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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
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第2節13項 蜂蜜酒の美姫


 ――サラ・ウィンターは、蜂蜜酒が好きらしい。

 それは、それまでの感じからして分かっていたことだった。

 初めて会った時に子供の飲むようなジュースを飲んでいたのは、伍長に制限されていたかららしい。


 けど、この女の人を野放しにして、それでお金を渡したのだから、絶対飲まれるに決まっていた。

 昨日の時点でそんなの分かりきっていたはずだ。とすれば、俺にハズレくじ――などと言うと彼女には気の毒だが事実だ――を引かせやがった。

 ……くそ、伍長め。恨むぞ。


 ――けれど、俺たちは任務を忘れている訳じゃない。

 サラさんとの協議の末、日替わりで軍施設を探り、ご飯も街中にある共用キッチンで日替わりで作るというふうに決めた。なお、サラさんが全く喋らないのでとても困ったのは言うまでもない。


 ……それで、今日はサラさんが偵察に出る日なのだが、今朝起きると置き手紙があった。

 

「どれどれ……?……"蜂蜜酒のストックを何本か買ってこい"だと……?!」


 無視してやろうかと思ったが、以前に酒を飲むのを止めようとして股間を蹴られたことがあるから、逆らったらどんな事になるのかと考えただけでおぞましい。


「買いに行くしかないのか……」 

 

 ………………


 市中に繰り出していく。

 すると、前から見慣れた人が歩いてくる。あれは間違いなく伍長だ。

 伍長もちゃんと仕事してるのか。まあ当然といえば当然だけど。と、手を振ろうとしたところで留まる。

 

 ――そうだった。今は別人という設定だった……と、知らん顔をして伍長とすれ違う。

 しかし、一般人の顔をするのが上手いなぁ。俺なんてすぐに柄に手を掛ける癖が抜けなくて困ってるのに。


 っと、そうだった。俺は酒を買いに来たんだった。

 酒場酒場……っと――あそこだな。

 ようやく街の土地勘が付きはじめてきた。


 ………………


 酒場に入って、蜂蜜酒を店主に頼む。

 店主は本当に蜂蜜酒で良いのかい?と聞いてきたが、うん、それで良いよ、と返す。

 

 ……そういえば、なんで蜂蜜酒なんだろう。

 ワインが一番好いものに決まっているのに。

 甘いのが好きなのかな?やっぱり味覚がお子様なのかなぁ。


 まあ、なんにせよ俺は命じられたものを買うだけなんだけど。


 ………………


 革袋を提げて宿に帰る。

 ついでに自分用のワインの革袋も何個か提げる。


「あっ」

 

 と、道端でサラと鉢合わせた。


「あ、お疲れ様、サラさん。すまないけど、これ、蜂蜜酒。持ってくれない?」


 と、サラさんは蜂蜜酒の革袋を手に取って肩に提げる。

 ……そういえば、なんでこの時間帯にこんなところにいるのだろう。


「サラさん、市内散策してたんじゃないの?」


 と、サラさんは俺の顔を見て言う。


「……お腹空いた。ご飯作って」


 はは、と乾いた笑いが出る。

 シラフのサラさんから初めて聞いた文章が「飯作れ(意訳)」とは。

 まあ昼時だから作るけど。


 ………………


 今日の昼ごはんは何か豆を豚肉を一緒に炒めて、それに魚醤をぶち込んだ正式名称がよく分からないやつとパンと水。

 昼飯にしてはかなりクオリティが高いのではないだろうか。

 見よ、これが我がハボック家に伝わる由緒正しき昼飯です(嘘)。


「よし、これで完成。さ、食べて食べて」

「……いただきます」


 と、サラさんは俺の作った食事に手をつける。

 口に合うと良いけど。

 俺の作った正式名称の分からない惣菜を口に運ぶ。

 息を飲んでそれを見守る。


 ――沈黙。の、あとで、サラさんが俺の顔を見た。


「……美味しい」

「はあ、よかった。口に合わなかったらと思ってドキドキして……」


 と、サラさんはバクバクと食べていく。

 これまでそんなにバクバクと食べ物を食べている感じは無かったから、よほど美味しかったのかもしれない。


 ……しかし、本当に顔が良い。美しい。

 酒さえ飲まなければなぁと本当に思う。

 いや、でもこれほどの美人なら酒を飲んだあとの二重人格とも言えるアレをも受け入れてくれる人ぐらいどこかにいそうなものだが。

 と、そんなことを考えていると、サラが訝しむような目線を向けてくる。


「あ、そう言えば――どうだった?散策は」

「……訓練場は見つけた」

「へえ、じゃあ近くに宿泊施設があるのかな?」

「多分。あと――」

「ん?」

「平民も参加して良いって。」


 ………………


 ――さて。俺とサラさん、2人がいるのはファブニル軍の訓練場となっている公園。

 何をしに来たのかは明白である。


「すみません、訓練に参加したいのですが……」

「訓練に……?」


 と、話しかけたファブニルの兵士は俺たちをじっくりと見る。

 

「貴様ら、名と出身地を名乗れ」

「俺はヴィルヘルムでこっちはサラと言います。ラズ出身ですが、今は旅をしています。護身のために一応剣はやっているのですが、後学のためにご教授いただけたらと思って」


 するとファブニルの兵士は剣も持っていないようだしまあ大丈夫か、とすんなりと中に入れてくれて、ついでに木剣も貸してくれた。

 剣を置いてきて良かった、多分"ハボリム"を提げていたらバレていた。


「こんにちは、旅人をやっている、ヴィルヘルムとサラです。今日はよろしくお願いします!」


 威勢良く挨拶するというのは大事だ。

 第一印象は半年近く持続するからである。


 すると、何やらガタイの良い、オレンジの髪、アンバーの眼の大男が俺たちの前に現れた。


「おう、あんたらが訓練に参加したいと言ってきた旅人か!俺は邪竜騎士団第4軍の軍団長、ライト・アイゼンブルグだ。よろしく」

「あ、よろしくお願いします!」

 

 と、握手しながら考える。

 ……ん?い、今なんて言ったこのおっさんは。

 このおっさんが邪竜騎士団第4軍のトップ?


 と、ライト将軍を見る。

 確かに、ニコニコしてはいるもののなんだか貫禄がある。相当な将軍なのかもしれない。


 ………………


 ライト・アイゼンブルグといえば、以前一瞬だけであるが、話に上がったことがある。


 王国暦186年に起きたラズ紛争の際、ジークの叔父であるジョンにラズの街を襲撃する計画を教えて逃がし、ジークの助かるきっかけを作った人物である。

 ラズ紛争の時は、齢27の青年将校だったが、それから16年が経ち、すっかり初老の貫禄のある人物に変容していた。


 ――ライトは、かつてジョンに文字や様々な教養を教えたように、人に何かを教えるのが好きなようで、ヴィルやサラといった「旅人」でも構わず剣術を指南した。

 ラズ紛争の際に自分がラズの街を偵察した経験はあるはずなので、おそらくヴィルやサラの正体にも薄々気付いているだろうに。


 ………………


 ……ライト将軍は、初老の、全盛期は過ぎていそうな見た目には反して強かった。

 俺と何十合も木剣を打ち合い互角、サラさんに関しては約二十合にも渡る戦いの末、遂に敗北してしまった。


 ライト将軍は言う。


「2人とも強い。だがそれは雑な強さだ。剣の理論に基づいていない。2人ともこれからこの街を去るまでここに来い。俺が剣術を教えてやろう」

「はい……」


 こうして、何故か敵の将軍のところに剣術を教えてもらいに行くという、不思議な状況になってしまった――

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