第3節16項 簒奪(中)
――これがヴェルト大公爵の日記に記された、「トイルの変」の一部始終です。
私は当時を知るもう一人の人物、ロンディニウム公にも取材をしましたが、ピッタリと日記の記述と噛み合いました。
しかし、当然これをそっくりそのままアテーネ記に書き入れる訳にはいきません。
この文にはヴェルト大公爵の主観が多く含まれるからです。
……ということで、ここからはジークフリートを主人公とした「アテーネ記」本文の記述に移って行きましょう。
………………
――軍事法廷が終わって、俺は憤慨しながら詰所に帰っていた。
なぜ憤慨しているのかというと、レイドス卿が、俺に伍長を斬れなどと命令してきたからである。
伍長は俺やヴィル、サラたちの兄貴分的な人物で、オルギンで生き残れたのも、ノーザンブルグの虐殺を生き残れたのも、グングニルを立ち上げられたのも、何もかも彼のおかげなのだ。
今はニブルの町にいるリドニアも伍長には大変世話になったと思っているはず。
俺には彼を殺すなどできやしない。
けれど、俺が殺せなくても誰かが殺すだろうし――
考え込んでいると、目の前から見慣れた2人組が歩いてきた。
俺の親友ことヴィルと、そのヴィルと最近仲の良いサラである。
しかし、今はどうやらプライベートではないらしい。
「……ジーク」
ヴィルはこちらの姿を認めると、すぐに駆け寄ってきた。
おおかた、俺を待っていたのだろう。
「話は終わったのか」
「……ああ」
「そうか。詳しい話は詰所で聞くとして――伍長は一緒じゃないのか?」
「……」
黙り込む。
答えられない。答えられるものか。
「……?とりあえず、詰所に戻ろう」
………………
そうして、俺たちは詰所に戻った。
広場にグングニルの構成員を集め、事情を説明することにした。
――初代グングニル総長、ヴェルト・イェリントンが俺たちの罪を全て被って死罪になったこと。
処刑は明日で、その下手人には俺が選ばれたこと。
……そして、彼を見殺しにしたのを後悔していることも言った。
一通り説明し終えて、一番最初に口を開いたのは、ヴィルだった。
「……助けよう」
しかし、すぐにディアスが訊いた。
「どうやって?多分臨時大本営はレイドスの手下どもが固めてんぞ。救出なんてできやしねえ」
「……しかし、伍長を見殺しにはできん」
「しかし――」
皆押し黙る。
伍長を救出するということは、もはやレイドス卿との対立は確実なものとなることを悟っているからだ。
「………………」
と、そんな中で、レイモンドが口を開いた。
「……ジークさん、あなたは、本当にヴェルトさんの首を刎ねればそれでお咎めなしだと思っているのですか?」
「……はぁ?一体どういうことだ、レイモンド」
ディアスが訊く。
俺と、横に座っているヴィルは、その言葉の意味を理解していた。
「レイドス卿は嫉妬深い方。ヴェルトさんだけならずジークさんも目の敵にしているはずです。なら、ヴェルトさんを斬ればあなたもいずれは用済みになる――」
「やめろ」
ヴィルが遮る。
しかし、なおもレイモンドはやめない。
「ジークさん、このまま座して死を待つつもりですか。レイドス卿のもとにいても、グングニルに生き残る路はないはずです」
それは、そんなことは、分かりきっている。
ヴィルがこちらを見る。
グングニルの皆の目が、こちらに集まっている。
「……」
まだ、何か手があるはずだ。
レイドス卿を刺激することなく、ヴェルトを助け出す方法が。
きっと、路はどこかにあるはず――
「――ふふ、お悩みのようですなあ、ジーク殿」
今度は、グングニルの皆の目が、扉の方に向いた。
そこには、バーナードのものだった黄金色の鎧をそのまま着ている、白髪の妖しい雰囲気の男、シュナイダー卿がいた。
「……シュナイダー卿」
「ええ、シュナイダーです。」
「――何の用か、シュナイダー卿」
ヴィルは立ち上がって訊く。
その手はいつでも剣を抜けるように用意している。
シュナイダーは手を上げて、大袈裟にそれを振った。
