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極夜物語  作者: 昆布
第4節 汚れた手で
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第4節4項 "英雄"


 ――第8(午後2)時。


 ついに、グングニル別働隊約50が、ガイウス軍後方に出現した。

 グングニル本隊は、これに呼応する形で前進する。

 ガイウス軍は、前後から挟撃される形になった。


 ………………


 ――ガイウス軍本陣――


「閣下、敵が後方からも――!」


 と、慌てる幕僚に、セオドアは「落ち着け」と言う。


「……この程度の策は想定できていた。問題はない。反転して、敵別働隊をまず殲滅。次いで前方の敵をすり潰せ。」

「は……はっ!」


 早馬が、各々の指揮官へその指示を通達しに向かう。


 ……それが、貴様の必殺の策か、トイルを救った英雄ジーク。つまらない策だ。

 それは、兵の数、兵の練度が我らより高ければ有用だっただろうが――


「急報!」


 早馬がやってくる。


「後方の敵部隊、防御を抜けてこの本陣に迫ります!」

「……何?」


 後ろを見る。

 確かに、喊声はここに近い。


 ………………


「――皆進め!目指すは敵の首魁セオドアの首のみだ!それ以外のものは捨て置け!」


 と、ヴィルは叫びつつ、敵をどんどんと薙ぎ払う。

 既に彼の周りには――いや、正確には、彼の進んだ道の周りには――屍が累々と積み重なっている。


 彼の月白のサーコートは返り血に染まってドス黒い朱殷の色になっている。

 そしてそれは、その右横のサラの白縹のサーコートも同じであった。


「おらおらあ!トイルのディアス、ここに推参、ってな!死にたくなきゃ道を開けろ!」


 と、左横を見れば、斧槍を振り回して敵を薙ぎ払っているディアスがいた。

 相も変わらぬ戦闘狂である。


 そして、その後方では弓の名手ケリーが剣を携えてついてきている。

 混戦の中では弓で狙撃はできぬとの判断であろう。


 彼らだけではない。1番隊2番隊を構成する約50人はグングニルでも最強の兵たち。正直黒騎士隊にも引けを取らないほどだ。

 次々に立ちはだかる敵を斬り、突き、薙ぎ払って突破する。


 そうして、敵本陣に突入した。

 が、敵本陣には、いつぞやのメイド服の麗人が1人立っているだけであった。


「こいつは……!」


 と、メイド服の麗人は袖から一対の短剣を取り出す。

 ヴィルもサラも、剣を構える。


 そこに、ディアスやケリーらも追いついてきた。


「ヴィルの兄貴、敵の大将は――」


 そして、明らかに雰囲気が違うその麗人を見て、獲物を構えた。

 が、ヴィルが言う。


「……ディアス、ここはいい。お前たちはこのまま本隊と交戦している敵の背後を突け」

「いいのか?」

「ああ。そちらの方が重要だ。俺は、こいつを足止めする」

「了解したぜ!――者ども、俺についてこい!」


 と、ディアスは斧槍をブンブンと振り回しながら再び敵に突っ込んでいく。


 それを見届けて、ヴィルとサラは、メイド服の女――ゾーイ――に、同時に襲いかかった。

 

 が、ゾーイはその斬撃を軽く受け流す。

 

 ゾーイはサラに飛び込んで来る。

 サラはその顔面目掛けて突くが、ふっ、と躱されて、逆にゾーイの短剣が視界に現れる。

 正確に眉間を狙ったその突きは、首を傾げて避けられて、空を突く。サラは、短剣と顔の間に、腕を挟む。

 と、それとほぼ同時にその腕に、空を突いたままだった短剣の斬撃が来る。


 サラはよろけつつも、ゾーイを蹴り飛ばして間合いを取る。


「サラ!大丈夫か!」

「……大丈夫、籠手で防いだ」


 と、サラは腕を見せる。

 籠手にはしっかりと傷が入っている。サラの咄嗟の判断がなければ、即死だっただろう。


 ……と、態勢を整えたゾーイは、今度はヴィルに襲いかかる。

 ヴィルは下から斬り上げるが、それは片方の短剣に防がれる。

 すぐに手首を返して、今度は相手の肩から袈裟斬りにする。が、これも防がれる。

 右肩。左の脚。突き。脳天。左の胴から一閃。

 悉く防がれる。


 なんたる女であろうか。攻撃を防ぐのみならず、しっかりと片方の剣で牽制してくる。

 どうやらセオドアの子飼いの暗殺者、というのは相当に手練れである。


 と、2人の激しい剣戟の最中に、サラも割って入る。


 ヴィルとサラによる猛攻に、ゾーイは受けに回る一方となってきた。

 と、そんな中で、ゾーイがヴィルを蹴る。


 ヒールは細長く、蹴りによる衝撃を吸収しにくいので、チェインメイルによる保護はほぼほぼ効果がない。

 ヴィルはよろめく。

 鳩尾に蹴りを食らって平然といられる人間などさほど存在しないのである。


 と、そこにゾーイが間合いを詰める。

 ――しまっ――と、ヴィルが呟く。ゾーイは彼を刺そうとする。が、サラに短剣は打ち落とされた。


 サラの追撃。ゾーイはもう片方で彼女の突きを受け流しつつ後退して、間合いを取った。

 ヴィルが立ち上がる。


 ゾーイは少しの間立ち尽くしていたが、ヴィルが構えると、身を翻してガイウスの軍勢の前方に駆けていった。

 不利と悟って前方に逃げたらしい。


 ……前方、前方だと――?


