第2節17項 国破山河在
――とにかく全力で奔った。
奔って、奔って、なんとか一日で遠征軍に合流できた。
時刻は既に未明。
幕舎についてすぐ、バーナード公に謁見した。
「ご苦労だった、ヴェルト。して、状況は?」
「ファブニル軍はどうやら過去2回に渡る戦闘での経験から不利を悟り撤退を決め込んでいる模様です。」
「撤退か。それだけで済むならよいのだが――」
「はい。彼らが撤退する時何をするのか分かりません。最悪の場合、住民もろとも街を焼き払い、都市機能を喪失させようとする可能性も捨てきれません」
「そうだな。急ぎ進軍しよう。強行軍だ」
「はっ」
ヴェルトの進言により、考えうる最悪の事態を防ぐべく、レーベン遠征軍は強行軍を敢行する。
ノーザンブルグ虐殺の日の未明のことであった。
………………
――姉さん、無事だろうか……?
と、考えていたのは、メリアの弟、レイモンド・ウッドヘルムである。
ノーザンブルグを離れてから早1年。
姉にも1年会っていない。
悪い男に引っ掛けられてないと良いのだけど……
などと思いながら走る。
アリエスの森林地帯を避け、迂回して突破すると北部平野である。
ここからはニブルス高原を降り、平坦な大地が広がるばかりである。
このペースなら、夜までにはノーザンブルグに到着するだろう。
もっとも、兵たちも疲弊しているので到着して即座に戦闘などと言うわけには行かないのだが――
………………
走って走って、夕方になった。
そこで、異変に気がついた。
ノーザンブルグの方角が、やけに紅い。
――いや、ノーザンブルグは遠征軍から見て太陽の沈む西側なのだが、決してそれは夕焼けのそれなどではない。
ならば、あれは――?
結論は、既に出ている。
「そりゃあ選択肢としてありだろうが……」
選ぶなよ――
と、ヴェルトは心のなかで思う。
六万人を殺戮など史上誰もしたことがない。
6万人、そして北都に留まっているであろう3人。
彼らが今どうなってるのかは、言うまでもないことだった。
「ジーク、ヴィル、サラ、生きていてくれよ――」
………………
――日が暮れて、夜になった。
しかし、もはや市内は昼間のごとき明るさである。
この焔は、いったいいつまで燃え続けるのか。
きっと、街の全てを燃やし尽くすのだろう。
その焔の中で、立ちはだかるファブニル兵を次々に斬り倒している2人組がいる。
ヴィルとサラである。
彼らは手当たり次第に目の前に現れるファブニル兵を斬り伏せ、突き殺して、城門に至った。
しかし、案の定城門は固く閉ざされ、全く開く予感もない。
しかたなく、炎から逃れるように2人は城壁の上に上り、そこにいた弓兵どもを1人残らず斬り殺した。
と、その鋸壁のところに、ワタリガラスが一羽停まっている。不思議に思ってそこを見ると、なんと地面まで届くだろうといえ長さの梯子が置かれている。
これぞ天祐、とその梯子を城外に掛けてそこから降りる。
「……どうにかして遠征軍に合流しないと。街道を進もう、サラさん」
サラは頷く。
北陸道を南へと進んでいけば、いつかは北上中の遠征軍に合流できるはずだ。
そうして、ヴィルとサラは街道を進み始めた。
………………
一方で、未だに城内に取り残されている2人組がいた。
ジークとメリアである。
2人は城門が開かないという事が分かった後、脱出を諦めて始めに紹介してくれたウッドヘルムの丘に立て籠もることにした。
ジークは遠征軍が急ぎで向かっていることを知らないので、あと2日さえ耐えれば助かると思い込んでいた。
近づくファブニル兵を斬って、炎に包まれる建物の中に蹴り飛ばす。
ジークも、熱さの中で体力はほとんど尽きていて、もはや剣を持って動き回るのがしんどい。
いつか見た夢の中での、燃えている村の光景が脳裏に浮かぶ。
しかし、今回は叔父の助けはない。
「ここまでか……」
月は中天に浮かび、街は紅く燃える。
ジークは、メリアの手を取って、彼女の目を見据えた。
「……メリアさん、俺は、あなたに謝らないといけないことがある。」
