第2節10項 初日(上)
――ヴィルたちと別れて、伍長と市内を歩き回り始めてからこれで小一時間だ。
伍長は丁度いい宿を見つけるためだ、だなんて言ってるけど、本当にそうなんだろうか。
――もしかして迷子になっちゃったとか?いや、この人に限ってそれはないか……
などと考えながらヴェルト・イェリントンに従って路地を歩いているのはジークフリート・カーターである。
そろそろ足が疲れ始めた。
今俺はどこにいるんだろう。もうそろそろ市内を一周ぐらいしたんじゃないのか?
と、その疑問を口にしようとした時、不意にヴェルトの足が止まった。
見ると、その視線はある建物に向かっていた。
その建物は壁が赤色で、大きな窓がいくつもあって、およそ二階建てぐらいの高さであろう。
そのドアの横には、"宿 ノースポイント"という看板が掛けられていた。
「伍長……?」
「よし、決めた。ここの宿に1週間泊まろう」
と、ジークの心の決心の付かぬままにヴェルトは中へと入っていく。
………………
中にいたのは、少し太ったおば――失敬。女将さんだった。
「あら、いらっしゃい。旅の人?」
「はい、1週間の間ここに滞在しようかと思いまして。……部屋、空いてます?こいつと一緒で良いんですけど」
「うーん、どうだったかしら……メリアちゃん、ちょっと来てー!」
「はーい!」
と、階段から下りてきたのは、色白の肌で金の長い髪を持った、碧眼の、美しく若い女性だった。
「ねえメリアちゃん、人が2人一緒に入れる部屋あったっけ?」
「多分2階に一つ空いてたはずですよ」
「あらそう。――お客さん、泊まれますよ」
「ありがとうございます。じゃあ行くぞジーク」
が、ジークはメリアと呼ばれた若い女性に目が行って体がまるで動かない。
「ジーク……?――オイオイオイ……ほら行くぞ!」
と、一瞬ジークを見ただけでなにか良からぬものを感じ取ったヴェルトは、ジークの首根っこを掴んで引き摺る。
「ああ、伍長引きずらないで――ちょっ、ちょっ、階段はやめて!痛い痛い!」
「……愉快な1週間になりそうね、メリアちゃん」
「そうですかね……」
と、女将さんと、メリアというらしい女性はその姿を見るのだった――
………………
――ええと、なんで俺は床に座らせられてるの?
なんで伍長はキレてるの?
……いや、思い当たる節はないわけではないけど。
どうか勘弁してくれ。
「……ジーク、どうしてこうなってるのかは分かるか?」
「……いや、わからないです……」
ヴェルトはため息をつく。
「……メリアっていう女の子、どう思うよ」
「美人と思います」
即答。
ヴェルトの迷いの全くない平手打ち。
ジークの頬が床に激突する。
痛い。
頬を押さえる。真っすぐとした伍長の目がジークを射抜く。
「お前は何もわかってない。わかってないぞジーク」
「……何がさ」
「チッ、まだ分からないのか、ジーク。らしくないぞ。」
「何がだよ」
いよいよ苛立ってきた。
伍長は何が言いたいんだ。
「――俺たちは、ここに何をしに来た?偵察だ。俺たちの得た情報が、ゆくゆくはこの都市の攻略に大きく役立つ。」
――無論。
「わかってるよ」
「いいや、わかってないとも。考えてみろ。俺たちがノーザンブルグを攻めて、その混乱の中で、自分が仲良くしていた人を殺したら?自分で殺さなくても、誰かに殺されて、後で死体が見つかるっていうこともある。そうなったら?そうなったら、精神が持たないんだ。――自分のせいで、自分がこんなことをしたからだ――ってな」
――何も言い返せない。
それはそうだ。仲良くなりたいだなんてエゴなんだ。そして、そのエゴは時として自分と、そして相手を殺すことになる。
俺は今ジグラト王国の騎士なんだ。
