第3節15項 簒奪(上)
ヴェルトやシュナイダーなどの手勢含めたグングニル総勢約120余は、意気揚々としてトイル城に凱旋した。
城壁の上からは兵士たちが喝采を送ってくれた。そして、喝采を浴びつつ城門をくぐると、大路には多くの市民が殺到していた。
どうやら市民たちも、城壁の上から戦闘の一部始終を目撃していたようで、グングニルは大歓迎を受けた。
なるほど、バーナード公はこんなに素晴らしい景色を見ていたわけか。
少し前までは自分は多分この市民たちのひとりだった。けれど、もう違うんだ。
グングニルは大きな集団になって。おのずとそのトップの俺も相応の振る舞いを要求される。
ならば――
「ほれほれ、英雄さまよ、群衆に手を振ってやれ」
と、横の伍長が言うので、「仕方ないなあ」などと言いつつ、馬上から手を振る。
「おっ、じゃあ俺も」
と、左横で馬を並べるヴィルも、群衆に手を振る。
「ほら、サラも手、振りなよ」
とヴィルが言うが、サラは表情には出さないものの、なかなか当惑しているらしい。
「いや……私はいい……」
「そんな事言わずに。サラも英雄だよ」
と、ヴィルはサラの左手を取って振ってあげる。
珍しく、サラの耳が赤い。
「……ふふっ」
それを微笑ましく見つめる。グングニルは別に恋愛禁止のお堅い軍団じゃあない。
……と、言うより軍隊の中に女兵士がいて、さらにその人が軍団内恋愛などをするとはつゆにも思っていなかったから規則を作っていなかっただけなのだけど。
――一行は、トイル城下町中央にある臨時大本営へと馬を進める。
命令に背いたのだから、レイドス卿に今回の無礼を詫びに行かなければならない。
かなりの追及は受けるだろうが、まあそれも覚悟の上だ。
………………
臨時大本営の前には、レイドス卿の部下が2人控えていた。
その姿を見て、俺とヴェルトなどは皆馬から降りた。
「――ジークフリート殿とヴェルト殿のみ来られよ。」
「……はっ。ヴィル、兵たちを駐屯所に帰っておいてくれ」
「わかった。……頼んだぞ、ジーク」
頷いて、建物の中へと入っていく。
さて、ここが正念場だ。ともすれば、セオドアと一戦交えるよりも厳しいかもしれない。
………………
広間に入ると、レイドスの部下の諸将が円卓に座っていて、その最奥にレイドス卿が座している。
「座れ」
「……失礼します」
なんだか高圧的な空気だ。
……なんだか、とか言ってしらばっくれるつもりも無いのだが。
どれくらい詰められるだろうか。
「……さて」
と、レイドス卿が口を開く。
「ジークフリート、ヴェルト、此度の罪は重いぞ」
「……」
これは、なかなか手厳しい。
開口一番にガイウス軍を追い払ったことへの謝意もないのだ。
我々は確かに叛逆者である。
しかし、数でも練度でも勢いでも勝るガイウス軍を寡兵で撃退したことは間違いなく英雄的行為だろうとは自負している。
何も自分が英雄、と言いたいのではない。
ヴェルト、ヴィル、サラ、レイモンド、ディアス、そしてその他シュナイダー卿や一兵卒たちに至るまで、自らの命を捨てる覚悟で戦った。
だというのに、それをなかったことにするとは――
レイドス卿は言葉を重ねる。
「我々は先日、トイルに籠城すると会議で決めたはずだ。諸将の賛成は多数で、反対するのはジーク、貴様だけだった。――だというのに、貴様は自分のやりたい事をやるためにバーナード閣下、ひいては国王陛下から賜った兵を私物として使い、さらにはヴェルトと共謀してバーナード公の旗本衆まで持ち出した。確かに敵は撃退できた。しかしこれは立派な叛逆罪だ。軍規に則ればこれは死罪である。」
死罪、という言葉を聞いて、横の伍長の顔色が青ざめた。
「レイドス侯、私が死罪になるのは構いません。しかし、ジークフリートだけはご容赦を……」
「伍長……」
伍長――ヴェルト――は、必死に弁明する。
……正直に言うと、そんなことをして欲しくはなかった。
「今回の件、私が首謀者なのです。ジークフリートを焚きつけてグングニルを動かしたのは私です。罰するならば私だけを罰してください……!」
そんなことを言わないでくれ。
レーベン軍に必要なのは、俺じゃない。誰でもない伍長だろう。
人望があり、貴族たちとの交流が深い。ジグラト各地の世俗に精通していて、何より統率力がある。
俺よりもはるかに優れた人物だというのに――
レイドスは、伍長の言葉を聞いて、こちらを見て訊く。
「……本当なのか、ジークフリート」
「――えっ」
――こんなとき、どうすればいいんだ。伍長は俺たちを庇って一人で抱え込もうとしている。けど、俺は――
伍長の方を見る。
伍長は、小さく頷いた。その目は「頼む」と訴えているように見えた。
「………………」
数秒の沈黙。
しかし、俺にとっては永遠のような時間。
彼の生殺与奪の権は、俺にあるのだ。俺の返事一つで、彼は死ぬ。
