第3節8項 トイル城の戦い:包囲戦(下)
――トイル城北門、側防塔上――
「さて、と。ようやく日が暮れましたな、ウォルト将軍」
と、長い白髪を結わせた長身の男が、薄ら笑いを浮かべつつ、城外のレーベン勢を見るウォルトのところへ歩いてきた。
「……ご苦労、シュナイダー卿」
「いえいえ、ご苦労なのは貴殿の方でしょう?よりにもよってバーナードが攻める北門の担当とは」
「うむ……しかし、攻城兵器もあらかた狙撃した。明日からは攻勢も弱まるだろう」
「ほう……」
と、シュナイダーはウォルトの傍のバリスタに視線を移す。
バリスタの矢なぞで投石機を狙撃とは、まさに絶技である。
「そういう卿の担当――南門は、どうだったのだ?」
と、ウォルトが返すと、シュナイダーは肩をすくめる。
「いやはや、こちらは全くにて」
「全く……とは?」
「今朝から日没まで、一度も攻撃を仕掛けてこなかったのです」
「なんだと?どういうことだ」
「いやいや、全く不明ですとも」
「ふむ……何はともあれ、警戒を怠らぬように」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。では、私はこれにて」
と言って、シュナイダーはウォルトに背を向ける。
鮮やかな黄色のサーコートが、ウォルトの視界に映った――
………………
一方で、こちらは南門攻撃部隊の本陣。
ここで、ジークとドーンはヴェルトに詰問されていた。
「――まずはジーク、お前はなぜ今日一度も兵を動かさなかった?」
と迫るヴェルトに対して、ジークは俯きつつ答える。
「……ドーン卿の指示が無茶なものだったからです」
すると、ドムはジークを睨みつける。
「ほーん、指示。どのような指示だ?」
「南門攻撃隊が先陣を切って三重城壁を突破し、単独でトイル城を完全制圧しろという指示です」
「……はぁ?」
ヴェルトも困惑した顔を浮かべる。
そんな無茶苦茶な指示をするとは流石に想定外だったのだろう。
「本当ですか、ドーン卿」
「……」
と、ドーンはヴェルトと目を合わせようとしない。
ヴェルトはドーンの眼前まで来て、静かに言った。
「答えてください、ドーン卿。これは場合によっては職権の濫用どころか越権、軍監の地位の剥奪もあり得る状況です。」
するとドーンは急に顔を青ざめさせてヴェルトにすがりついた。
「おう」
と、ヴェルトが当惑していると、ドーンは
「ヴェルト殿、それだけは、それだけは勘弁してくれないか」と懇願してくる。
「……ドーン卿、私はあなたの立場を守るためにここに来たのではなく、あなたの過失を明らかにするために来たのです。この件は、公正に閣下にお伝えし、閣下の判断に委ねる。それが私の仕事です」
「いや、わかってはいる。わかっているぞヴェルト殿。しかし、私も悪気があったのではなく、ただ閣下のために勇敢に戦う意思をジーク殿と確認しただけで……」
その場の全員――と、言っても帷幕の中にはヴェルトとジークだけがいるのだが――が呆れ返っている。
たった半日前にジークたちに威張り散らしていたのが嘘のようなしおらしさだ。
「……まあいいです。このことは閣下に報告いたします。追って沙汰が出るでしょうが、それまで軍を動かしたりせぬように」
「……はい」
と、ヴェルトは帷幕を出ていった。
………………
――ヴェルトが帰ってきたのは、翌日の第四(午前11)時ほどだった。
「ドーン卿、バーナード閣下のお言葉をお伝えします」
と、ヴェルトはパピルスを懐から出してきて読み上げる。
「――今日6月28日をもって、ドーン・ ヒューストンは直ちに北門攻撃隊に帰属すること。並びに、南門攻撃隊の指揮権はジークフリート・カーターに、そして軍監にはヴェルト・イェリントンを指名することとする」
その言葉に、ドーンの顔には絶望が浮かび、ジークは密かにガッツポーズをした。
「……と、言うことで、ドーン卿は本日中にも本陣に帰還するように」
「……承知、しました……」
