表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
29/68

第2節15項 大禍時


 ――ノーザンブルグ市庁舎――


 ノーザンブルグで最も大きな建物であるここは、現在ファブニル北部方面隊――厳密には、邪竜騎士団第1、3、4軍――の本陣となっていた。


 その一室にて、例の若武者アルヴィンが、赭色のサーコートを着た、茶髪でアンバーの瞳の、無精髭の生やした中年と話をしていた。


「申し訳ありませんミッチェル卿。ネズミを発見したのですが、取り逃し、逆に3名が返り討ちに……」

「ふむ」


 アルヴィンと話をしているのは、邪竜騎士団第1軍の軍団長、ミッチェル・アビントン侯爵である。

 彼の騎士団内での序列は、ファブニル軍を総括するホメロス元帥に次いで2位である。


「今、敵軍もアリエスを越えようとしている。状況は苦しいな」

「しかし、雪さえ降ればこちらのものでしょう」

「……」


 ミッチェルは応えない。

 雪うんぬんを抜きにして。我々ファブニル軍はこのノーザンブルグを死守しきれるのか。

 そして、死守できたとして、その後ニブルス高原を奪回できるほどの余力はあるのか。


「……」


 ミッチェルは、未だ声を発さない。発せない。


 ………………


 その晩。

 市庁舎の、会議室とも言うべき最も広い部屋にて。


 ここに、邪竜騎士団幹部らが集結していた。


 円卓の最奥に座すのは邪竜騎士団団長、ホメロス・ピーク。

 その右には第1軍団長、ミッチェル・アビントン。

 左には第4軍団長、ライト・アイゼンブルグ。

 ミッチェルの横に座るのは色々あって第1軍副団長に昇格したアルヴィン・アンデル。

 ライトの横に座る、長いオレンジの髪をくくった褐色の肌の美しい女は、第4軍副団長、ジンジャー・コリント。


 これら5名と、そしてホメロスの後ろに立っている、翠色のサーコートを着た若い男――ホメロスの参謀、オリヴァー・プラントという者――が、現在のファブニル軍北部方面隊の幹部たちである。

 第3軍団はニブルの戦いにおいて団長・副団長が戦死したために事実上壊滅。その残存兵らは他軍団に編入されている。


 ――さて、彼らが集まっているのは、ノーザンブルグの防衛戦に関する会議のためである。

 