これは任務だ。もしかしたら伍長は、任務に私情を持ち込んで、その結果として俺に傷付いてほしくないのかもしれない。
顔を上げる。久しぶりに伍長の真面目な顔を見た。もしかすると兵士に志願しに訪ねたとき以来かもしれない。
「……わかったよ、伍長。これは任務だったもんな」
「ああ。理解してくれたならいいんだ。」
立ち上がって、伍長を見た。
伍長の顔は、もう真面目な顔をしていない。どうせ、俺のタイプを知って内心ニヤニヤしている、という顔だろうな。
「……いやしかし、意外だったよジーク」
「……何がさ」
「ん?いや何でもないぞ」
「……」
やっぱり。
………………
――さて、そんなアホらしいことをしていると夜になった。
ここの宿は王都の時の安宿なんかと違って3食をちゃんと出してくれるらしい。
畜生めが、その分の高っかい料金だったか、と守銭奴の伍長は恨めしそうに言っていたが、多分こっちの方が安く生活できるんじゃないか。
と、階段を下りて広間に行く。
そういえば。
さっき伍長が外出しようとした時、女将さんにやたらとジロジロ見られたらしい。
早速1人女を落としたのかと茶化して聞いたけど、伍長の顔色と返事は良くなかった。
どうしたのだろうか。
………………
――まずい。非常にまずいかもしれない。
と、夕餉の際、伍長ことヴェルトは内心冷や汗をかいていた。
まずいぞ。あの女将絶対に俺たちのことを誤解している……!
これだから俺は男2人でこんな所来たくなかったんだ!
――と、いうのも。
この時代、男が二人きりで旅をしているなどと言うと、男色を疑われるのだ。
しかも、相部屋な挙句に、はっきり言うと悔しいが連れは好青年。今風に言えばイケメンである。
もちろんヴェルトにその気はない。
敢えて。敢えて言うが、ヴェルトは育ちが良くてお淑やかな感じの女性がタイプである。
……くそ、どうにかして誤解を解かないと。
「自分の宿で1週間も男同士でイチャイチャしている」などとファブニル軍に通報でもされたらアホらしい。
俺の死因が、こんなちんちくりんと付き合ってると思われたから、だなんて笑えない。
くそ……こうなったら仕方がない……!
………………
――夕餉が終わって、部屋に戻ってすぐ、伍長が口を開いた。
「ジーク、前言撤回だ。メリアさんと仲良くしておけ」
「はっ?」
「何回も言わせるな。メリアさんと仲良くしろ」
「そ、その、何を言ってる……?」
と、何を言ってるのか分からないでいると、伍長が耳打ちしてきた。
「多分だが……女将に男色を疑われてる」
「へえ、そうなんだ………………はぁ?!」
「声が大きい……!いいか、もちろんそんなものは誤解だ。……誤解だよな?」
不安そうな目。必死で首を縦に振る。
「うん、だよな。価値観が共有出来ているようでなによりだが――つまり、その誤解を解かないと最悪通報されて人生終わる。だから命がけで女の人――別にメリアさんじゃなくてもいいから、とにかく女の人と仲良くしろ」
「わ、わかった。」
全く、なんという不幸。そんな勘違いされるぐらいなら別々に別れればよかった。
なんて日だ、っていうやつかもしれない。
まあでもメリアさんと仲良くなれるなら良しとするか……?
いやでも軽くあしらわれたらどうしよう……
ああでもそんなのにビビって話しかけないと仲良くはならない。仲良くならないと通報される……
もうめちゃくちゃだ。生まれてこのかた、そんな間違いされたことなんかないのに。
軍に入ってからめちゃくちゃしか起きない。人生初が多すぎる。
そもそもこれは軍の仕事なんだろうか。なんか俺たち便利屋みたいに扱われているような気がする。
……ん?あれ、待てよ。何か忘れてるような気がする。何だったっけ?
あっ。
「ヴィルとサラ、今頃どうなってるんだろう」




