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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第4節6項 見知らぬ顔


 ――晩。


 グングニルの幕僚たちは、広間に集められた。


 諸将たちは、何の会議なのか未だ分かりかねているらしく、困惑を隠しきれない者も少なくない。

 ――ヴィルも、その1人である。


「皆よく集まってくれた。感謝する」

「……ジーク、これは何の会議なんだ?」


 と、ヴィルが訊く。


「……これを見てくれ」


 と、召喚状を出す。


「これは、王都に帰還せよとの命令……?」

「いいや、違う。死刑宣告だ」

「は……?」


 ヴィルたちは茫然としている。

 一連の事情を彼らに話す。


 ――グングニルが戦争を終わらせそうだからという理由で、貴族たちによって陥れられそうになっていること。

 貴族たちは戦争を継続させたいこと。

 そして、王都に帰っても、帰らなくても、グングニルは謀反の疑いで処刑されること。


 ……それらを話すと、ディアスなどは憤慨していた。


 が、ヴィルはまだ冷静である。


「……で、どうするんだジーク」


 と聞いたので、口を開いた。


「王都レーベンに攻め入り、悪の巣窟である貴族院を討伐する」


 どよめき。

 それは、そうだろう。これはれっきとした謀叛。叛乱。

 しかし、ディアスやレイモンドなどは賛同する姿勢であるし、シュナイダーなど旧ガイウス陣営の者はそもそもレーベン政権を認めていないため反対する理由がない。


「……わ、私もジーク殿に従います」


 と、言ったのはかつてはグングニルに対立していたドーン。

 死を秤にかけると、ジークに付いたほうが分が良いと考えたのだろう。


 すると、他の将軍たちも、このまま殺されるぐらいならいっそ叛逆してやろう、と言い出すようになった。

 ――しかし、そんな中で立ち上がった者がいた。


 ヴィルである。


「……ジーク、本当にそれでいいと思っているのか」

「当然だろう。お前は、貴族たちの私欲のために命を取られても良いと思うのか?」

「……俺は、他に方法はないのか、と言っているんだ」

「無いな。俺は悪い事はしていないはずだ。俺は、何の理由もなく殺されるなんて、絶対に許容できない」


 ヴィルは、立ち尽くしている。

 何も言い返せない。


「……どうしても、行くというんだな、ジーク」

「ああ」


 と、返すと、ヴィルは円卓に立てかけていた"ハボリム"を持った。


「……何をする気だ、ヴィル」

「俺は、もはやお前にはついていけない。野に下らせてもらう」


 その言葉に、どよめきが走った。

 野に下る、つまり職を辞し一般人に戻るということである。


「何を、言ってる」

「言ったとおりだ。俺とお前はここでお別れだ。じゃあな」


 と、ヴィルは"ハボリム"片手にドアへ向かう。


「え……ヴィル、待って……」


 と、サラが何やらぶつぶつ言っている。

 そして、ギイ、と大きな音を立てて、ヴィルがドアを押し上げたその瞬間、サラは立ち上がった。


「……私も、私もヴィルに付いていく。」

「……貴様もか、サラ」


 サラは剣を手に取って、既に部屋を出たヴィルを、急いで追いかけていった。


「じ、ジークさん、どうしますか?!」


 と、レイモンドが言ってきた。

 それで、それに応えた。


「……え」

「は?」

「追え、レイモンド、ディアス」

「あ……呼び戻すんですか?」


 と、レイモンドが訊く。


「――いいや、殺せ」

「……はっ?」


 レイモンドも、ディアスも、ヴェルトも、皆がポカンとしている。


「殺せ。追って、奴らを殺せ。」

「し、しかし、それは――」

「もしも奴らが貴族院側に着いたらどうする?もはや俺たちに勝ち目など無いぞ。」

「それは……」

「なら殺せ。今すぐだ!」

「……はい」


 レイモンドとディアスは、走って部屋を出ていった。

 それを、静かに見届ける。


「ふぅ――」


 翠色の瞳は、冷たくドアのその向こうを見ていた。


 ………………


 夜のトイルの街の中を、ヴィルは馬に跨りながら、進んでいる。

 馬は、先ほど厩舎から盗んできた軍用馬である。

 

