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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
23/68

第2節9項 そして北都へ


 ――ニブルス氏邸宅――


 ここで、ジークたちは死体の撤去を行なっていた。

 リドニアも手伝っている。


 ジークは、申し訳なさに駆られた。

 急にやってきた野盗どもに家を荒らされた挙句にその屍を運ばされているのだ。

 心中穏やかではないかもしれない。


 と、考えている間に作業は終わった。


「よし、リドニア、これで終わりだな」

「……うん、そうだね。ジーク、ありがとう」

「いや、礼を言われることですらない。こちらこそリドニアに手伝わせて悪かった」

「あはは、良いんだよ。これで全部清算できたような気がする」


 と話しながら邸宅から出たリドニアとジークは、不意に裏山の北峰を見た。


「――そうだジーク」

「ん?どうした?」

「あそこ、登ってみない?」


 ………………


 ――北峰――


 ニブルの町の西にそびえる山で、標高は300メートル前後。

 ――といっても、ニブルス高原は標高200メートルぐらいの高さなので、実質的には100メートルほどぐらいしか無い。


 ここにはニブルス氏の代々の墓があり、リドニア曰く町を一望できる隠れた名所だという。


「おお……確かに良い眺めだな」

「でしょ?僕のイチオシスポットさ」


 と、その山頂から2人が目にしているのは、ニブルの町。

 白の壁、オレンジの瓦屋根。

 そして町の中央を走る美しいジグラト川。


 先ほどまで殺し合いをしていた場所が、こんなにも美しい場所だったなんて――

 

 と、ジークはその風景を目を輝かせて見る。

 爽風が肌を撫でる。

 それを見て、フフッ、とリドニアが笑う。


 ………………


 ――僕は、ニブルス家の嫡男だ。けど、その前に、それ以前に理想を追求したい少年だったのかもしれない――


 きっと、僕たちの命を優先しようとした父上は正しい。けれど、僕は自分の命よりも理想を優先したんだ。

 ニブルの人たちがつらい思いをしないでほしいと、生まれてからこのかたずっと一緒にいた人々を見捨てたくないと、思ったんだ。


 結果として、ヴェルトに会った。サラに会った。ジークに会った。ヴィルに会った。

 きっとそれはかけがえの無いもの。

 きっとそれは王都で籠もっているだけではあり得なかった縁。


 ――僕は、ニブルの人々と同じくらい、彼らを愛してしまっている。


 どちらか選べだなんて言われても選べない。

 

 まったく、いつからこんなに贅沢なことを考えるようになったんだろうね、僕は――


 ………………


 その日の午後。

 ヴェルトの部隊はバーナードに召喚された。

 場所はニブルス氏邸宅である。


「――閣下、ヴェルト・イェリントン以下5名、到着いたしました」

「うむ。よく来てくれた」


 と、ヴェルトらが部屋に入ると、バーナードとレイドスが既に部屋にいた。


「まあ、とりあえず座ってくれ」

「はっ、失礼します」


 と、ヴェルトたちが椅子に座ると、バーナード公が口を開く。


「まず、先の戦、よく戦ってくれた」

「いえ。戦の趨勢を変えたのは公の手勢でごさいましょう」


 というヴェルトの言葉を聞いて、バーナードの顔が少し綻ぶが、すぐに真面目な顔に戻る。


「……ここに呼び出したのは、君たちに重要任務をやってもらいたいからだ」

「重要任務……?」

「ああ。――北都ノーザンブルグへの潜入だ」

「!!」


 ジークやヴィルの顔が驚愕のものに変わる。

 しかしヴェルトやサラは顔色一つ変えない。


「今回我々はノーザンブルグの解放までを遠征の目標にしている。だが、あちらでは雪の時期がそろそろ来る。なるべく迅速に攻略するために、城内の情報が欲しいのだ」

「……承知しました。ではこの5人で今日にでも出立しましょう」

「待て。リドニアは残れ」

「……はい?」


 リドニアは困惑した表情を浮かべる。


「今王都のニブルス伯爵から文が届いてな。『息子をニブルに留めておいてくれ』と。全く過保護な親だな」


 リドニアはいよいよ当惑する。

 が、ジークは笑顔で言う。


「リドニア、俺たちは大丈夫だ。故郷でゆっくりと羽を伸ばしておいてくれ」

「……でも」

「良いんだよ、リドニア」

「……うん、ありがとう、みんな」


 ――こうして、リドニアが見送る中、ヴェルト以下4名はノーザンブルグへ向かうのだった。


 ………………


 ヴェルトらは出発してすぐに一度海沿いまで出て、そこで適当に舟を借りて海路からノーザンブルグへ向かうことにした。

 

