第3節13項 叛逆者たち
その夜。
グングニルの幹部とヴェルトたちが、詰所の会議室で話し込んでいた。
「――ジーク、正気か?!」
ヴェルトは声を荒げた。
「正気かジーク。グングニルの手勢50だけで打って出るとは」
「……ああ。俺は、もはやこの城の住民を見殺しにはできん」
「死ぬぞ」
「兵糧攻めになればどうせ死ぬ」
ヴェルトはジークの目を見た。
この男の目は、やはり最初出会った時と変わらない。
半年前、ノーザンブルグでの虐殺の直後はなかなか死んだ目をしていたが、すっかりその光は取り戻したらしい。
「……それで、なぜそれをわざわざ俺に言った?」
「策を思いついた。それで、それをやるにはバーナード公の旗本衆を動かすしかない」
「……は?」
「バーナード公の旗本衆と、鎮西大将軍の在陣を示す金色の本陣旗、欲を言うとバーナード公の黄金色の鎧も欲しい」
ヴェルトはようやくジークのやろうとしていることに気がついて、はっ、と息を呑んだ。
「ジーク、お前まさか」
「ああ。"バーナード公は暗殺に遭ったが、運良く一命を取り留めた"――そういう筋書きを描く。敵はおそらく、バーナード公が死んだからトイルを落とすのは楽勝だと踏んでいるだろう。そこを、崩す」
「馬鹿な、できるはずが――」
「やるんだよ」
ジークは、ヴェルトの目を見据える。
彼の翠色のその目は、覚悟を秘めている。
ヴェルトは、それに気圧された。そして、口を開いた。
「……わかった」
「本当か、伍長、感謝する。」
「――だが、条件がある」
「その、条件とは?」
と、ジークの右横にいたレイモンドの質問に、ヴェルトは自らの胸板を手のひらで叩いた。
「俺も、ついて行く」
ジークは立ち上がった。
「馬鹿な、そんなことをすれば、ヴェルトも――」
「……あのさ、俺元々レイドス卿に嫌われてたの。優秀すぎて」
「……は?」
ヴェルトは笑って言う。
「だから、レイドス卿について行くより、お前について行った方が、まだ出世できるかなーなんて思ったりしてさ」
「……」
ジークも、ヴィルも、サラも、レイモンドも、ディアスも、黙り込む。
この男は、もしかしたら――
いや、ジークよりも、誰よりも籠城戦に反対したかったのは、実は彼なのだろう。
彼はトイルの生まれで、今まで一度も口にはしていないが、確かに故郷愛はあるはずなのだ。
同郷の者がいたら、やけにテンションが上がっていたのも、そのせいかもしれない。
「……伍長」
と、口を開いたのはヴィル。
「やっぱり、饒舌に見えて口下手だな。」
「……ハッ」
ヴェルトは、やれやれと笑う。
「じゃあ、ちゃんと言おうか。――このヴェルト・イェリントン、トイルを守るというジークの義侠心に応えたい。よって、今から私の指揮下にあるバーナード公の旗本衆含め、グングニルの幕下に加わろう。」
などとカッコつけて言うものの、彼の耳の赤いのを見て、皆どっと笑い始めた。
………………
「――では、会敵はトイル城の東に流れるロードス河畔ですか」
「その通りだレイモンド。敵がこの河を渡河する間に一斉攻撃を仕掛け、殲滅する。」
ジークの言葉に、諸将は頷く。
数で劣るグングニルが敵を撃破するには、ノーガードである時間――つまり、河を渡るのに必死な時しかない。
「けどよおジークの兄貴」
「ん?どうしたディアス」
「俺はこの河で何回も遊んだことあるから分かるんだけどよお、この河、浅いぜ」
「あー……」
なるほど。それはいささか想定外だった。
河などと言うからてっきりそれなりに、潜れるぐらいには深いのかと思っていた。
ジークは敵が船で渡ってくると思い、鉄の鎖でも河に張って妨害してやろうか、などと思っていたが、その作戦は辞めたほうが良さそうである。
