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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
24/70

第2節10項 初日(上)


 ――ヴィルたちと別れて、伍長と市内を歩き回り始めてからこれで小一時間だ。

 伍長は丁度いい宿を見つけるためだ、だなんて言ってるけど、本当にそうなんだろうか。

 ――もしかして迷子になっちゃったとか?いや、この人に限ってそれはないか……


 などと考えながらヴェルト・イェリントンに従って路地を歩いているのはジークフリート・カーターである。


 そろそろ足が疲れ始めた。

 今俺はどこにいるんだろう。もうそろそろ市内を一周ぐらいしたんじゃないのか?


 と、その疑問を口にしようとした時、不意にヴェルトの足が止まった。

 見ると、その視線はある建物に向かっていた。


 その建物は壁が赤色で、大きな窓がいくつもあって、およそ二階建てぐらいの高さであろう。

 そのドアの横には、"宿 ノースポイント"という看板が掛けられていた。


「伍長……?」

「よし、決めた。ここの宿に1週間泊まろう」


 と、ジークの心の決心の付かぬままにヴェルトは中へと入っていく。


 ………………


 中にいたのは、少し太ったおば――失敬。女将さんだった。


「あら、いらっしゃい。旅の人?」

「はい、1週間の間ここに滞在しようかと思いまして。……部屋、空いてます?こいつと一緒で良いんですけど」

「うーん、どうだったかしら……メリアちゃん、ちょっと来てー!」

「はーい!」


 と、階段から下りてきたのは、色白の肌で金の長い髪を持った、碧眼の、美しく若い女性だった。


「ねえメリアちゃん、人が2人一緒に入れる部屋あったっけ?」

「多分2階に一つ空いてたはずですよ」

「あらそう。――お客さん、泊まれますよ」

「ありがとうございます。じゃあ行くぞジーク」


 が、ジークはメリアと呼ばれた若い女性に目が行って体がまるで動かない。


「ジーク……?――オイオイオイ……ほら行くぞ!」


 と、一瞬ジークを見ただけでなにか良からぬものを感じ取ったヴェルトは、ジークの首根っこを掴んで引き摺る。

 

「ああ、伍長引きずらないで――ちょっ、ちょっ、階段はやめて!痛い痛い!」

「……愉快な1週間になりそうね、メリアちゃん」

「そうですかね……」


 と、女将さんと、メリアというらしい女性はその姿を見るのだった――


 ………………


 ――ええと、なんで俺は床に座らせられてるの?

 なんで伍長はキレてるの?


 ……いや、思い当たる節はないわけではないけど。

 どうか勘弁してくれ。


「……ジーク、どうしてこうなってるのかは分かるか?」

「……いや、わからないです……」


 ヴェルトはため息をつく。

 

「……メリアっていう女の子、どう思うよ」

「美人と思います」


 即答。

 ヴェルトの迷いの全くない平手打ち。

 ジークの頬が床に激突する。

 痛い。


 頬を押さえる。真っすぐとした伍長の目がジークを射抜く。


「お前は何もわかってない。わかってないぞジーク」

「……何がさ」

「チッ、まだ分からないのか、ジーク。らしくないぞ。」

「何がだよ」


 いよいよ苛立ってきた。

 伍長は何が言いたいんだ。

 

「――俺たちは、ここに何をしに来た?偵察だ。俺たちの得た情報が、ゆくゆくはこの都市の攻略に大きく役立つ。」


 ――無論。

 

「わかってるよ」

「いいや、わかってないとも。考えてみろ。俺たちがノーザンブルグを攻めて、その混乱の中で、自分が仲良くしていた人を殺したら?自分で殺さなくても、誰かに殺されて、後で死体が見つかるっていうこともある。そうなったら?そうなったら、精神が持たないんだ。――自分のせいで、自分がこんなことをしたからだ――ってな」


 ――何も言い返せない。

 それはそうだ。仲良くなりたいだなんてエゴなんだ。そして、そのエゴは時として自分と、そして相手を殺すことになる。

 俺は今ジグラト王国の騎士なんだ。

 これは任務だ。もしかしたら伍長は、任務に私情を持ち込んで、その結果として俺に傷付いてほしくないのかもしれない。

 

