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極夜物語  作者: 昆布
第3節 わからず屋
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第3節12項 トイルにて


 ――鎮西大将軍バーナード・ワーグナーは、刺客の凶刃に斃れた。


 すでに第三夜警(午前12)時ほどだというのに、レイドスはすぐさま諸将を招集し、軍議を開いた。そしてバーナード公の座をわざと開けて座り、状況を説明した。


「……と、言うわけだ。我らがついていながら、なんたる不覚――」


 レイドスはポロポロと涙をこぼしている。

 彼はバーナード公の第一の臣であるから、ヴェルトたちよりも負い目も、後悔も、責任感も大きいのだろう。

 

「……レイドス侯、悔いてもしかたありません。言い方は良くないですが、それよりも大事なのは、これからどうするかです。」


 と、ヴェルトの同僚のジーンが言う。

 ジーンは、ヴェルトに比べると平凡ではあるが、しかしこういう時に機転の利く男だった。


「これから閣下のご遺志を継いでファブニルに攻め入るか、それとも一度本国へ帰り、改めて出直すのか。どちらにいたしますか」


 諸将の目が、レイドスに集まった。

 レイドスはそれぞれの目をざっと見ていく。

 汗が、彼の額を伝った。


「わかった、それでは予定通り閣下のご遺志を継いでファブニルに――」


 と、レイドスが言い終わるより前に、広間の扉が勢いよく開かれた。

 皆が入り口を見ると、早馬がそこにいた。


「何事か?!」


 ヴェルトが訊く。

 早馬は息を荒くしつつ、出来うる限りの声を絞り出して叫んだ。


「――ロンディニウムに放った斥候からの報せです。先ほど、セオドア・ブラックモアの軍勢およそ300が、トイルへ出陣したとのことです!」

「なんだと?!」


 レイドスが立ち上がった。


 セオドアはトイルが陥落してすぐに引き返し、現在中南部の都市ロンディニウムに駐留していたはず。

 それが、なぜよりにもよってこのタイミングで――?


「……今、先ほどと――先ほどと言ったか?」


 と、ジークが訊いた。


「はっ、先ほどと――」

「……」


 早馬の言葉を聞いて、ジークは黙り込んだ。

  

「ジークフリート、どうかしたのか?」


 レイドスの言葉に、ジークは彼の方を向いた。


「……レイドス侯、おそらくあの刺客はセオドアの手の者かと」

「何?そう思った根拠は?」

「――まず、タイミングがバーナード閣下が暗殺されたのとちょうどピッタリと噛み合っていること。そして、先ほど出陣したということです」

「先ほど?」

「はい。彼らがトイル陥落後すぐに攻めてこず、ロンディニウムに入ったということは、バーナード閣下を恐れていた証拠。もしも刺客を放っていないのならば情報を統制しているため閣下の生死はわかりません。セオドアはそのような博打打ちではないはず。」

「それに加え、この深夜に出陣などは常識では考えられぬこと。おそらくあの刺客が戻ったので急いで出陣したのでしょう。」


 なるほど、長々と説明しているがつまりは「もし刺客を放っていないのであれば、バーナードを恐れていたのに安易に出陣してきた理由が不明」、「深夜に出陣などという常識では考えられない行動をしている」からセオドアが犯人だとジークは言っている。


 実際セオドアがあの刺客を放ったし、だいたいの成り行きはジークの想定通りである。

 しかし、主題はそこにはない。


「――どうしましょうか、レイドス侯。籠城しますか?」


 議論は、どうやってセオドアを撃退するかのものに変貌していた。

 多くの将はトイル籠城を主張している。

 確かに、ジークの奇策が無ければレーベン勢はトイルを陥落させられなかっただろう、と投降したシュナイダー卿は語る。

 

