かあり、髪は少し後退しており、そして紫の中でも最高級を表す至極色の服を着ている。
――しかしこんな男の愛娘は絶世の美女、姫騎士と言うに相応しい可憐な女だと言うのだから驚きである。
若い頃はそこそこに美青年だったのだろうか。
と、ルイは心で思っている。
さて、ルイの発した「ジークは叛乱を起こしたりしないか」という問いに対して、ルキウスは答える。
「ジークというのは、平民の、それも農夫の子であろう?そこまで人望があるとは思えん。叛乱独立したとして、部下に殺されるのがオチであろう」
それはその通りである。
ジークが何の才覚も持ち合わせておらず、だというのにレイドスに対してクーデターを起こしたというのなら、諸将は着いてこず、必ず誰かに殺されていることだろう。
しかし、そうはならなかった。
ジークには、生まれ持った天賦の才と言ってもいい、軍略の才があった。
カリスマがあった。
そして、強力な部隊を備えていた。
だから諸将はジークの方が生き残れそうだと判断したに至る。
――と、そんな時、議会にセオドアの異母弟であるカルロスが入ってきた。
「皆さま、議会の最中に失礼します。只今トイルから報告が届きました。ジーク率いる遠征軍150は、今朝オルギンへ向けて出立しました」
「おお、叛乱などふざけた真似はしなかったか」
「はい。それに際してジークから詫びの文書が届いております」
「詫びの?読んでみろ」
「はっ。では――」
……国王陛下、度々の帰還命令の無視をいたしましたこと、謝罪します。
私に叛意などは全くなく、ただ陛下に弓引く賊であるガイウスのセオドアを征伐していたために参上に遅れた次第にございます。
しかし陛下からの勅を無視したのは大罪。このジーク、いかなる処罰も甘んじて受け入れまする……
それをカルロスが読み上げると、貴族たちの中から声が聞こえてくる。
――憐れよな、自分が殺されるとも知らずに王都へ向かってくるとは。
――ジークは抵抗することなく簡単に死んでくれるらしい。これはありがたい。
――平民風情がつけ上がるからこうなるのだ。
など様々であるが、いずれもジークを非難し、彼の死を喜ぶようなものである。
「――いやあ、上手く行きましたな、ルキウス様」
とルキウスに言ってきたのは、サイモン家当主ベルナール伯。
このベルナールこそラズ紛争でファブニルに武器を密輸し、先の停戦条約に際してガイウスにも武器を大量に密輸した人物である。
ヴェルトの言った通り、彼はさらなる爵位を求めてサンドブルグに接近している。
セオドアもそれを悟ってはいるはずだが、しかし拒絶する素振りは見せない。
「……ああ。これで障害は一つ、取り払われたな。サイモンもまた一儲けか」
「はは、おかげさまで」
と、ベルナールは笑う。
賤しい男である。爵を金で買い伯爵になったのにも飽き足らず、今度はサンドブルグに取り入って、そして最終的にはサンドブルグさえも呑み込んで食い破ってやろうと思っている。
時代が時代なら、この男はその財力を利用して天下を取っていたかもしれない。
――しかし、そうなることはない。
ジークの軍が、王都レーベンに接近している。サイモンを蛇蝎のごとく嫌っているジークが、である。
貴族院は未だジークが自分たちに恭順する姿勢であると信じている。
ジークはもはや貴族院を絶滅させようと思っているというのに。
――「王都の変」まで、あと3日――




