第4節2項 背水之陣
出陣前日の昼――
レイモンドが、執務室を訪ねた。
「ジークさん、あなたを訪ねて来たという者が――」
「……?わかった、すぐ行くよ」
俺に訪問客など珍しい。一体誰だろう。
レイモンドの反応的に、そこまでとんでもない大人物、という訳でも無さそうだが――
………………
応接間のドアを開くと、いつか見た狂犬のように鋭い目つきの青年と、こちらは見たことのないが、もう一人青年が椅子に座っている。
俺は、その鋭い目つきの青年の名前を覚えている。忘れはしないだろう、銀を盗られたのだからな。
「……ダリルじゃないか」
「ジークさん、お久しぶりです。こっちは俺の親友のロブです」
と、ダリルは訊いてもいないのに隣の、色の少し浅黒くて、けれども瞳はグリーンの三白眼の青年を紹介した。
ロブ、と紹介されたその青年は軽く会釈する。
「えっと、ロブっす。」
「俺はジークだ。よろしく」
などと言いつつ、椅子に座った。
ヴィルとサラもどこからか話を聞きつけたらしく、部屋に入ってきた。
「……で、今日は何の用事だい?」
と、訊くと、ダリルは真っ直ぐに俺の瞳を見つめて言う。
「グングニルに、入りたいです」
「……」
なるほど、これは参ったな……
なんだか、いつぞやの自分たちを見ているような気分になって、ヴィルを見た。
ヴィルは、肩をすくめる。
「……ええと、そのだな、言いにくいのだが、これから戦なんだ」
「そうですか。いい機会です。その戦いで活躍してやりますよ」
「いやそうじゃなくて」
思わず突っ込んでしまう。
「その、今参加するのは、死にに行くようなものだ。本当に、いいのか?」
しかし、彼の、彼らの瞳は揺らがない。
「オレは、ジークさん、あなたに憧れたんです。あなたのようになれるならば、死すら厭わないつもりです」
ダリルに続いて、ロブも言う。
「俺は、騎士になりたかったんす。ジークさんに、グングニルのみんなに憧れている。そんな人たちと共に戦えるなら本望っす」
ヴィルを見る。
やれやれ、と言った顔だ。
俺たちは、こういう感じの人たちの意思を曲げるのが難しいだなんて知っているはずだ。
「……わかった、グングニルへの入隊を許可する。君たちには俺の直属部隊に加入してもらう。レイモンド、色々教えてやれ」
「わかりました」
レイモンドが、2人を伴って退席する。
ヴィルに話しかける。
「……なんだか、懐かしい者を見た気がするな」
「ああ。……今では、どこか変わってしまった感じがするけどな」
ヴィルは、部屋の端に視線を落とした。
………………
――ヴィルは、市中を歩いていた。
向かうは兵の詰所。
隣にはサラを伴っている。
……サラとは、かなり良好な関係を築けていると思う。
トイル遠征以前から、何回か酒を一緒に飲んだりしていたが、トイルを包囲していた約3週間、毎晩のように晩酌に付き合わされていたので、かなり親密度は上がった……気がする。
まあ、いつもの冷たい顔は崩れないのだが。
「……サラ」
「ん?」
歩きながら、サラがこちらを見上げる。
身長差がそこそこあるので、隣に並んだら彼女は俺を見上げなければならない。
麗しい顔が、こちらを向く。
首を傾げている。
「……ジークは、変わったと思うか?」
「……」
返さない。というより、考え込んでいるらしい。
「……変わった、っていうよりも」
「……」
「本性を、現したんじゃない?」
視線を落とす。
……認めたくはない。これまで自分と共に戦い、苦難を共にし、双方がお互いを親友だと認めている。
そんな男のことを、何も知らなかっただなんて言われているような気がする。
でももし、彼の本性が、権力に固執して、自分のためならば他人を簡単に殺して、それを大義だと偽るような、そんなものだったなら――
「サラ」
「ん?」
「もし、あいつの本性がそれだったなら、お前はどうするんだ?」
「……私は、私が大切だと思うものの為に戦うだけ」
「……そうか……」
「ヴィルは?」
サラの方を向いた。
この麗人は、平気でそんなことを訊いてしまう。
……それが、俺にとって途方も無い決断だと知っているくせに。
「………………もし、万が一、本当にジークの、あいつの本性がそれならば――」
それ以上は、口から出てこなかった。自分でも情けないと思っている。
……でも、それを覚悟するのは、もっと前でなければならなかったはずなのに――
サラに、情けなく笑ってみせる。
彼女は、冷たい顔をしていた。……けど、今なら分かる気がする。
あれは、安心しているような顔だ。
………………
――さて、敵はトイルから半日の地点まで接近していた――