「いえいえ、私は助言をしに来たのですよ、ヴィルヘルム殿。」
「助言……?」
「ええ、助言です。そこな若き英雄に。」
シュナイダーの妖しい瞳と、俺の瞳が対峙する。
「……助言、とは何でしょう、シュナイダー卿」
シュナイダーは笑った。
「――その様子だと、レイドス卿は貴公に謝罪しなかったようですなあ」
「謝罪……?」
「ええ、私は確かにレイドス殿に助言をしたというのに、残念ですな、ジーク殿」
「待ってください、一体何の話でしょうか」
「……レイドス卿に話したことと、全く同じことを語りましょう」
そう言って、シュナイダーは、レイモンドが持ってきた椅子に座った。
「――先のセオドア公との戦――名付けるならば、ロードス河畔の戦い――において、貴公らは命令違反をした」
「……ええ」
「しかし、レイドス卿は貴公らを召喚するように指示しなかった。できなかったのです。それはなぜでしょう」
「なぜ、と言われても――」
「答えは、"兵士の心も、市民の心も、グングニルに傾いているから"です」
グングニルの皆の間でどよめきが起こる。
凱旋の時点で市民から人気を得ていたのは分かっていたが、兵士たちからも信望を得ていたとは知らなかった。
……が、驚きと同時に、この男の次の挙動が予想できてしまった。
彼は、次にこう言うのだろう。
「――さて、ここからは提案なのですが……ジーク殿。今レイドス卿は信望を喪い、それに代わる形で貴公に信望と期待が集まっておりまする。今こそ彼を討ち、貴公が軍権を握る絶好の機会でしょう。」
――と。
全く、彼もレイモンドと同じことを言う。
「……シュナイダー卿、申し訳ないが私は――」
「――騎士だ、と言うのでしょう?」
何なんだこの男は。
雲のようにつかみどころがない上、こちらの心の内まで見通すことができるらしい。
「……ええ、そうです。俺は誉れ高い騎士だ。主殺しなど――」
「貴公が」
シュナイダーはこちらの言葉に被せてくる。
「――貴公が真の騎士だと、レイドス卿は思っていないようですが?」
「何……?」
「レイドス卿は貴公のことを平民上がりなどと馬鹿にしています。ヴェルト殿を貴公に斬らせるのも、卑しい者のやることを貴公になすりつけようとしているからですぞ」
「……」
――シュナイダーの言葉は、完全に否定しきれない。
レイドス卿が、俺を平民上がりと馬鹿にしているのは薄々感じてはいた。
こみ上げる怒りを抑えて、理性を働かせる。
暴言ではあるが、彼は一応俺の主で――
「――彼は主ではござらん」
シュナイダーが、言い捨てた。
「貴公の主人は王都の国王でしょう?ならば、レイドス卿こそ越権行為を働いた逆臣にして、大悪人なのです。」
「……なるほど、その理屈なら、ジークさんは叛逆者ではなくて、むしろ"王国に仇なす者を斬った忠臣"ということになる、と――」
レイモンドがそう言うと、場の空気は一気に変わった。
「おお、それなら確かに筋は通るな!ジークの兄貴、行けるぜ!」
「ジークさん、決めてください」
「ええ、ええ。ジーク殿、決断を」
副長――ヴィル――の方を見る。
ヴィルは俺に言った。
「……ジーク、伍長を助けに行こう」
ヴィルと、数秒間目を目を合わせた。
彼も迷っているように見える。
しかし、おそらく伍長の命と主殺しを天秤にかけたとき、主殺しの方がまだ軽かったのだらう。
だが、もはや部屋中を渦巻くこの「逆臣レイドス討つべし」の空気は変えられないらしい。
皆が、俺の決断を迫ってくる。
そんな中で、シュナイダーは畳み掛ける。
「英雄にも、手を汚さなくてはならない時はあるもの。むしろ、手を汚さない英雄などいませぬぞ」
――"手を汚さずして英雄にはなれない"――
それは、正論である。その手が血に塗れていない英雄などいるものか。
そうか、ならば、俺は――俺も――
……深呼吸をして、声を発する。
「――わかった、逆賊レイドスを討ち、忠臣ヴェルトを救出しよう」
その瞳は、ヴェルトがいつか見たその瞳と同じだったという――