 それほどまでに堅牢な城、トイルに籠もる。それは堅実である。

 しかし、それには少しの不安があった。

 兵糧のことだ。おそらくこのトイルの備えでは半年ほどしか籠城できない。

 半年間包囲されれば食糧庫は底をつき、数万の住民ともどもレーベン軍250は餓死する。


 ――ならば。


「レイドス卿、籠城してはいずれ兵糧が尽きるのみ。ここは野外に打って出ることを進言いたします」

「……なんだと?」


 レイドスは信じられない、と言ったふうにジークを見る。

 確かに、わざわざ数に勝るガイウスの精鋭部隊に打って出るは無謀。自殺行為である。


「今、兵たちにバーナード公の死は伝わっておりません。ならばトイルを陥落させたその勢いのままに攻撃すれば必ず勝てます。」


 しかしレイドスはそんなものは論外だ、といったふうに一蹴する。


「気持ちだけで戦に勝てるものか。敵は我らよりも多く、練度も高いのだ。堅牢なるトイルに籠もるのが最善手である。」

「しかし、それでは市民たちにもまた負担がかかりますし――」

「くどい!民がなんだと言うのだ!我らが国を統一し、平穏な世にするためだ!そのための民の犠牲などなんだ!大義のための礎なのだ!」

「……」

「籠城に異論があるものはいるか?」


 レイドスの言葉に声を上げるものはいない。


 こうして、レーベン軍はトイルに籠城することになった――


 ………………


 夜が明けた。

 報告によると敵軍はあと3日でトイルに到達するとのことである。

 それまでにトイル城を修復し、できる限りの籠城戦の用意をしておかなければならない。


 しかし、ジークの心は晴れない。

 民たちのことである。

 遠征軍がトイル城を攻めていた3週間の間、住民たちは支給された僅かな食料で食いつないでいた。

 ジークたちがトイルに入城したとき、トイルの大路は悲惨な状況だった。

 路の端には郊外から避難してきた農民たちが、ガイウス軍に家を焼かれて流れ込んできた難民が座り込んでいる。

 ピクリとも動かないので、もはや生きているのか死んでいるのかすらもわからない。


「……」


 ジークは、ヴィルとサラと大路を歩きつつ、いたたまれない気持ちになってしまい、何も言えなかった。


「っと」


 と、その時、1人の青年がジークにぶつかった。


「……すみません」

「あ、ああ……」


 青年は立ち去ろうとしたが、サラがその首根っこを掴んだ。


「?!サラ、何して――」

「……スリ」

「は?」

「……このガキ、あんたの腰袋盗ってる」


 ジークは、腰に付けていた、銀の入った腰袋を確認する。が、ない。

 いや、紐で繋いでいたし、そうそう簡単に取れるものでは無いのだが――

 そもそも腰にそんなものを付けている方が不用心なのだが――


 離せ、離せとわめく青年の手の中を、ヴィルが確認する。


「……確かに、盗られてるな、ジーク」

「……」


 ヴィルは、袋をジークに差し出す。

 が、ジークはそれを制して青年に話しかけた。


「……生活が、苦しいのか?」


 サラは青年の首根っこを掴んだまま、ジークと向き合わせた。

 青年の目は鋭く、狂犬のようである。

 

「だったらなんだよ」

「この銀はくれてやる。家族や仲間たちのために使え」

「……は?」

「これからまた戦になる。この城を出るもよし、食い物を買い込むもよし。どうにでも使え」


 と、ジークはヴィルに目配せする。


「……いいのか?」

「ああ。このくらいはな。」

「そうか……」


 ヴィルは袋をその青年に渡す。

 サラも首根っこを掴んでいた手を離した。


 青年は当惑しつつも、その袋を受け取った。


「い、いいのか?」

「ああ。大切にしろ。俺の大切な禄だ」

「あ、ありがとな!」


 青年は走り去っていった。

 ジークはその後ろ姿を見つめる。

 そして、おもむろに口を開く。


「……いやあ、伍長の真似をして銀を常備してたんだが、それが裏目に出たみたいだなあ。アハハ、してやられた」

「ジーク――」


 ヴィルは、黙ってしまった。

 ジークが、あの青年の末路を知ってしまったから、こんな事を言っているのだと。

 

 トイルに籠城すれば、当然食糧はなくなる。

 そうすれば、民をなんとも思わないレイドスは、きっと食糧を住民から徴発するだろう。

 レイドスがそうしなかったとしても、食糧を貯め込んだ彼が近隣住民からどんな目で見られるのかなんて分かりきっている。


 ――じゃあ、銀を渡さない方がよかった?

 それも違う。

 他人から盗もうという思考が出てくる時点で、彼は極限状態なのだ。


「……」


 どうあっても、あの鋭い目の青年は、あのスリが上手い青年は、このトイル防衛戦で死ぬほかないのだ。


「……はあ」


 思い起こされるのは、レイドス卿の言葉。

 

「――大義のための礎――」

「ジーク?」


 夕陽が差す。

 目を細める。


 ジークの脳裏には、"大義"だなんて言葉は無くて。ただ、あの青年のことが、大路に溢れる、雨露を凌ぐ場所もない人々のことが、頭の中にあった。


 ――大義はあるのか?民を救うために目の前の民を見捨てると?それが大義なのか?


 ――そして、ジークは、ぽつりと呟く。


「……分からず屋め」

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