しかし、ここで自分と共謀です、などと言ってしまったら、どちらも死ぬ――
しばらく――とはいってもそれは数秒だったのだろうが――逡巡して、そして、頭をゆっくりと頷かせた。
レイドス卿はそれを見て、ふむ、と呟く。
「……そうか、では処刑するのはヴェルトのみ、ジークフリートは謹慎とする」
「……はい」
伍長は項垂れる。
衛兵が2人やって来て、伍長を連れて行った。
「では、明日の正午、奴の処刑とする。」
呆然としていた。
俺をここまで導いてくれた、大切な人を、俺が見殺しにしたのだ。
――死にたくないと思ってしまったから、彼を身代わりにしてしまったのだ。
「――そうだ、ジークフリート」
「……はっ?」
レイドス卿に呼ばれて、ようやく頭を上げる。
「――貴様が、奴を斬れ」
………………
――さて。
はじめまして。いや、はじめましてではないかも知れませんが。
私は「アテーネ記」の編纂者、ベル・ブラウンです。
私はジグラト朝の次に起こるアテーネ王朝の3代目の王である女王陛下の側近を務めています。
1年前、私は女王様に命じられてアテーネ記を編纂しはじめ、今この局面の編纂に立ち会っています。
しかし、この場面でかなり苦戦しているのです。
というのも。
このアテーネ記におけるジークフリートは「英雄として」書いてほしいという陛下の指示があるのです。
が、この局面はいかんともしがたい。
一体どのような局面なのか。
私の口からはとても語れないので、ここはイェリントン大公――ヴェルトさん――の著した日記から抜粋して語るとしましょう。
………………
――ヴェルトの回顧より――
……王国暦204年7月20日。
俺が処刑される"はず"だった日の事を書こう。
正直これを書くのは心苦しい。
ジークフリートという人間の奥底を、俺という存在がこじ開けてしまったような気がしてならないからだ。
しかし、書くしかない。
まっすぐな、翠色の眼をした青年の命日と、「人々の英雄」の誕生した日の事を。
――朝、レイドス卿が牢獄にやってきた。
目の前の男は、下卑た笑みを浮かべながら歩いてきた。
「哀れだなヴェルト。しかしバーナード公の寵愛を受けたからといって付け上がったのが運の尽きよな」
「……」
「貴様はこれから処刑台に登り、群衆の眼前で、自分の部下だった男に斬られて死ぬのだよ」
「なんだと……?」
「なんと言ったかな、あの平民上がり。――まあいい。どうせ貴様を斬ったら、奴も用済みよ。」
「貴様……!」
レイドスに掴みかかろうとするが、手に付けられた枷が邪魔をする。
「おうおう、暴れるな暴れるな。――衛兵」
「はっ」
「時間だ。連れて行け。」
衛兵たちが俺に歩み寄ってきて、連行していった。
一歩、また一歩歩く。
そうして、陽の光が見えて。
眩しいなと思って。
――目が慣れた時、目の前には処刑台があった。
群衆たちは、おとなしい。
自惚れではないのだが、俺はなかなかに人徳があったらしい。
普通なら石を投げられたり罵倒を浴びせられたりするのだが、それがない。
まあそれはそうだ。
昨日は大将のジークの隣で群衆に手を振っていたのだから、記憶に新しいのだろう。
――しかし、そんな事を気にもかけず、俺は断頭台に登る。
そして、座らされて、手足を固定された。
「ふぅ――」
深呼吸して、瞳を閉じる。
もう一人、断頭台に登ってきたらしい。
多分彼だ。俺の首を今から斬り落とす人――
いつもなら彼に微笑むだろうけど、今は見たくもない。
それを、見てしまったら、きっと俺は――
と、その時。
「――レイドス・ファール!私怨によって功臣を謀殺しようとした罪により、天誅を下す。覚悟!」
口上とともに剣を抜き放つ音が聞こえ、ズバッ、と人を斬った音が聞こえた。
そして、俺の横に、誰かが倒れ込む。
「……え……?」
目蓋を開けた。
すると、そこにはレイドスの上半身が倒れ込んでいる。
瞳孔にはすでに光がない。と、言うより下半身と上半身が泣き別れになっている時点で絶命しているのは目に見えているが――
そして、俺の手足を固定していた枷が外された。
振り返る。
そこには、返り血を浴びているジークがいた。
「伍長、無事でよかった……!」
抱きしめられる。
しかし、状況がイマイチ掴めない。
いや、掴みたくない。
「ジーク、これは――」
と言っていると、広場にグングニルの軍勢がなだれ込んできて、レイドスの側近たちをすぐに斬殺してしまった。
「――ああ、遅くなった。伍長、助けに来たよ」
その様子を傍目に、ジークは俺に返り血の付いたままの手を差し伸べた。
その目は笑っている。
――どうやら、俺はこの青年に主殺しの罪を背負わせてしまったらしかった――
【お詫び】不手際により第3節13項を飛ばして14節を投稿していました。大変申し訳ありませんでした。
13項も投稿しましたので、そちらもご覧ください。