「……」
「俺は、あなたを騙していた。俺は、レーベン遠征軍から派遣された騎士だ。俺は情報収集のために、あなたや女将さんを利用していたんだ」
メリアさんは、それを聞いて、ゆっくりと笑った。
「ふふ、そんなこと知ってたよ。」
「えっ……?」
「だって、ジークくん、言葉が王都訛りだし、1年前にオルギンに行ったレイモンドのことを知っていたんだもん」
「――」
「知ってたよ。けれど、私は君といて楽しかったし、君にとっても私との時間は楽しいものだったと信じたい。だから、罪悪感なんて要らないんだよ」
「メリアさん……うん、俺も、あなたといて楽しかった。ありがとう」
フフ、と2人は手を繋ぎ、顔を見合わせて笑う。
炎が2人に迫る。
――と、その時。
城門の方から、ドオンという轟音が轟く。
びっくりしてそちらを見ると、軍勢が城門を打ち破って市街地に突入している。
その軍勢とは、今頃はアリエスの森林地帯にいるはずの遠征軍であった――
………………
遠征軍は、まず二手に分かれた。
城壁を上り、そこから城内に侵入するものと、破城槌で城門を破るものである。
城門は堅く閉ざされているが、城壁に敵兵はほぼいないので安全だ、と遠征軍に伝えたのは脱出したヴィルである。
実際、ファブニル軍は遠くから遠征軍が迫るのを視認して即座に撤退しており、今城内に残っているのは人殺しを楽しむような僅かな者だけだった。
そして、そのファブニル兵たちは押し寄せた遠征軍に呑み込まれていく――
………………
ウッドヘルムの丘。
手を繋いで事を傍観していたジークとメリアの元に、何人もの人影が近寄ってきた。
ジークは剣の柄に手を当てる。
が、メリアに制止された。
「メリアさん……?」
と、メリアはその人影に近づく。
焔に照らされて、ようやくそのうち1人の顔が見えた。
金髪碧眼の整った顔、右目の下に泣きぼくろがあるその顔は、紛うことなくメリアの弟のレイモンドであった。
「……レイモンド」
一方のレイモンドも、呆然として手に持っていた月桂樹の紋章の入った盾を落とした。
「姉さん……?姉さんじゃないか」
「レイモンド!」
と、2人は抱擁した。
両者の目からは涙が流れ、そしてその姿は焔に照らされて紅い。
「感動の再会……ってやつかね」
と、それを見つめるジークの元に、斧槍を携えた小柄な青年ディアスがやって来た。
そして、それに続いて銀の城壁冠の紋章のサーコートを着たリドニア、そして勝色のサーコートを着たヴェルトが来た。
「……伍長、リドニア」
ヴェルトとリドニアはジークの姿を認めて、彼を抱き締めた。
「……よく、無事でいた、ジーク」
「……うん」
と、そこに服が血に塗れているヴィルとサラも来た。
「ジーク……無事だったのか」
「お前こそ、死んだかと思っていたぞ」
「フッ、死ぬわけがないだろう、この俺が――」
と、ジークとヴィルは笑う。
しかし、双方の脳裏にはこの1週間の間に関わったこの街の人々の顔も浮かび、顔を曇らせる。
そうして、2人は丘から街を見た。
約1週間前のその日、メリアに「見晴らしが良い場所だ」と紹介された丘からの景色は、今や紅く燃える街を望むのみとなっていた――
………………
「ノーザンブルグ虐殺」における死者はおよそ六万人弱とされる。
当時のノーザンブルグのほとんど全人口が虐殺され、残ったのはほんの一握りであった。
市街地は全焼、もはや復興は望めない。
虐殺を生き残ることができても、住処を失い、真冬の北部を彷徨い、餓死する者もいた。
この廃墟が再び注目され、復興されるのは、このジグラト全域を巻き込んだ大戦乱が終わって数年してからのことであった――
――ベル・ブラウン著「アテーネ記」より――
これにて第2節終了です。
次回から第3節開始となります。
本当は13話ぐらいで終わるはずだったのですが、ノーザンブルグでのくだりで筆が乗りすぎてかなり伸びてしまいました。
第3節もどうかよろしくお願いします。




