第4節3項 混戦
グングニル勢は、河の蛇行して少し対岸へ突き出したところへ、魚鱗の陣を展開して布陣している。
魚鱗の陣とは、軍勢を逆三角形に展開させて敵の包囲を突破することを目的とした陣形である。
その先鋒には伍長の新設3番隊、次いで中軍にシュナイダー卿の率いるガイウスから寝返った旧トイル城守備軍たち含めたそれなりに信用の置ける者たち、そして後軍には本陣とドーン卿ら不穏分子ら。
そして、ここに不在の1番隊と2番隊は、今朝未明に既にトイルを出陣しており、首尾よく行っていればガイウス軍の後方を確保しているはずである。
………………
昨日の会議でのジークは、戦闘開始からその終わりまでを、あたかも未来でも見てきたかのような口ぶりで語った。
その内容は、次のようであった。
――まず、敵の軍勢はかなり慎重に近づくであろう。
そこに、こちらの軍勢をぶつける。
敵は、こちらから仕掛けてきたことで罠が無いことを確認して安心感を抱き、そのまま攻撃態勢に移る。
ここで、先鋒である3番隊はかなり苦戦を強いられるだろうが、耐えてほしい。そして、頃を見計らって河岸まで再び後退する。
後退させつつ鶴翼に展開し、本陣と不穏分子のいる後軍を敵の眼前に晒す。
敵は河岸で逃げることはできないと勢いづいて攻撃を仕掛けてくるだろう。
しかし、そこを背後を取っている1番隊2番隊で奇襲、本陣を攻撃して敵総帥セオドアを討ち取る。
「……それほど、うまく行くと好いのですが」
中軍で、かつグングニル勢の中央部に着陣しているシュナイダーは、ジークから直々に伝えられたその言葉を頭の中で反芻させつつ、呟いた。
「……まあ、裏切り者の私を重用してくださる"我が主"の恩義に、ここで報いるとしましょう。」
………………
「ジークさん、来ましたよ……!」
グングニルの軍勢に迫るガイウスを遠目に見て、紅色のサーコートを着たダリルが昂奮したような、狼狽したような声を出した。
それを見て、微笑む。
もしかすると、あの日――オルギンでの自分とヴィルも、こんな調子だったのだろうか。自分たちでは努めて冷静さを保とうとしていたのだが――
「……ダリル、慌てるな。少しでも怯懦があれば、この戦、負けるぞ」
ダリルと、そして冥色のサーコートを纏っているロブは、固唾をのむ。
レイモンドも、俺ですらも、息を呑んでいる。
――第5(午前11)時、ついにサラエボ男爵率いるガイウス騎士団第3軍団が、伍長の率いる3番隊と激突した。
………………
さて、ここでガイウス騎士団について解説しよう。
ガイウス騎士団は現状4つの軍団に分けられている。
それぞれに100人ほどの精鋭部隊が配置されており、現在3番隊と戦闘を繰り広げているのは、勇将と名高いサラエボ男爵の率いる第3軍団。
次いでセオドアの右腕アントニヌスの率いる第2軍団。
そして、総帥セオドアの率いる第1軍団。この第1軍団は鎧や兜、サーコート、剣の鞘に至るまで黒いために「黒騎士隊」という異名が付いている。
ちなみに、この戦場に現れていない第4軍団の長はライン男爵という人物で、現在は水都ガイウスにて留守をしている。
ガイウス騎士団はガイウス国内の選りすぐりの精鋭のみが入ることが許される騎士団で、その練度はジグラト最強と謳われるファブニルの邪竜騎士団と比肩するほどだと言われている。
ちなみに、ガイウス騎士団に入れない者は貴族の私兵などになるらしい。
私兵が多いために、ガイウスでは貴族の力が肥大化し、つい先日までガイウス騎士団の長たるセオドアと堂々と対立できていたのだ。
……まあ、それらも既に多くが淘汰されたのだが。
………………
――伍長の3番隊は、当初こそ互角に戦っていたが、次第に練度に勝る敵軍に押されてきた。