 現在、ノーザンブルグに駐留する兵は約150程度。

 そしてファブニル軍が確認しているレーベン遠征軍の総数は約400〜500程度。

 ここにおいて、ファブニル軍は図らずもオルギン会戦の意趣返しをされてしまっている。


 ……オルギン会戦の意趣返しと言ったが。

 実際にはオルギン会戦の時と違う。

 なぜなら、レーベン勢は特に兵站を重視し、そして兵に負担のかかる強行軍などをやらないからである。

 士気は高く維持され、そして過去3度ファブニルを破っていることから勢いもある。


 ファブニルの幹部らは、それも知っているので、かなり戦いは厳しいものになるとわかっていた。

 いや、敢えて言えば、おそらくファブニル軍はノーザンブルグを守りきれない。


 ここに至って、ホメロスの後ろに立つ翠色のサーコートの男、参謀のオリヴァーが口を開いた。


「……ホメロス閣下。この街を放棄しましょう」


 沈黙。

 事実、それが正解であろう。

 貴重な精鋭軍団をこのようなところで消耗するよりも、本国に後退して態勢を立て直すほうがよい。

 しかし、問題は――


「……しかし、みすみす敵にこの都市を明け渡すというのは――」


 と、ミッチェルが言う。

 確かに、ジグラト有数の大都市であるノーザンブルグを全く明け渡すとなると得をするのはレーベン勢のみである。


「――ならば、この街を焼き払えばよろしいのでは?」

「――」


 確かに。

 この街は元よりジグラト人の街で、ファブニル人は全くいない。

 そしてこの街はレーベンの最前線の拠点となって対ファブニル征伐に大いに役立つだろうから、無血で明け渡すのはデメリットしかない。

 そうなるぐらいなら――


「……了解しました。いつ撤収しますか」


 と言ったのは、ミッチェル侯。

 第1軍の軍団長がその策に合意したとなると、他の軍もそれに合意するしかない。


「明日には敵はアリエス地域を越えてくると思われるので、明日の夕方までに撤収、その際には街に火を放ち、抵抗する住民は殺害する、という手筈でどうですか、閣下」


 と、オリヴァーはホメロスの顔を覗き込む。

 ホメロスはそれに頷く。


 そうして、ファブニル軍は、明日の夕暮れに撤退することを決定した。


 ――残った時間は、あと1日――


 ………………


 ――日が明けた。


 伍長が、もう一晩明けたというのに帰ってこない。

 バレて脱出したか、或いは―― 


 だが、こうなった時にどうするのかは既に決めてあった。

 とりあえず、いつも通り暮らす。

 1週間後まであと1日ある。

 俺たちと同日に遠征軍がニブルを出たとするならば、ノーザンブルグに彼らが至るまでにあと3日ほどかかるだろうから、良いぐらいのタイミングだ。


 ………………


 階下に下りると、いつも通りに女将さんとメリアさんが談笑している。

  

「おはようございます」

「あら、おはよう」


 と、女将さんとメリアさんが同時に挨拶してくれる。

 この生活も慣れてきた。なんだかこの宿が第2の家のようにすら感じられてきた。


「ジークくん、今日もお昼食べた後から勉強ね」

「はい。いつもありがとうございます」

「うふふ、気にしないで」


 ――こんな生活が続いたら。


 ………………


 今日も今日とて練兵場に通おうとしていた俺たちだったが、入り口のところでライト将軍に止められた。

 なんだろう。なんだか物々しいけれど。


「――えっ、今日は練習ないんですか?」

「……ああ、すまんなヴィル、サラ。今日は軍の方で色々とあってな」

「そうですか……」

「まあ気にするな。お前たちに教えることはまだあるが、しかし十分にお前たちは強いさ。」

「そう言ってくださると嬉しいです」

「フッ、そうか。ではな。」

「はい。また」


 と、練兵場を後にしようとしたその時、ライト将軍に

呼び止められた。


「ヴィル、サラ!」

「はい?」


 と、ライト将軍のところに駆け寄ると、将軍は耳打ちした。


「……今日の夕方までに街を出ろ」

「はっ?」

「いいか。大人しく従うんだ」

「はぁ……」


 それだけ言ってライト将軍は練兵場の方へと戻っていく。

 俺とサラさんはお互いに顔を見合わせて、首を傾げる。

 しかし、忠告じみた言葉だったとはいえ、俺たちにも任務はある。どうせあと1日後に街を後にするのだし、出るのは明日でも遅くないだろう。


「サラさん、一応宿で待機しておこう。何かあるのかもしれない」


 サラさんはコクリと頷く。

 帰路、道には露店が並び、活気に満ちている。


 と、その時。

 ゴオン、ゴオン、という鐘の音がノーザンブルグの街全域に響いた。

 周囲にどよめきが走る。

 音のした方を見ると、どうやら鐘はファブニル軍の本陣のある市庁舎のものだったらしい。

 しかし、この騒ぎは――?


 ………………


 ゴオン、ゴオン、という鐘の音が、どこからか響いた。

 メリアさんが顔を上げた。


「この鐘の音は――?」


 と、メリアさんが答える。


「これは"非常事態"を示す鐘で、市庁舎前の広場に集合しなさいっていう指示でもあるの」

「へえ……なんで今鳴ったんだろう?」

「さあ……?誰かのイタズラかしら?」

「分かんないですけど……じゃあここの部分が終わったら一緒に見に行きましょう」

「そうしようか」 

 

 ………………


 市庁舎の前の広場には相当数の市民たちが集結していた。

 ノーザンブルグから脱出するためのあらゆる城門は閉められ、広場周囲には武装した兵たちが潜んでいた。


 日はまさに城壁の彼方へ沈もうとしていて、東の空には薄く月が出ている。

  

 時はまさに大禍時であった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