 顔を上げる。久しぶりに伍長の真面目な顔を見た。もしかすると兵士に志願しに訪ねたとき以来かもしれない。


「……わかったよ、伍長。これは任務だったもんな」

「ああ。理解してくれたならいいんだ。」


 立ち上がって、伍長を見た。

 伍長の顔は、もう真面目な顔をしていない。どうせ、俺のタイプを知って内心ニヤニヤしている、という顔だろうな。


「……いやしかし、意外だったよジーク」

「……何がさ」

「ん?いや何でもないぞ」

「……」


 やっぱり。


 ………………


 ――さて、そんなアホらしいことをしていると夜になった。

 ここの宿は王都の時の安宿なんかと違って3食をちゃんと出してくれるらしい。

 畜生めが、その分の高っかい料金だったか、と守銭奴の伍長は恨めしそうに言っていたが、多分こっちの方が安く生活できるんじゃないか。


 と、階段を下りて広間に行く。


 そういえば。

 さっき伍長が外出しようとした時、女将さんにやたらとジロジロ見られたらしい。


 早速1人女を落としたのかと茶化して聞いたけど、伍長の顔色と返事は良くなかった。

 どうしたのだろうか。


 ………………


 ――まずい。非常にまずいかもしれない。


 と、夕餉の際、伍長ことヴェルトは内心冷や汗をかいていた。


 まずいぞ。あの女将絶対に俺たちのことを誤解している……!

 これだから俺は男2人でこんな所来たくなかったんだ!


 ――と、いうのも。

 この時代、男が二人きりで旅をしているなどと言うと、男色を疑われるのだ。

 しかも、相部屋な挙句に、はっきり言うと悔しいが連れは好青年。今風に言えばイケメンである。


 もちろんヴェルトにその気はない。

 敢えて。敢えて言うが、ヴェルトは育ちが良くてお淑やかな感じの女性がタイプである。


 ……くそ、どうにかして誤解を解かないと。

「自分の宿で1週間も男同士でイチャイチャしている」などとファブニル軍に通報でもされたらアホらしい。

 俺の死因が、こんなちんちくりんと付き合ってると思われたから、だなんて笑えない。


 くそ……こうなったら仕方がない……!


 ………………


 ――夕餉が終わって、部屋に戻ってすぐ、伍長が口を開いた。

 

「ジーク、前言撤回だ。メリアさんと仲良くしておけ」

「はっ?」

「何回も言わせるな。メリアさんと仲良くしろ」

「そ、その、何を言ってる……?」


 と、何を言ってるのか分からないでいると、伍長が耳打ちしてきた。


「多分だが……女将に男色を疑われてる」

「へえ、そうなんだ………………はぁ?!」

「声が大きい……!いいか、もちろんそんなものは誤解だ。……誤解だよな?」


 不安そうな目。必死で首を縦に振る。

 

「うん、だよな。価値観が共有出来ているようでなによりだが――つまり、その誤解を解かないと最悪通報されて人生終わる。だから命がけで女の人――別にメリアさんじゃなくてもいいから、とにかく女の人と仲良くしろ」

「わ、わかった。」


 全く、なんという不幸。そんな勘違いされるぐらいなら別々に別れればよかった。

 なんて日だ、っていうやつかもしれない。


 まあでもメリアさんと仲良くなれるなら良しとするか……?

 いやでも軽くあしらわれたらどうしよう……

 ああでもそんなのにビビって話しかけないと仲良くはならない。仲良くならないと通報される……


 もうめちゃくちゃだ。生まれてこのかた、そんな間違いされたことなんかないのに。

 軍に入ってからめちゃくちゃしか起きない。人生初が多すぎる。

 そもそもこれは軍の仕事なんだろうか。なんか俺たち便利屋みたいに扱われているような気がする。


 ……ん?あれ、待てよ。何か忘れてるような気がする。何だったっけ?


 あっ。


「ヴィルとサラ、今頃どうなってるんだろう」

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