 ここで、ヴィルは敵の最強部隊「黒騎士隊(シュヴァルツ)」が前方の第3軍団と入れ替わったことに気がついた。

 ジークたちが危ない。


「サラ、今すぐにここを突破しよう」

「うん」


 ………………


 ――一方、本陣では――


「ジークさん、黒い鎧の敵は他の敵兵とはレベルが違います!気をつけてください!」


 ……わかっている、ダリル。

 シュヴァルツがこちらに出てきたということは、間違いなくヴィルに押し出された結果だ。だから、もう少し耐えれば別働隊がやってくるはずだが……


「――ええい!」


 と、黒い鎧の敵と剣を交える。

 なるほど確かに先ほどまでの敵とはレベルが違うらしい。オルギンでの初陣を思い出す苦戦だ。

 なんとか敵を斬り伏せる。


 横の友軍――といっても、グングニルに心から屈服しない者たちではあるが――を見る。

 押されている。しかし、川べりのところで粘っている。不思議なものだ。平原で会敵していたならば、恐らく既に潰走している頃だろう。


 ――と、そんな中で、敵の後方から喊声が近づいてくる。

 ようやく来たか。


 ………………


 第9(午後3)時。


 ヴィル率いる別働隊は、ガイウス軍の包囲を突破して、ロードス河畔に到達した。


 馬上にて血に塗れた"ハボリム"を持ち、月白のサーコートは朱殷に濡れているヴィルの姿は、苦戦を強いられていたグングニルの兵たちにとっては、確かに英雄に見えた。


「総員、突撃!敵首魁、セオドアを探し出せ!」


 ヴィルの指揮に、おお、と兵士たちは叫んで、黒騎士たちに突撃する。

 それに呼応する形で、ジーク率いる本隊も、反撃を開始する。


 ――ここに、ジークが当初思い描いた絵が完成した。


「よし、このまま反撃!早馬たちはそれを各部隊に通達!」

「はっ!」


 と、早馬が駆けていく。


 よし、これで勝てる――

 半ば確信である。背後に、文字通り三途の川がある兵士たちはきっと必死になって敵を押し返す。

 山場は今クリアしたのだ。


 ――と、考えていた、その時。


「――ジークさん!」


 ダリルに、押し倒された。


「ダリル……?どうしたんだ、ダリル」


 返事がない。

 背中をポンポン、と叩く。


 ――手が、何かに濡れた。

 なんだ、これは?……いや、これを、この匂いを、俺は確かに知っていたはずだ。


 けれど、茫然として。

 掌を見て。

 それが、赤く、血に濡れているのを見て。


 立ち上がった。

 ダリルの容体を確認するために。


 ………………


 ……結論から言おう。即死である。

 短剣が、背後から心臓に刺さっていた。

 

「……ダリル……?」


 ダリルの親友であるロブも、彼の姿に茫然と立ち尽くしていた。

 そして、ゆっくりと、もはや動かない亡骸に、話しかけた。


「……なあ、動いてくれよ、ダリル。冗談だろ?俺を、ジークさんをびっくりさせようとしてるだけなんだろ?なあ、そうなんだろ?」


 泣きながら話す。


「言ってたじゃんか。いつかジークさんみたいになるって。ジークさんに認めてもらえるぐらい立派な騎士になるって。嘘だったのかよ、なあ」


 ロブは、亡骸を揺する。

 しかし、ダリルの瞳は開くことがない。

 泣き声を上げながら、ロブは、しばらくして、亡骸を地面に置いてやった。


 ここで、俺はようやく、ダリルの死に顔を見た。

 なんだか、安らかな顔をしているように見えた。

 ……俺の、つまらない主観だろうか。


 視界がぼやける。

 涙が、1つ、2つと落ちていく。


 どうせ、1ヶ月足らずの間に出会って、そして別れただけの人間なのに。

 全くもって最低な出会い方だったのに。

 ――なのに、涙が止まらない。


 ダリルが、立ち上がって、話しかけてきた。


「……ジークさん。こいつは、あんたを庇って死んだんす。」

「……」

「こいつは、常日頃から言ってたっす。"ジークさんは、俺の英雄なんだ"って」

「そんな……俺は銀をやっただけで……」

「それでも、それ"だけ"でも、こいつにとってはありがたかった。だから、あんたを英雄と仰いでいた」


 ダリルは、涙を拭った。


「だから、ジークさん」

「あなたは、こいつだけじゃない。あなたの為に死んだ、全ての人にとって、正真正銘の英雄になってください」


 もはや、敵の軍勢は周りにいなかった。

 ヴィルやサラの別働隊が、ヴェルトやシュナイダー、レイモンドたちの指揮するそれぞれの部隊が、敵軍を駆逐したのである。


 ロブの目を直視する。そして、答える。


「――わかったよ、ロブ。そして、ダリル。俺は、英雄になるよ」


 ――こうして、第2次ロードス河畔の戦いは、幕を閉じたのであった――


 

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