第3節3項 南下直前
――レーベンとガイウスの停戦条約の期限まで、あと3日に迫った。
季節は初夏の6月下旬。
ジークはオルギン郊外の演習場でグングニルの訓練を行なっていた。
今はヴィルの1番隊とサラの2番隊とで模擬戦をしている最中で、ジークはそれを見守っている。
「でぇりゃあ!」
と、両者がぶつかると同時に斧槍(木製)を勢いよく振るのは、本人たっての希望で1番隊に所属することになった戦闘狂のディアス。
しかし、それに立ち向かうのは「姫」こと隊長のサラ。
2番隊の弓の名手ケリーもサラに加勢して、鏃の外しておいた矢を射掛ける。
ディアスはそれをヒュッヒュッと躱しつつ、槍の柄でサラの木剣による剣撃を受ける。
ディアスは剣を受けたところを軸として柄をそのままぐるりと回し、サラの足を狙うが後ろへ跳ばれる。
そこを槍部で突いて、そして斧部で横薙ぎに追撃を食らわす。
が、全ていなされてしまう。
――と、反撃のサラの突きがディアスの足を直撃する。
あっ、と言う間もなく、ディアスの肩に鏃のない矢が当たる。
するとそれを見てヴィルの班は戦闘をやめる。
「やったわ!戦馬鹿のディアス討ち取ったり、ってやつね!」
と、ケリーが嬉々として叫ぶ。
ディアスは斧槍の石突を地面に突き立てて悔しがり、ヴィルたちとともにジークのところに帰ってきた。
「みんな、お疲れ様。」
「おう。ジーク、そこから見ててどうだった?」
と、ヴィルに聞かれたジークは、うーん、と言う。
「どっちもまだ個人個人で戦っている感じはあるんだけど、遠距離からの支援があるサラの2番隊の方が有利って感じかな。もっとみんな部隊で戦おう」
「まあ、そうだよな。みんなに徹底させるよ」
と、ヴィルは自分の部隊のところに戻っていく。
するとそれと入れ違いでサラがやって来た。
「……総評を」
「うん。サラの部隊はケリーの支援が特に強い。けどやっぱりサラとケリーが飛び抜けて強くて他の3人は置いていかれてる感じがあるね」
「……了解」
と、サラも陣営に帰っていく。
連携が不十分だという問題はあるものの、なんだかんだ15人程度の小さな組織だから結束はある。
部隊のトップがそれぞれヴィルとサラという文句無しの勇将だから、その下に弱卒がそこまでいないというのもあるのかもしれない。
いずれにしても、グングニルは少数精鋭と呼ぶにふさわしい集団に仕上がっている。
ヴェルトが言うには、次なる戦場は中部地方らしい。
中部といえば、レーベン遷都の際に王国から分裂したガイウスが占領する地域。
と言うことはついに旧領の全奪還を目指した征伐が始まるのか――
………………
――部屋に戻ってくると、ロングの金髪で碧眼の、やはりいつ見ても顔立ちの整っている美人がいた。
メリアさんである。
……断っておくが、美人ってのは多分みんな思っていることで、俺の勝手な思い込みなどではない。
「あ、メリアさん待たせちゃってごめん」
「ふふ、それほど待ってないよ」
と、彼女は微笑む。
メリアさんは半年前のあの――ノーザンブルグ虐殺と呼ばれる――事件に巻き込まれ、なんとか生き延びたものの、家はおろかほとんど全てを失っていた。
バーナード公はそれを可哀想に感じたらしく、オルギンの集合住宅を一部屋貸してあげて、その家賃なども出しているそうだ。
もっとも、伍長曰く「閣下としても、ウッドヘルムの末裔である彼女をもっと厚遇してあげたいが、グッゲンハイムの監視下ではこれぐらいしかできない」とのことらしい。
貴族とは、ほとほと面倒な奴原だ。
どれほどいがみ合っていた者同士でも、困った時はお互い様、などという道徳的なことが出来ないらしい。
利己、保身、そして競争――
まあ、それは置いておいて。
メリアさんも今の生活で十分だと言っていたし――