「よし、頃合いだな。――全軍、河岸まで後退。と同時に、鶴翼に展開せよ」
喇叭が鳴る。
グングニルは後退を開始する。
………………
「よし、敵は尻尾を巻いて逃げ出しおった。ここが好機。一気に攻撃するぞ」
「お待ち下さい、父上」
と、勢いづいたサラエボ卿を制止したのは、嫡子のダグラスである。
「なんだ?」
「接敵から十数分しか経っておらず、敵の先鋒としかぶつかっていない状態での後退とは、何らかの罠やもしれません。慎重に行くべきかと」
「いや、敵は河岸にいる。もはや逃げ道はない。ここが敵を殲滅する好機ぞ。――敵軍中央部へ、突撃開始!」
太鼓が打ち鳴らされる。
喊声を上げて、ガイウス軍が突撃してくる。
「――て、敵軍、来ます!」
ダリルが報告する。
「――ダリル、ロブ、剣を抜け。ここが正念場だ。」
と言いつつ、俺も剣を抜く。
……しかし、この状況に一番慌てているのは、俺でもダリルでもなく。自分が後軍だと思って油断していた、あの男であろうな――
………………
――ガイウス軍と、グングニル中央部の軍が、衝突した。
混戦になる。
「――ええい!」
と、レイモンドは左手に持った盾で敵を突き飛ばし、そこを斬る。
大将である俺自身も、剣を持って敵兵を斬っていく。
ダリルとロブも、初陣にしてはよく動いている。
俺なんて、初めて人を斬った時は吐きそうになった。……そういえば、最近は人を斬ることも、殺すことも、抵抗感がなくなってきた気がする。
慣れ、というものなのだろうか。
と、敵兵が斬り掛かってくるが、それを軽くいなして胴を一閃する。
……ここだけ見れば、グングニルとガイウス軍はそれなりに実力が拮抗しているように見えるだろう。
しかし、実際はそうではない。
例えば、横のドーンの部隊などは逃げ出そうとした兵が河へと足を踏み入れ、十数人ほどの溺死者が出ている。
どうにか持ちこたえているのは、俺の直属部隊である本陣のみで、それ以外はかなり劣勢である。
……が。
ここに至って、その劣勢であった軍勢が、驚異的な粘りを見せる。
敵軍はなおも猛攻を仕掛けるものの、何故かグングニルを打ち破れない。
なぜか。
もはや逃げられない、生きる路は前にしかないと悟った兵士たちが、奮って前進しようとするからである。
「そうだ、その意気だ!皆、持ちこたえろ!」
と鼓舞しつつ敵兵を斬る。
――ヴィル、サラ、頼んだぞ――
………………
「……ル……ヴィル」
「えっ?」
サラに呼ばれて、気がつく。
「ああ、ごめん、考え事をしてた」
「……」
サラは、やはり冷たい顔。けれどこれは、呆れている顔だ。
「……頃合い」
森の中から、戦場の方を見る。
なかなか混戦らしい。
「ありがとう、サラ。……じゃあ、行こうか」
――馬に乗って、敵の後方へ向かう。
ちなみに、馬は移動のためだけのものであり、戦闘では使用しない。
戦闘では下馬して徒歩で戦う。
これは別に馬に乗れないとかそういうことではなくて、騎上から弓を射たり、剣を振るうというのが困難だから、というのと、やはり馬を飼育できるのは限られた貴族などだけであって、そこまで数が揃えられないからという2つの理由がある。
「――ヴィル」
と、サラが話しかけてくる。
「どうしたサラ」
「……さっき、何を考えてたの」
……少し、考え込む。
サラは、どういう立場なのだろうか。
彼女のことがわからない。
「……戦のことだよ」
と言ってはみるが、サラにジッ、と見つめられては誤魔化せない。
「――ジークのことだ」
「……そう」
そこからは、俺たちは何も言わなかった。
敵の後方が見えてきた。
鞘から"ハボリム"を抜く。
馬上の者は下馬して走る。
「よし!全軍突撃だ!」
おお、と喊声が轟いた――




