第3節14項 死諸葛走生仲達
「総長、河底の罠の設置、ならびに陣営の建築、完了しました」
と、藍鉄のサーコートを着た金髪碧眼の美青年――レイモンド――が報告する。
それに頷いて、次にヴィルに訊いた。
「ヴィル、敵はどこまで接近している?」
月白のサーコートを着て、腰に大業物"ハボリム"を佩いた黒髪にブラウンの三白眼の、顔立ちの整っている、俺の親友でもある青年――ヴィル――は、それに答える。
「あと小一時間で会敵との報告だ」
「わかった。ヴィル、サラ。各部隊に臨戦態勢の令を」
「了解」
ヴィルとサラは帷幕を退出した。
ふう、と1つ息を吐く。
ガイウスのセオドア公爵が率いる、ガイウス騎士団の最強部隊、通称「黒騎士隊」。
それと今から戦闘を行う。
圧倒的に格上。僅か50、ヴェルトの援軍含めても100には届かないほど。
対して、敵は300。
言ってはいけないと分かっているが、こんなものはわざわざ死にに行くようなものだ。
「――いや、準備はしてきた。勝つしかないんだ」
自分の頬を、パンパン、と軽く叩く。
レイモンドが顔を覗き込んできた。
「総長?」
「……何、眠気覚ましさ」
などと笑ってみせる。
と、早馬が駆け込んできた。
「――敵勢、視認しました!」
立ち上がる。
チェインメイルの、がちゃんと言う音が鳴る。
「レイモンド、行こう」
「はい」
………………
――進軍中のガイウス軍――
軍の列の中央部で、漆黒の鎧の上に真紅のマントを羽織っている将軍こそ、ガイウス騎士団団長であり、数ヶ月前に政変を起こして独裁官に就任していたセオドア・ブラックモア公爵である。
その顔は若々しく整っていて、貴公子という言葉がよく似合う。
その彼の右横にて徒歩で従うのは、メイド服を着た無表情の麗人。
左横にて馬を並べる、白髪混じりの初老の男はセオドアの副官アントニヌス卿。
と、その彼らの元に、早馬が駆けてきた。
早馬が声を発するより早く、セオドアが訊いた。
「何事だ?」
「は、はっ。先発隊より、敵勢およそ50が、ロードス河対岸に着陣しているとの報告です」
「何だと……?」
と、言ったのはアントニヌス。
セオドアは、早馬に問うた。
「50だけか?」
「はっ、報告ではそのように――」
「……わかった、行け」
「はっ、失礼します!」
早馬は馬を返して、再び前線へと駆けていった。
「……閣下、これは一体どのような風の吹き回しでしょう?」
「わからぬ。しかし、所詮は寡兵よ。前哨戦にはちょうどいい、押しつぶすぞ」
「御意」
………………
第2(午前8)時頃。
敵が、対岸に着陣し終えた。
敵勢は数の力で一気呵成に押しつぶすつもりのようで、グングニルの陣営の眼前にわざわざ着陣してきた。
――それを、罠とも知らずに。
――息を吸う。
視界の一面には、河の流れと人の群れ。
なるほど、バーナード公の視点とは斯様なものだったのか、などと驚嘆してみせる。
布陣は、次の通り。
正面は俺の部隊が着陣する、いわゆる本陣で、左右翼と比較して突出した位置にあるが、その分土塁と堀、逆茂木などの設備を備えている。
右翼にはサラの2番隊。
左翼にはヴィルの1番隊。
それぞれの陣営には本陣と同じように土塁や堀、逆茂木などが設置されている。
備えは、十分にした。
あとは、計略が上手く嵌るかどうか――
――第3(午前9)時。
太鼓の音と共に敵の軍は地響きを伴って渡河してきた。
「十分に引きつけるまで、射撃は待て!喇叭の音で斉射だ!」
敵は、先陣を切る誉れを得ようとして、我先にと河を渡ってくる。
そして、河の中頃、最も深い地点に来た、その時。
――最前列が、転倒した。
よし。
河底に縄を張るだけのシンプルな罠だったが、見事に引っかかってくれた。
「今だ!」
と、指示をすると、喇叭が鳴る。
その音で、弓兵が一斉射を開始する。
敵は倒れ込んだ人に足を引っ掛けて転び、ドミノ倒しになり、また防御しようと盾を構えたが、後ろから押されて倒れ込んで水没したりした。
「2番射手、構え!」
一斉射を終えた弓兵の後ろから、また矢をつがえた弓兵が現れ、射撃し、またその後ろから弓兵が現れて射撃する。
言うなれば、「弓版三段射撃」である。
絶え間ない射撃。敵は盾を構えて防ぐ。
「頃合いだな。――レイモンド、あれを」
「了解しました!」
レイモンドは喇叭を連続して2回、吹いた。
これが次の策の合図である。
すると、川上に待機していた部隊が喇叭の音を聞きつけて上流から筏を流した。