「ヴィル」


 と、馬上から振り向くと、サラがいる。

 彼女は馬ではなく徒歩だから、息を切らしている。


「……どうして、着いてきたんだ」

「ヴィルに、着いていきたいから」


 馬から降りた。


「俺はジークについていけないから出ていくんだ。けれど、サラ。前に言ってたじゃないか。" 自分が大切だと思うもののために戦う"って。着いてくることはない。」


 すると、サラは、少し視線を逸らして、言った。


「……だから」

「え?」

「……私にとって大切なのは、ヴィルだから」


 茫然と立ち尽くすしかない。

 だって、その言葉は、つまるところ――


「……サラ」

「……」


 彼女は、耳を真っ赤にさせて、視線を逸らしたままである。


「……俺は、道を違えた人間を、親友だから、だなんていう理由で手にかける決意すら出来ない情けない男だよ」


 どこで間違えてしまったんだろう、俺たちは。

 拳を強く握りしめる。

 

「……それも、ヴィルでしょ」

「え?」

「優しいから、ヴィルは。」

「……優しくなんて無いよ」

「いや、そんなことない。ヴィルは、十分に人に優しいよ。そんなヴィルだから、私は――」


 と、そこにレイモンドとディアスとその他数名が、武装してやってきた。


「レイモンド……」

「……叛逆者ヴィルヘルム並びにサラ。我が主の命である。ここで消えてもらう」

「――なんだと?ジークがそう命じたのか?」

「はい。ですから、ここで消えていただきます、ヴィルさん、サラさん」


 腰のハボリムに手をかける。

 が、そこで、言葉を発したレイモンド本人が待った、と手を出す。


「ち、ちょっと待ってください」

「……なんだ」

「そのですね、ヴィルさん。我々としてもあなたを殺したくないし、殺されたくないんです。」

「だから貴族院に付かないという約束で、ここは手打ちにしてください、ってことだ、ヴィルの兄貴」


 ……貴族院に付かない?

 そもそも、俺は貴族側に付くつもりもないが――


「……わかった。俺は西へ行く。もはやお前たちには関わることはないだろう。……ジークが、一線を越さない限りは」

「わかっています。僕たちで、ジークさんをできる限り支えると約束しましょう」


 頷いて、馬に乗る。


「サラ、手を」

「……うん」


 サラの手を取って、前に乗せる。


 そのまま、後ろを振り向くことなく、夜闇へと駆けていく。


 ――こうしてグングニル最強の男ヴィルと、「姫」ことサラはグングニルを去った――


 ………………


 レイモンドたちが、帰ってきた。

 

「レイモンド、ディアス。ヴィルとサラの首は持ってきたか?」


 レイモンドたちの視線が泳ぐ。


「……いえ、馬を盗んで逃げました。我々も追いかけようとしたのですが、なにぶん馬の使い方はあちらの方が上手で――」

「わかった、もういい。問題は、ここからどうやって王都を攻めるかだからな。」

「……はい」


 と、レイモンドが円卓の上に目を向けると、先ほどまでいた数名がいない。


「……?」


 不思議に思って部屋の中を見回すと、部屋の端にいた。

 ――既に亡骸になっているのだが。


「ジークさん、これは――」

「ああ、ヴィルの叛逆で動揺してグングニルには従えない、と抜かした愚か者たちだよ。」


 レイモンドは、戦慄した。

 昨日までは青年の顔をしていたその人の影は既になくて、今は誰かすらもわからないような冷酷な人間の顔が、レイモンドを見ている。


「レイモンド、ディアス、座れ。」


 レイモンドとディアスは、息を呑んだ。

 座れば貴族院への叛乱、座らなければジークへの叛乱。


「……早くしろ」

「………………はい」


 そうして、レイモンドとディアスは、席に着いた。


 ――これより先は修羅。

 そう感じながら。

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