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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
20/68

第2項6項 峠道


 ニブルス峠は、中部の平野地帯から北部のニブルス高原へと通じる峠である。

 比較的直線的でつづら折りの道がさほどないのが特徴で、頂上から麓まで見下ろせることができる。


 ジークら遠征軍がニブルス峠に差し掛かったのは、第4(午前10)時頃。

 作戦計画ではニブルス峠を今日中に抜け、そのまま警戒が薄い時にニブルス高原中部のニブルの町の手前まで進軍する予定だった。


 しかし、ここで想定外の事態が発生した。


 なんと、峠にファブニル軍が駐屯していたのである――


 ………………


「クソッ、ホメロスの奴め、俺がオルギンでしくじったからってこんな僻地に送りつけやがって……!」


 と、ファブニル軍の幕舎でつらつらと恨み言を言っている、黒髪で茶の瞳を持ち、乾鮭色のサーコートを着ているこの若い男は、ファブニルの駐屯軍の指揮官、アルヴィンという騎士である。


 アルヴィンはオルギンでの戦いで市街地に突入した200の兵士たちの一部を指揮していた。

 しかし、結果は周知の通り。

 アルヴィンは麾下の兵士たちを散々に打ち破られて諸将からこっぴどく責められ、その挙句にこの最前線に送られたわけだが――


 アルヴィンはこれを左遷と考えている。が、事実は違うだろう。

 おそらくこれはしくじった若手に対してのホメロスなりの、名誉挽回の機会なのだろう。

 もっとも、アルヴィン本人がそう認識していないのだが――

 

 と、そんなアルヴィンの元に、兵士がやってきた。

 兵士の息は荒いので、すぐにアルヴィンはなにか異常を察した。


「どうした?」

「アルヴィン様、その、敵が――!」


 アルヴィンは幕舎から出て峠の麓を見た。


 確かに、敵軍が――しかも途轍もない数の――がいた。

 アルヴィンは顔を青ざめさせて、その兵士に言った。


「急ぎニブルのフィリップ様の元へ早馬を!増援を要請しろ!」

「はっ!」

「残りは守りを固めろ!数日保たせれば勝ちだ!」

「「はっ!」」


 ………………


 翻って、レーベン勢。


 レーベン勢からでは全く峠の上のファブニル軍の様子が分からなかった。

 しかし、バーナードは敵の動揺ぶりを遠目に見て、さほどの敵はいないだろうと判断した。


 事実、レーベン勢450に対して、ファブニル軍は僅かに50である。


 しかし、或いはこちらを陥れようとする巧妙な罠かもしれないと慎重を期して軍議を開くことにした。


 ………………


 軍議にはバーナード公をはじめレイドス卿やヴェルトなど諸将、そして貴族の私兵の隊長などが参加した。

 ジークもヴェルトの部下として発言はできないものの、見学することを許された。


 バーナードが口を開く。


「それでは軍議を始めるが、諸将の中には何か策がある者は?」


 しかし、諸将らはなかなか策がない。

 と、言うのも、このニブルス峠での戦闘には時間制限がある。

 ニブルの町には推定100〜150ほどの兵がいると考えられている。

 攻めあぐねてその兵たちが峠に到達されると、事態はさらに難化する。


 迅速に、しかし後々のことを考えるといたずらに兵を消耗する訳にも行かない。


 と、そんな雰囲気の中で、ジークは1つ、作戦を思いついた。

 が、それを自分が言っても却下されるだけだろうな、と思い、ヴェルトに耳打ちした。


「伍長、俺に考えがあるんだけど……」

「ん?言ってみろ」

「――」

「……なるほど」


 と、ヴェルトは少し目線を上げた。

 バーナード公がヴェルトとジークの方を見る。

 ヴェルトは挙手する。

 

「閣下、私に1つ策が」

「ふむ、言ってみろ」

「はっ、では――」


 ………………


「……ふむ、悪くない。諸将、他に案が無いようだったらこの案を採用するが」

「それでよいと思います」


 と言ったのはサンドブルグ家四男で猛将と言われるエイブラムス・サンドブルグ侯。

 すると彼の言を皮切りに諸将も口々に賛同する。


「よし、ならばヴェルトの案を採用する。皆、準備を」

「「はっ!」」


 ………………


 ――しかし、レーベン勢はそのまま夜が来るまで動かなかった。

 ファブニル兵たちはレーベン勢が様子を伺っているのだろうと安堵した。


 しかし、ここからが作戦である。


 ――まず、主力の部隊は堂々と峠道を進軍、敵の注意がそちらに引き付けられている間にヴェルト始めとした少数の精鋭部隊は夜闇に紛れて峠道から外れた森の中を進み、そして後ろに回り込んで奇襲を仕掛ける。