「じゃあジークくん、早速勉強しようか」
「わかった」
「今日は中部の地理と歴史だよ」
と、2人で机を挟んで対面する。
彼女の整った顔が眼前に来る。
――さて、先ほどから俺が少々小難しい単語を並べたり、地理のことを口にしたりできるようになったのは、彼女との半年に亘る勉強の末の成果である。
「それで水都は制圧されて、ジュライ王はユリシーズ島に逃れたんだよ」
「ふうん……」
……こんな言い方はどうなのかわからないけれど。メリアさんは、強い女の人だと思う。
あんなにショッキングな事件があったというのに、俺のほうが長いこと例の事件を引きずっていたのではないか、と言うほどだった。
「――それで、ここが中部最大の城塞、トイル城。ヴェルトさんの出身地ね」
「へぇー、やっぱりメリアさんは物知りだなあ」
「ふふ、そんなに褒めてもお酒しか出てこないよ〜」
「酒……は、ちょっと遠慮しておきます……」
――なにはともあれ、こうしてノーザンブルグでの時と同じように勉強を教えてくれるのはなんともありがたい。
なんとも健気な女性だ。
もっとも、メリアさんが俺のところへ通っているのを伍長とヴィルは笑い話にしているらしいが。
勉強を教えてもらって何が悪い。
そんなことを言ったら毎日サラと稽古して酒を飲んでるヴィル、お前はどうなるんだという話だ。
………………
――大本営、詰所――
ここに、バーナードとレイドス卿、ヴェルトなど高級幹部や、ジークをはじめとした伍長など小隊長が集まっていた。
軍議である。
議題はすなわち、「ガイウス征伐」、そしてそれに伴う「トイル城攻略」である。
中部トイル城に座するガイウスの水都騎士団をいかにして撃破するのか。
そして、難攻不落のトイル城はどうやったら陥落させられるのか。
誰もわからない。
なぜなら、トイル城が現在の形に改修されて以来、トイル城は誰も陥落させていないからである。
――トイル城――
ジークがメリアに教えてもらった情報と、そして後年にファブニルのベル・ブラウンが著した「アテーネ記」の記述から、この城の驚異的な守備力について解説しよう。
中部トイル城は、成立戦争前、ロードス盆地を統治していたロードス国によって建造された。
当時は小さな城砦であったトイルだったが、この城を現在の形にしたのはニブルス氏の始祖レイブンウッドである。
彼はまず、それまでのトイル城を原型の残らないほどに破壊した。
そして、その上から三重の城壁を築き、一重から突破していくごとに城壁は高くなるという仕掛けを施した。
――これが「レイブンウッドの三重防壁」である。
そして、トイル城はその上でロードス盆地から流れ出る2つの川――ロードス川とトイル川――によって周囲を囲まれており、それが天然の外堀となっていた。
……一体、この化け物のような城塞をどうやって陥落させればいいのか。
このトイル城に挑んだ数多の先人も、おそらくそれは思っただろう。
そして、その上で我々後世の人々にそれを託した。
――全くもって不愉快だ。
かつてジグラト王国成立を輔けたこの城が、今やジグラト王国の再統一を激しく妨害するとは。
………………
結局、この日の会議では何も決さなかった。
皆、どうしても、いくら手を尽くしてもトイルを撃破できないと信じてすらいるのだ。
ジークにはそんな信仰めいたものは無いが、現実的にもこれを攻略できる奇計を持ち合わせていないのが事実だ。
ガイウスとの停戦条約の期限切れはあと2日に迫ろうとしている。
どうやって難攻不落のトイル城を陥落させるのかが、レーベン軍の議題となっていた。
勝利の目算なくして遠征は不能。「なんとか勝てそうだ」という目算すらも出せないのに遠征などと言っていられないのだから――