敵に大打撃を与え、当分レーベン領に侵入できないようにしたい、と考えたグングニルの軍勢約250は、野外決戦に打って出ることとした。
夜間のうちに、ヴィル、ヴェルト、サラ、レイモンドなどを呼び寄せて会議を開いた――
………………
「……よし、みんな、よく集まってくれた」
「それで、要件は?」
ヴィルが訊く。
じゃあ、早速要件について喋るとするか。
「――先日の変事によって、遠征軍250は全て我がグングニルに編入された。だが、未だにグングニルを良く思っていない者も少なからずいるらしい」
「……」
伍長やヴィルも、そのことは薄々感じ取っていたらしく、閉口する。
伍長などは顔が広いから、反グングニルの感情は他の者よりも強く感じているかもしれない。
「……それで、どうするの?」
次にサラが訊く。
寡黙なサラがこうして発言するなんて珍しいことだ。
……さて、どうする、だなんて半ば決まってはいるのだが――
「……まあ、平時なら粛清するだろうな」
「……!!」
ヴィルが、顔色を変えた。
ヴィルの方に目を向ける。
「……ヴィル、どうかしたのか?」
「粛清、粛清と言ったのか、ジーク」
「……ああ。」
――それは、そうだろう。
せっかく手に入れた軍権を、木っ端の部将ごときに奪われてなるものか。
そうなれば、全て無駄骨なのだから――
「――だが安心しろヴィル。今は平時ではないさ。殺しはしない。」
「……ならば、どうする?」
「……次のガイウス軍との会戦で、それらを恭順させる」
「――できるのか?そんなことが」
フッ、と笑ってみせる。
「できるさ。――しかし、それにはかなりのリスクが伴う」
「一体何をするつもりだ、ジーク」
伍長が訊く。
「敢えてグングニルの軍を死地の中へと飛び込む。飛び込ませる」
「具体的には?場合によっては、俺は反対するが」
「まあ落ち着け伍長。大したことじゃない。――ロードス河を背に布陣する」
伍長と、ヴィルの顔は驚愕、である。
河を背に――退路を自分で断つなど最も避けるべき悪手。
「ジーク、お前、北部奪還作戦の後の半年間、俺に兵法を教わっていたはず。真面目に学んでいたお前のことだ、これが最悪だと分かるはずだ」
「わかっているよ伍長。しかし諸将を従わせるにはこうするしかない」
「……どういうことだ」
「なら、説明するとしよう――」
………………
――翌7月27日、第3(午前9)時。
グングニルは、トイルを出陣。
ロードス河を渡河し、その河岸に着陣した。
この行動に、諸将は困惑した。
それまで最良の行動を取り続け、無敗を誇るジークにしてはあまりに無茶だったからである。
………………
「――なんたる悪手!血迷うたか、あの若僧めが!」
などと、自分の陣営の帷幕の中で叫んでいるのは、ドーン・ヒューストン卿。
かつてトイル包囲戦の際、軍監としてジークの前に現れ、そしてジークと対立して更迭された人物である。
彼はジークにこっぴどく打ちのめされてからというもの、彼を敵視し、隙あらば叛乱を起こしてやろうと考えていた。
彼の下には多くの部将が従っており、その数はグングニルの3割にも及んでいた。
「くっ、いっその事ここで叛乱を起こしてやろうか」
と、ドーンが言っていたところ、部下が帷幕に飛び込んできた。
「敵軍、目視で確認!総勢300!」
………………
――ガイウス軍――
「斥候によると、敵軍250はロードス河を渡り、その河岸に布陣しているとのことです」
と、早馬から伝えられたその連絡に、アントニヌスは怪訝な顔をする。
「つまり、河を背に着陣していると――?」
「はっ、そのようです」
それを聞いて、セオドアの幕僚の1人、ガイウス騎士団第3軍団の長、サラエボ男爵が笑う。
「なんという悪手。閣下、奴は兵法を知らぬと見えまする。ここで一挙に叩き潰しましょう」
しかし、セオドアは笑わない。それどころか、
「……いや、待て。我らは以前もその慢心がもとで敗れたではないか。その失敗を2度も繰り返すつもりか」
と言い放った。
それで、諸将は何か裏があるのではないのか、と詮索するようになった。
………………
――さて、果たして敵は思った通りに動いてくれるか……?
と、街道の奥から現れたガイウス軍を見るのは、グングニルに新設された3番隊の隊長となっていたヴェルトである。
――グングニルとガイウス騎士団の一大会戦、第2次ロードス河畔の戦いが、今、始まろうとしていた――
ちょくちょく漢文のタイトルとかが出てきますが、それは作者が中国史好きだからです。
戦略も三国志や史記などを一部参考にしております。
ちなみにジークは転生者などではないので全くの無知からこれらの戦略を考え出している、という設定です。