「どれくらい浅い?」
「うーん、一番深いところでも胸まで浸かるぐらいかなあ」
「……胸までか。なら、別の罠を仕掛けるか」
と、ジークは呟く。
グングニルは敵の到着前に河に罠、河畔に陣を築いて迎撃態勢を整えようとしている。
敵の到達は早くとも2日後。
グングニルを総動員すればどうにか陣を完成させられる、という感じである。
………………
朝。
グングニルは馬に資材を引かせて東門から出て、ロードス河畔に向かった。
トイル城からロードス河は見えるので、当然グングニルが作業している様子も見える。
彼らの様子はすぐさまレイドスに報告された。
「……なんだと、あの平民上がりめ、ついに気でも狂ったか?!」
レイドスは東門城壁の側防塔の一番上に登った。
すると、先客がいる。
「むっ、貴殿は……」
「これはこれは、レイドス卿ではありませぬか。」
黄色いサーコートを着て、その白髪を結っている、顔の胡散臭い男と言ったら――
「……シュナイダー卿、貴公か」
「ええ、ええ。名前を覚えていただき、拙者は嬉しいですぞ」
「……貴公も、あれを?」
レイドスはロードス河の方を指差す。
「ええ。朝方から青年たちが門を開けてくれ、と頼み込んで来ましてなぁ。何事かと思っていたら、敵を迎撃する準備と。これは愉快でしょう?」
「愉快?」
「ええ、ええ。愉快です。これは明確に主への叛逆。だというのに、誰も、彼らを止めはしないのですからなあ」
「……!!」
確かに。なぜこの城壁上にいる兵たちは静観している?
理由は1つ。
奴らに賭けたいからだろう。
しかし奴らに加われば明確に叛逆罪。だから静観している。せめてもの応援として。
「あはぁ、兵たちの心は彼らに傾いている。これでは彼らを処罰できませぬなあ。」
「くっ……!」
地団駄を踏むレイドスの方を、シュナイダーは向いた。
「レイドス侯爵。あなたは1つ、誤算をしたようですな」
「誤算だと……?」
「ええ、ええ。誤算。それは"戦争はチェスではない"ということです。」
「……」
「あなたは、戦争がボードゲームと同じで、兵たちは盤上の駒だと思っていた。」
「しかし、現実は違うのです。駒たちには感情があり、意思がある。キングに絶対服従ではなく、間違っていたら反対するし、従えぬと思ったら叛乱するのです。あなたはそれを見落としてしまった。」
「……」
「一方で、ジーク殿は、ええ。良く兵のひとりひとりと親交を深め、信頼を得ている。兵を駒ではなく仲間と思っている。だから、兵たちは彼に従うのです」
レイドスは、それを聞いて、ぽつりと呟く。
「……私は、バーナード公と同じようにしているだけだ」
「いえ、バーナード公も、兵を駒とは思っていなかったはず。もし駒だと思っているなら、トイルを陥落させてすぐにファブニル本国に攻め入っていたでしょう。」
「しかし、そうはしなかった。兵たちが3週間の攻城戦で疲弊していると知ったからです。」
「……」
「まあ、ええ。貴公がこれからすべきは、あの若きグングニルのリーダーに謝罪することでしょう。それができなければ、あなたは――」
と、言いかけて、シュナイダーは言葉を切った。
「んん、失礼。ここから先は貴公が自分でしなければならぬこと。私が口を出すことは、もはやありますまい」
「……」
レイドスはシュナイダーを一瞥して、無言で立ち去った。
シュナイダーはそれを見て、「んん」と唸った。
しかし、その瞳はロードス河を見つめたままである。
【お詫び】うっかりして第13項を投稿するのを忘れておりました。
大変申し訳ありませんでした。




