第4節1項 東西に敵
――トイルで起きた変事は、すぐに東方は王都レーベンに伝えられた。
王都では軍部の暴走を恐れ、遠征軍を帰還させるべく貴族院が勅令を作成していた。
――一方で、中南部ロンディニウムに駐留するガイウス軍のセオドアにも、その報は届いていた――
………………
「――聞いたか、アントニヌス」
「はっ――?」
セオドアが、何故か嬉しそうにアントニヌスに話しかける。
アントニヌスは何事かと困惑するが、セオドアは続けた。
「バーナードは、確かにゾーイが殺していたらしいぞ」
「はっ――?しかし、先の戦では――」
「それが、弱冠21の小僧の計だったらしい」
セオドアは、又聞きしたことをアントニヌスに語った。
――バーナードではなく、バーナードの鎧や服を着させて、それらしく見せた偽物であったこと。
――そしてその策略を考え出したジークという青年が、私兵を使ってクーデターを起こし、現在軍権を掌握したこと。
それを聞いて、アントニヌスは目を見開いた。
「なんと、そんな者が、まだレーベン政権にいたとは……」
「そうであろう。バーナードという宿敵をようやく殺したと思ったらすぐにこれだ。いや、なんと大儀な」
などとセオドアは言うが、その顔は笑みに満ちている。
「……嬉しそうですな、閣下」
「それはそうであろう」
セオドアは笑って言う。
「――どうやって惨めに殺してやるかを考えるのが、実に楽しいのだ。バーナードは"美しく"死ねなかったらしいからな」
「……」
「ふふ、毒で苦しませて殺すもよし、水に漬けて溺死さすもよし、凌遅刑にしてやるもよし、いやいや、もっと"美しく"殺してやりたい。21の青年を、芸術にしてやりたい。そうは思わんかアントニヌス」
「……はい」
貴公子然としたセオドアには、1つ欠陥がある、とアントニヌスは思っている。
それは、自分が憎んでいる者をできるだけ残酷に、辱めて、痛めつけて、ズタズタにして殺したいという欲求があることである。
それ以外は実に完璧な人間なのだ。
しかし、その一点が彼を貶めている。
彼は、どんな美女にも、どんな財にも、どんな名声にも興味はない。
殺人にのみ興味がある、人格破綻者なのである。
………………
――執務室で仕事をしていると、ドアが開かれた。
「ジーク、そろそろ仕事には慣れてきたか?」
「ああ、伍長。いや、なかなか軍団編成が難しくて」
――と、いうのも。軍権奪取のあと、グングニルは遠征軍の全てを併呑し、総勢250名ほどの組織になっていた。
そうなると、元々1番隊と2番隊、総数15人だけで構成していた時の体制をそのまま引き継ぐ訳にはいかない、ということで新軍団の編成と、1番隊と2番隊など旧来の軍団も編集する必要に迫られていた。
その編成の仕事を今している、というわけである。
ちなみに伍長には、新設する3番隊の隊長を務めてもらうことにした。
「――いやあ、レイモンドとかディアスとかの元々の構成員を隊長とかにしてあげたいけれど、それだと身内を贔屓していると言われそうで」
「ふうん。総長ってのは大儀だな」
「全くさ」
苦笑いする。
「……それで、何の用だい、伍長」
「ああ……」
伍長は、視線を落とす。
なんだか厭な予感がするが――
「……王都レーベンから、直ちに遠征軍を率いて王都へ帰還せよ、とのご指示だ。」
………………
……と、言うわけで、広間に諸将を集めた。
「――この命令に従って、我々は明後日には王都へ帰還するつもりだ。しかし西のファブニル、南のガイウスがいる。いくらかの兵をここに残しておかねばならん。」
「つまり、居留守を決めるということですか?」
「その通りだ、レイモンド。少なくとも150は残していくので、その監督をできる者が好ましいが――」
と、ヴィルが手を挙げた。
「俺は、レイモンドを推薦したい」
レイモンドは、目を見開いてヴィルを見た。
僕にはとても――などと言いたげだが、俺もレイモンドの他に適任はいないと思っていたところだった。
「ヴィルさん、待ってください、僕は……」
「いや、俺もレイモンド――お前以外に適任はいないと思っていた。レイモンド、頼む」
「ええ、そんな――」
とレイモンドは渋っていたが、俺とヴィルの頼みとあっては受けるしかない。
最終的には、ここに残ることを決意してくれた。
………………
「……さて、それじゃあこれで会議は終わりに――」
と、言い終わらないうちに、広間のドアが開かれた。
「急報!急報にございます!」
「どうした」
「ロンディニウムのセオドアが、再び北上中との報せです!」
広間はどよめきに包まれた。
まさかこのタイミングで再び侵入してくるとは――
あの計略は、バーナード公が凶刃に斃れていないと思わせた策略は、結局のところまやかしである。
いずれはタネが割れてしまうのは分かりきっていたことだったので、レイドスなどを打倒した後、備えは十分にするつもりだったのだが――
立ち直りが想定よりも素早かった。
まだ何の対策もできていない。
そして、その上王都からは召還命令――
「……どちらを取っても、死あるのみ、か……」
天井を眺める。
きっと、王都では俺はバーナード公とレイドスの死に関わった重要人物で、"少なくとも"レイドスを直接殺した人間、として扱われているだろう。
その上で、召還命令に背くとは、もはや謀反に近しい。
――しかし、セオドアを放置するのはそれ以上に無謀であろう。
前回勝利できたのが奇跡だというぐらいに彼は手強い。
レイモンド1人ではきっと守り切れないだろう。
「……これではまるで、挟撃されているようだ――」
ぼそっと呟いた。
セオドアの軍勢に対してどう対応するのか、と騒然としていた広間が静まり返る。
「……セオドアを撃退しよう」
と言ったのは、副長ヴィル。
彼は言葉を重ねる。
「もしトイルを制圧されてしまったら、バーナード公の死を無駄にしたようなもの。ここは、トイルを死守してどうにか対ファブニル、対ガイウス戦争への橋頭堡を築くことに専念すべきかと」
……まあ、それが妥当である。
ここでレイモンドを置いて王都に帰還すれば、トイルは間違いなく失陥するだろう。
レイモンドへの不信任ではない。セオドアへの評価である。
そして、トイルを取られた場合、おそらく我々はもはや対外遠征には打って出られないであろう。
貴族院に所属しているサイモン家は、武器を敵であるファブニルやガイウスに密輸して財を成しているので、戦争を終わらせないように工作をすることが安易に想定されるからだ。
だから、バーナード公も、このトイルへの遠征で一気にファブニル本国まで攻め入ろうとした。
しかし、もはや時勢は過ぎ、バーナード公も斃れた。
トイル攻略はバーナード公の生前最後の事業なのである。それを無為にするなどはできない。
ヴィルの言うことは妥当である。
諸将もそれに反対する姿勢はない。
「よし、では王都への帰還は後回しとし、最優先はセオドア率いるガイウス騎士団の撃退とする」
――新しく生まれ変わったグングニルと、ジグラト屈指の強さを誇るガイウス騎士団の黒騎士隊。
両者は、再びロードス河畔で激突しようとしていた――
皆様のご愛顧により第4節に突入しました。
今後も、「極夜物語」をよろしくお願いします。




