第3節7項 トイル城の戦い:包囲戦(上)
――トイル城は、三重の城壁に守られている。
そして、おおよそ東西南北にそれぞれ城門が一つづつ設置されている。
まずは、北門。ここはオルギンから延びる南海道が通る場所で、レーベン勢はこの北門前に本陣を置いた。
次に、西門。ここはロードス盆地、そしてファブニルに出るための城門であり、最も防御が堅牢である。
続いては、東門。ここは南東のトイル湾より海上から物資が城内に搬入されるルートであるため、ここを封鎖することは、トイル攻めにおいて重要である。
そして、最後に南門。ここはガイウス本国から陸上ルートで補給が届くので重要であるが、ガイウス本国に最も近いので、その分危険もある。
そして、レーベン勢はこれらの城門を突破あるいは城壁によじ登り城内に侵入、ガイウスの勢力の完全排除を目指す。
それが、本戦闘の目標であった。
………………
――王国暦204年6月27日明朝――
夜明けとともに、レーベン勢400はそれぞれ100名ずつの部隊に分散し、四方の門を封鎖するために移動を開始した。
グングニルは、当初の予定通り南門の封鎖のためにトイル城の外周を周り、そうして2時間ほどかけて南門の前に着陣した。
と、着陣して間もないグングニルの軍勢のもとに、3騎ほどの騎士が近づいてきた。
「止まれい!何者か名乗れ!」
と、陣の見張りをしていた兵がその騎士たちを呼び止めた。
すると、騎士の1人が明らかに不機嫌そうな声色で叫ぶ。
「私はバーナード閣下の部下、ドーン・ ヒューストン子爵だ!グングニル総長に会いに来た!」
と、それを幕舎の中で聞いたジークは、すぐに幕舎を飛び出して、ドーンのところに走った。
「ヒューストン卿、ようこそ。私の部下が失礼を働いたようで申し訳ございません」
ドーンは肥っている顔をムスッとさせながら、馬上から話す。
「うむ。御託はよい。さっさと案内しろ」
「……はっ」
その態度に苦笑を浮かべつつ、ジークは振り返ってドムを幕舎に案内する。
が、横にいたヴィルは、彼が振り返った瞬間に途端に不愉快そうな顔になったのを見逃さなかった――
………………
幕舎に入ってから小一時間。
ジークが、ドーンとその側近たちとの会談を終え、幕舎から出てきた。
「ジーク、どうだった?」
ジークはヴィルの顔を見て、そして首を静かに横に振った。
それで、ヴィルはあのドーンという肥った男がどうやらグングニルに友好的ではないらしいということを悟った。
………………
話はおおかたこのような調子だったらしい。
――ドーンは第一から三まである城壁を、南門攻撃隊が最初に突破し、次いで僅か100足らずしかいない南門攻撃隊のみで城内に突入し、完全制圧するという方針を伝えてきた。
ジークははっきりと言わなかったものの、はっきりと言ってしまうと、そんなものは愚策である。
なぜか。無謀だからである。
そもそもの話、100しかいない南門攻撃隊だけで三重の城壁が突破できるはずもないし、仮にそれができたとしても、単独で城内に突入などしようものなら分断されて各個撃破されかねない。
なぜそんなにも無謀なことを言うのか。
ドーンはどうやら手柄を挙げて昇進したいように見える。
と、いうのも。
ドーンは現在子爵であるが、子爵は貴族の中でも最下層で、領地すら持ち得ないような爵位である。
この戦で活躍して貴族としての階級を上げて、領地が欲しいのかもしれない。
もちろん、それはそれで真っ当な望みとも言えるのだが――
問題は他にある。
どうやらドーンは"監軍という立場でありながら"グングニルたち南門攻撃部隊を自らの駒としようとしているらしい。
………………
グングニル幹部――ジーク、ヴィル、サラ、レイモンドとディアス――は、ドーンとその部下たちのいないところで会議を行った。
「なるほど……それは深刻ですね、総長」
「ああ。ドーン卿とその手下どもは、我々の多くが平民上がりだからとかなり高圧的な態度だ」
「ちっ、イライラするぜ。今から俺が全員とっちめに行ってやろうか」
「ちょっと待てよ」
と、立ち上がったディアスを、ヴィルが制する。
「ここで刃傷沙汰でも起こそうものならせっかく作ったグングニルは解散させられるぞ」
「けどよ、このまま行ったらあのデブッチョに無茶苦茶な命令をされちまうかもしれねぇぞ」
「それは分かってるが……」
――全く難儀だ、とジークはため息をつく。
仕方ない。かくなる上は、どうにかして彼を満足させる必要があるらしい。
「……軍を貸し出すか……」
その呟きに、全員の目がジークを向いた。
………………
「――と、言うわけで、経験不足の我らグングニルには100人の軍の全てを御することは出来ぬと思い、卿に50の兵の軍権を譲渡致そうかと」
「何、それはまことか、ジークフリート!」
と、ジークの予想どおり、この肥った男は50の兵で大喜びし、顔をほころばせている。
「わざわざ冗談を言いに来たわけが無いではありませんか」
「それはそうだな。いや、まさしく英断だぞ」
「ありがたきお言葉でございます。では、私はこれで失礼します」
ジークは柔らかに笑って振り返る。
しかし、帷幕を出た後の顔は、打って変わって険しいものだった――
………………
と、南門攻撃部隊がそんなやり取りをしているよりも前、バーナード公率いる北門攻撃隊は既に猛攻撃を仕掛けていた。
まずバーナードが用意していたのは、投石機と、攻城塔であった。
投石機で城壁の上の敵兵を狙撃し、或いは城壁の破壊を図り、そして攻城塔で城壁の上に乗り込んで制圧する。
ジグラトにおいて、最もスタンダードな対城攻撃である。
バーナードは投石機を稼働させて城壁に石を飛ばす。
高速で飛来する石の威力は恐るべきもので、順調に城壁を破砕していた。
が、しかし、敵はバリスタ(弩)を持ち出してきて投石機を狙撃。
投石機は次々とバリスタの放つ矢によって破壊されてしまった。
「……閣下、投石機は全基破壊されてしまいました」
と、ヴェルトの報告に、バーナードは苦々しく頷く。
「なるほど、これは一筋縄ではいかないようだな……他の門ではどうなっている?」
「は、西門、東門の攻撃は先ほど始まったと報告が」
「南門――グングニルは?お前の推挙したジークとやらはどうなっている?」
と、その言葉に、ヴェルトは苦い顔をした。
「どうした?」
「いえ、その、南門は未だ攻撃が始まっていないらしく――」
「何だと?」
「その、ドーン卿が兵権を要求していると――」
ああ、とバーナードは天を軽く仰ぐ。
ドムを差し向けたのは失敗しただろうか、いや失敗はしていまい、などと考える。
新興勢力であるグングニルを抑えるためにドムを遣ったのだから、彼は一応の働きはこなしているのだ。
こなしてはいるのだが――
「閣下、南門はどういたしますか」
「……仕方ない。ヴェルト、行って来い」
「はっ」
………………
「全く、あのデブめが、面倒をかけさせやがって……」
などと愚痴をこぼしつつ、ヴェルトは馬を駆る。
そして、ヴェルトが南門に到達したほどで、日が暮れた。
トイル城包囲戦は、長丁場になるな、とヴェルトは感じていた――




