第4節5項 その道は修羅
――敵軍は、レーベン政権の支配圏から撤退し、中南部ロンディニウムに後退していった。
しかし、一方でレーベン軍の損害も大きい。
総勢250名のうち、確認できるだけでも死者は50余名、重軽傷者は80数名であった。
ちなみに、なぜ確認できない者がいるのかというと、川に溺れ、流された者が少なからず存在するからである。
彼らの遺体は、ロードス河畔に埋めてやった。
それは、ダリル・ローレンスについても同じである。
ドーンはじめ当初グングニルに反発していた諸将も、グングニルに従えば生き残れると考えて恭順の意思を見せた。
そして、兵士たちもグングニルによって助けられたと考えるようになったので、これもまた従うようになった。
ジークの目論見は、成功したと言っていい。
……1人の損害を除けば。
………………
一晩明けて。
トイル城内、執務室――
その扉が、ノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのは、レイモンドであった。
手には、何やら短剣を持っている。
「……レイモンド、それは?」
レイモンドは、暗い顔をしている。彼のそんな姿は珍しい。
「……ダリルの心臓を貫いていた剣です」
「……そうか……で、それがどうした?」
「その、これを見てください」
と、レイモンドは剣の茎を見せてくる。
そこには、「SIMON」と刻印がしてある。
「サイ……サイモン……?」
「はい。オルギンを本拠とする、巨大武器商人、サイモンです」
覚えている。俺の剣はそこで購入したものだからだ。
「ああ、オルギンの――なぜそんなところの武器が、敵の手に渡っている?」
「それは……」
レイモンドは、歯切れが悪い。
「それについては、俺が答えてやろう」
と、ドアを開いたのは――
「……伍長。何か知っているのか?」
「……まあな。」
「教えてくれ」
「わかった。まあ、気持ちのいい話ではないがな――」
………………
――話は17年前、ラズ紛争にまで遡る。
ラズ紛争というのは、知っての通りだと思うが、一応解説しよう。
当時未だ小国であったファブニルが、突如として国境近辺の城砦都市ラズと、その近郊へ侵攻した事件だ。
この紛争によって、もはやファブニルは小国などではなく、むしろ邪竜騎士団など強大な兵力を持つと認知された。
……んで、問題はファブニルがなんで急成長できたか、って話なんだが。
まあ、結論を言うと、レーベン政権の武器商人であるサイモン氏がファブニルなど敵国に武器を輸入していたからだ。
サイモン氏は鍛冶職人を抱き込んで製造から販売までやっているから、武器に「サイモン」の刻印をする。
ファブニル相手の商売で、サイモンはびっくりするぐらいに儲けたらしい。少なくとも、支店をジグラト全土に展開するぐらいには、な。
……さて、ここで問題だ、ジーク。
富を得た奴が、次に得るもの、得たいものは何だと思う?
……女?残念、女は既に山ほどいるんだなこれが。
正解は名誉と血筋だ。
サイモンの現当主のベルナールはそれまで蓄えていた資産を全部つぎ込んで貴族の爵位を買って貴族院に入ると、サンドブルグに急接近し始めた。
ここ数年の話だ。
……と、前置きが長くなったな。
じゃあ、なんでガイウスがサイモン製の武器を持ってるのか、って話なんだが。
結論から言おう。
バーナード公のせいだ。
オルギンでの決戦の後、バーナード公は北部――オルギン以北を奪還しようと考えていた。しかし、それには南のガイウスが厄介だ。
そこで、バーナード公はサンドブルグ家をガイウスに使者として送り込んで停戦協定を結ぼうとした。
その切り札が、サンドブルグの手下になったサイモン家だ。サイモンの武器をガイウスへ大量に密輸し、当時国内で内戦をしていたセオドアを支援するという密約で停戦を取り付けたんだ。
……んで、セオドアは質の良くて安価なサイモンの武器を入手できて嬉しい、サイモン家はデカい契約が入って儲かる。
そんな感じだな。
………………
――説明を一通り聞いて、心の中では怒りがある。
それじゃあまるでダリルは、いや、敵国と戦って死んでいった同胞たちは、貴族たちに、サイモン家に殺されたようなものじゃないか。
自らの剣を投げ捨てた。
サイモンの店で買った粗末なブロードソードである。
「……」
黙り込む。口を開くと、なんだか思いも寄らないことを口に出しそうな気がする。
「ジーク」
伍長が、話しかけてくる。
「……これ以上、何かあるのか?」
「ああ。というか、こっちがお前にとっては1番大事なことだ。」
「……?」
俺とレイモンドは、伍長が差し出したその紙を見た。
――召喚状――
……王国騎士団所属ジークフリート・カーターは、王都へ帰還せよとの命令に背いたため、即座に王都レーベンへ出頭することを命じる。
期限は8月2日までとする。
これに背いた場合、謀叛と見なす。
――ジグラト王国国王ジョン2世――
レイモンドと、顔を見合わせる。
そして、伍長の方を向いた。
伍長は、苦々しい顔をしている。
「――ジーク、残念ながら、ここで詰みだ」
………………
「詰みって、どういうことですか、ヴェルトさん」
「……そのままの通りさ、レイモンド。詰みなんだよ。グングニルは、ここで終わる。この書状は、実質死刑宣告だ。お前は、王都に帰ったら必ず殺される。帰らなくても、謀反だと言って殺される。詰みだ。」
と、伍長は言う。
「なぜ死刑宣告なんだ」
「そりゃあ、貴族院の逆鱗に触れたか、あるいは危険視されたかだな」
「……なんでだ、なんで。俺は王国のために尽くしてきたはずだ」
伍長は、ため息をつく。
最早、彼は諦念しているように見える。
「……いいか、ジーク。お前は、強すぎるんだよ」
「強すぎる……?」
「ああ。考えてもみろ。お前が参戦してからというもの、レーベン軍は無敗だ。遂にはジグラトで屈指の最強部隊"黒騎士隊"まで打ち破った。」
「それが、なぜ俺を殺す理由になるんだ」
「さっき言っただろ?貴族たちは戦争をしてたほうが好都合なんだよ」
「は……?」
予想外の言葉に、訊き返す。
「例えばだ。戦争が起これば民の視線は外へ行く。そうなると、国内で政治腐敗があってもそれは見えなくなる。サイモンのくだりもそうだ。それで、貴族たちは戦争をしていたいのさ」
「……」
「戦争が終われば、貴族たちが王を無視して政治をしていることが、国を欲しいままにしているのがバレるんだよ。」
「――だから、戦争を終わらせる可能性のあるジークさんを、処分すると?」
「その通りだ、レイモンド。」
黙り込む。
なんと理不尽な話なのだろうか。
国のために戦ったというのに、勝ったから殺すなんて。
――許せない。
こんなものはダリルへの、国のために死んだ同胞たちへの侮辱である。
――そうして、一言、言葉を発した。
「……レイモンド、伍長、晩までに全員を招集しろ」
「は……?」
レイモンドは、ぽかんとしている。
「何をする気だ、ジーク」
伍長が訊く。
それに応える。
「さっき、詰みだと言ったな、伍長」
「……ああ」
「――1つだけ、打てる手があるな」
伍長の顔が青ざめる。
「まさか、そんな、ジーク」
「――これは正義だよ、伍長。」