ドーンはトボトボと帷幕を出ていった。
ジークはその後でヴェルトに満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、伍長」
「いや、いい。それよりも、ここからが本番だぞジーク」
「……わかってるとも」
――こうしてドーンという障害を排して南門攻撃軍の指揮権を手にしたジークは、ヴェルトという有能な男を――一時的にだが――幕下に加え、ようやく南門の攻撃の準備を整えることに成功した――のだが。
ジークは、動かなかった。
………………
――6月が終わり、7月に入った。
バーナードから何度も詰問の使者は来ていたが、「策がある」などとはぐらかしつつ、どこかの門が突破されるのを待っていた。
が、予想に反して全くもって突破されない。
そうこうしているうちにも時間は過ぎて。
3週間が過ぎようとしていた。
そもそもの話攻城戦とはじっくりと行うものなのだが、それでも何もしないのはもはや攻城戦とは言えないだろう。
一方で、ここに来ても何も動きがない敵を見て、ガイウス軍は少しの油断が見え始めた。
まず、守備兵の何割かが他の方面へと割かれ、指揮官を務めていたシュナイダー将軍も猛攻撃が続く北門へと移った。
………………
「……」
ジークは、帷幕の外に椅子を持ってきて腰掛け、日向ぼっこでもするようにトイルの城壁を眺めていた。
「日向ぼっこか、ジーク」
と、そこにヴィルも椅子を持ってきて、ジークの横に座る。
「……まあ、そんなところだな」
などとジークは返しつつも、視線はトイルの城壁から離さない。
「……ジーク」
「ん?」
「策が、あるんだろう?」
ゆっくりと、目だけがヴィルの方を向く。
「……それはバーナード公の使者への方便で……」
「もうそろそろ良いだろ。教えてくれても」
「……」
そうして、ジークの目は再び城壁を向き、そして立ち上がった。
「ヴィル、皆を招集してくれ」
「了解した」
………………
帷幕の中には、総長ジーク、副長兼1番隊隊長ヴィル、2番隊隊長サラ、レイモンドらグングニルの面々に加え、ヴェルトや他の部隊長らも集まっていた。
「諸将ら、召集に応じていただき感謝する。要件を手短に言おう。――今晩、夜襲を仕掛け、南門を突破する」
帷幕の中にはどよめきが走る。
「皆の困惑はもっともだ。しかし、敵が油断しており、なおかつ新月である今晩しか、機会はない」
すると、ヴェルトが立ち上がった。
「ジーク殿、質問があるのですが」
「何でしょうか、軍監殿」
「これは夜闇に紛れて敵の寝首をかく、いわば闇討ちに当たるのではないのかな」
ジークは頷く。
「もちろんそれはその通りです。騎士の誇りには欠く。しかし、他の場所では正々堂々と攻撃を展開してどうなっているのです?1週間経っても未だ最初の城壁すらも突破できていないではないですか」
「……」
「諸将らにも、聞いていただきたい。今我らの後ろにはセオドアの主力部隊が、前には堅牢なる城塞がある。城塞を突破できなければ挟撃されて死ぬのみだ。しかし城塞を突破すればいかなる手段であっても、それは名誉。それは栄光なのだ。」
「卑怯な戦法であることは承知している。しかし、ここで成立戦争以来誰も陥落させられなかったこの城を落とすことができれば、それは騎士として最大の栄誉ではないか。」
「どうか、協力してほしい。」
頭を下げる。
「……顔を上げてくれ」
と、言ったのはヴェルト。
「みんな、俺も今晩が好機だと思っている。こいつは弱冠21の小童だが、その"眼"は確かだ。俺からも頼む。」
すると、諸将からも同調の声が上がった。
ヴェルトはジークにウインクをする。
ジークはそれに微笑を返した。
「よし、それじゃあ日没から1時間後に攻撃開始。より効果的にするために照明は不使用とする。皆の奮闘を祈る」
「「はっ!」 」
【お詫び】ドーンというキャラを誤ってドムと表記していました。急にガンダムが出てきてしまい、申し訳ありません。