 ヴェルト曰く、


「このタイミングでニブルの方から来るやつなんか怪しまれるだろ。海から来て、大陸人ですとか嘯いたほうがまだ怪しまれんぞ」


 とのことである。


 聞けば、ヴェルトは昔そういうこともやっていたらしいので、その手のことには精通しているらしい。


 ――と、海岸に出てしばらく舟を探していると、漁師を見つけた。

 ヴェルトはその漁師に舟を譲ってくれと言ったが、なかなか承諾しない。

 当然といえば当然なのだが。

 ヴェルトは痺れを切らして路銀の入った小袋と手紙を彼に渡し、ついでニブルにいるバーナード公のもとに行けばもっと良い待遇が与えられるだろうと言った。


 それで、ようやく漁師は舟を譲った。


 ………………

 

 沖に出たところで、ヴィルはヴェルトに聞いた。


「あんなに路銀を渡して、大丈夫だったのか?」


 と、ヴェルトは無言で腰に提げていた袋の中身を見せる。

 中には銀貨が入っている。かなり大ぶりなものばかりなので、総額は莫大だろうと思う。


「あの漁師には銅貨を渡しておいた」


 ジークとヴィルは絶句する。

 ヴェルトはジグラトのあらゆる騎士たちと違って、騎士としてのプライドや矜持は持ち得ていないように思えるし、むしろケチ臭いところすらある。


「まあ良いだろ。バーナード公に紹介の手紙も書いてやったんだ。悪いことはしてない」

「……」


 そうかなあ、とジークたちは思うが、今は任務の方を優先すべきだからあの漁師のことは忘れようと思ったのだった。


 ………………


 沖に出てから3日ほど経った。

 ヴェルトたちはここで舟を乗り捨てて上陸した。

 冷静に考えると、ノーザンブルグ付近まで行くと海流に流されて大陸まで漂着してしまうと気がついたのだ。


 上陸地はアリエスの森を抜けてノーザンブルグから目と鼻の先の位置。


 ヴェルトたちはここから半日ほど歩いて、ようやくノーザンブルグの城壁が視界に現れた。


 ………………


 ――北都ノーザンブルグ――


 ノーザンブルグはジグラト諸島最北にある都市で、ジグラト朝成立後に建造された。


 ジークたちが訪れた時期は11月中旬。

 これからあと2、3週間ほどすると本格的に雪が降り積もる。


 王都レーベン同様、周到な都市計画に基づいて作られていて、建物は赤やオレンジ、黄色などの暖色系の壁で彩られ、石畳が街中に整備されている。

 家々の間の路地の景色は美しく、まさに「北の都」と呼ぶに相応しい都市である。


 ――「オールト叙事詩」ジグラト地理誌より――


 ………………


 ヴェルトたちはまず城門のところで番兵に止められる。


「貴様ら、どこから来た!」

「我々は大陸からやってきました。」

「大陸……?」


 すると、番兵はさらに怪しむような目で4人を見る。

 

「はい、沖で漁をしてたところ嵐に遭いまして」

「ほう……」


 と、番兵が埒が明かないのを見て、ヴェルトは腰の小袋を取る。


「あはは、門番の方達もご苦労様です、こちらは私どもからの気持ちです」


 と、番兵がその中身を見ると、顔つきが変わった。


「……いいだろう、通れ」

「ありがとうございます」


 と、ヴェルトたちはようやく入城を果たした。


 が、ヴェルトだけはブツブツと、「あの野郎、絶対金取り返してやる」と呟いていた。


 ………………


 入城してすぐ、ヴェルトたちは人気のない路地裏に向かった。

 そして、誰もいないことを確認したあとで言う。


「お前ら、二手に分かれるぞ」

「えっ、どうして?」

「そら全滅を避けるためだ。俺とジーク、サラとヴィルで組め」

「わかった」


 と、ヴェルトは3人のそれぞれに隠し持っていた銀貨の入った小袋を渡して別れることにした。

 ヴィルが、この人はどれだけ金を隠し持っているんだろうかと呆れている間に、ヴェルトが言う。

 

「じゃあ、1週間後の晩に、またここに集合だ」

「了解」


 ――と、二組が別れたところで、ヴェルトが不意にヴィルの方を振り返った。


「あ、そうだヴィル」

「ん?何かあるのか?」

「いや、大したことじゃないが――いや、大したことか」

「何だよ」

「ええと、その――サラに酒を飲ませるなよ」

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