筏は流れに乗ってすぐに渡河中のガイウス軍に直撃した。
筏というのは、やはり木製なので質量がある。
これの直撃を受ければ、さすがの騎士といえども態勢が崩れ、最悪流されてしまう。
この2つの策で、ガイウス軍はかなりの損害を受けたようで、すぐに太鼓の音が響いて、敵軍は一旦後退していった。
「総長、やりましたね、ヴェルトさんが出てくるまでもなかったですよ!」
と、レイモンドが嬉々として言ってくる。
しかし、敵はどうやら撤退するつもりは無いらしい。
陣形を整え直して、待機している。
「……レイモンド、全軍に"厳重警戒解くな"と通達してくれ」
「……はい、了解です」
と、レイモンドが馬に乗って駆けていく。
しかし、優秀な副官である。
指令にはしっかりと従い、真面目で礼節をわきまえている。
欠点が姉が好きすぎるということぐらいしかない。
いや、その欠点があまりにも大きいのだが。
「……さて、次で決めるか。――頼むぞ」
と、遠目にトイル城の方を見る。
………………
――ガイウス軍本陣――
「……ううむ、これはどうしたことでしょう、閣下」
と、アントニヌスが難しい顔をする。
セオドアは澄ました顔をしているが、内心では次の一手を決めかねていた。
「よもや、このように苦戦しようとは。敵将は誰なのだ……?!」
「落ち着け、アントニヌス。バーナードは死んだ。その事実は揺るがん。ならば、敵将が誰であろうと経験と統率力の点で、我らが勝っている。」
「……そうですな、バーナードは殺したのですから――」
「……アントニヌス、再攻撃の用意を――」
と、言い終わるより前に、地響きが聞こえてきた。
「……?」
セオドアたちはその地響きがどこからのものか測りかねていたが、すぐに斥候が帷幕の中に駆け込んできた。
「ば、バーナードです!!バーナードがいます!!」
帷幕の中の諸将は、皆立ち上がった。
その表情には、軒並み驚愕の二文字が刻まれている。
「――バーナードだと――?」
「は、はっ!金色の本陣旗に、黄金色の鎧……間違いなく、バーナードにございます!」
「馬鹿な、奴はゾーイが確実に――」
セオドアは後ろに控えていたメイド服の下女を振り返る。
下女は、コクリと頷いた。
諸将は帷幕から飛び出して、対岸を見た。
確かに敵陣には金色の本陣旗が掲揚されていて、バーナードの旗本衆がいる。
そして、その中心には馬に乗り、黄金色の鎧に紅のマントを着た人物――バーナード・ワーグナーその人がいる。
外観は無論、背格好はバーナードと瓜二つ。
ガイウスの将軍たちは、バーナードを殺し損ねたと思い込んで、すっかり萎縮してしまった。
「ば、バーナードだ……」
「セオドア卿、ここは一時撤退を――」
と、諸将が言っていると、敵陣から喇叭の音が聞こえてきた。
そしてその音でレーベン勢は一挙にロードス河を渡り始める。
これにはさすがのセオドアも震えあがり、撤退の太鼓を鳴らした。
「くっ、なんたることだ。奴は不死身か……?!」
「これまで獲物を仕留め損なったことのないゾーイが失敗するとは、バーナードめ、なかなかにやりおる……!」
などと言いつつ、ガイウス軍は大慌てで撤退していった。
………………
ガイウス軍は撤退していった。
バーナード公の鎧を纏っていた人物のもとへと駆け寄っていって、挨拶する。
「どうも、ありがとうございました。――シュナイダー卿」
その人物は、馬から降りて俺と握手する。
「ええ、ええ。こちらこそ、バーナード閣下役をできるとは、人生にもはや無いこと故、ありがたかったですぞ。髪を切った甲斐も、あったというもの」
シュナイダー卿は、すっきりした後ろ髪を撫でる。
「はい、シュナイダー卿の協力のお陰で、計略が露見せずにすみました。感謝します」
「いえいえ、感謝されるようなことはしておりませぬ。私はただ"生きるために"戦ったのみです」
「生きるため――」
「ええ、ええ。生きるためですとも。」
シュナイダー卿はトイル城の方を見た。
「――まあ、貴公にはもっと崇高な考えがあられたのかも知れませぬが」
「いや、とんでもない。――ともかく、ありがとうございました、シュナイダー卿」
「はい、どういたしまして」
――こうして、"第1次"ロードス河畔の戦いは、グングニルの勝利で幕を閉じたのであった――
【お詫び】うっかりして第13項を投稿し忘れていました。
読者の皆様を混乱させてしまい、大変申し訳ありませんでした。