 なんというかすぐに看破されそうな感じはするが、いざとなれば主力の450弱ほどの戦力で人海作戦を仕掛ければいいだけの話である。


 ………………


 奇襲部隊に選ばれたのは、発案したヴェルトの部隊とジーンの部隊やその他4部隊の計30名程度である。


「全軍、進軍開始!」


 と、ラッパの音と同時にテストゥドの隊列を組んだ兵たちが続々と峠道を登り始める。

 月下の薄明かりの中で、それを目視できたファブニル軍は一斉射を開始する。


「……さて、じゃあ俺たちも行くぞ」


 と、ヴェルトは峠道から外れた森の中へと足を踏み入れ、ジークたちもそれに続く。


 森の中は草木が生い茂り、しかも松明も持てない状況下なので予想以上に悪路である。

 仕方なく、ヴェルトは抜剣して路の邪魔をする草木どもを切る。

 ジークは騎士を志す者として、騎士のくせに騎士の魂ともいえる剣をそんな扱いにするとは、と思ったが、しかしヴェルトの判断は正しい。

 よく分からない草木に足元を取られている時間もないのだ。


 ………………


 さて、ジークたちが中腹ぐらいに差し掛かったころ、同じく主力部隊も中腹部に到達していた。

 正直ジークの策など弄せずともこの調子なら物量作戦で突っ切れそうではあるが、しかし、ここからが厄介である。


 敵はここから先に逆茂木などバリケードを幾つか設置していた。

 勿論、松明はあるので燃やすことはできるが、燃やしている間は進軍は出来ないので集中攻撃の的になりやすい。

 そしてこれがあと3重ぐらいにあるので、なかなかに面倒であることは明白だった。


 ………………


 ――再びこちらはヴェルトたちの方。


 ヴェルトたちのいる森の中にまさか逆茂木があるはずはないので、ヴェルトらは燃える逆茂木の明かりを見つつどんどん森の中を進んでいく。


 そして。ようやく敵本陣が目前に迫った。

 ここに来て、ヴェルトは未だ主力が逆茂木の撤去に手こずっていることを鑑みて、部隊全員を集めた。


「よく聞け。我らは敵の後ろに回り込み、主力と挟み撃ちにするという作戦だったが、この様子だとどうやら俺たちだけでやるしかない。差し当たって、敵の横腹を突くように突っ込む。そして敵の退路を確保しておけ。」

「なんで敵の退路を?」

「よく見ろ。我らは少数で相手は少なくとも我らより沢山いる。ならば、敵の全滅ではなく敵を驚かせて逃げさせた方が効率がいいんだよ」

「なるほど。了解した」

「よし。なら全員配置につけ。一斉に行くぞ」


 と、総数を把握しにくくするため、全員バラバラの位置に移動し、剣を抜いた。


 そして。

 敵兵が弓を一斉射した直後。

 ヴェルトらは草むらから一斉に現れ、近くの敵を一閃した。


「て、敵襲!敵襲だ!」

「うるせえな!」


 と、叫ぶ敵兵を斧槍(ハルバード)で一突きしたのは、昨夜「ジグラト一の槍使い」とヴェルトに豪語していた青年ディアスだった。


 ディアスは斧槍を振り回しつつ敵兵の頭蓋目掛けてそれを振り下ろして斧部で脳天を一閃し、そして敵兵の剣をその部分で引っ掛けて落としたあと槍部でそれを突く。

 なるほど確かにジグラト一の槍使いを豪語するだけはある。


 そして昨夜のもう1人の青年――ウッドヘルム家の末裔のレイモンドも奮闘している。

 彼は猪突猛進のディアスと打って変わり盾と剣を用いた丁寧な剣術である。


 ジーンの部隊はオルギンでも活躍していたと、ヴェルトは聞いていたが、なるほど確かに強い。

 自分の部隊に組み込みたいぐらいである。


 ――と、そんなことをヴェルトが考えているうちに、ファブニル軍の約5分の1ほどは倒した。


 ファブニル軍は自分たちよりもヴェルトたちの方が数が少ないことにも気が付かず錯乱状態に陥る。

 そして、一目散に潰走しはじめた。


 ………………


「くっ、おのれおのれおのれ……!」


 と、馬に乗りながら叫び散らしているのは、ファブニル軍の隊長だったアルヴィンである。


 アルヴィンは混乱のさなかで他の兵士たちが潰走しはじめると統率は不可能と判断して馬に乗ってニブルまで敗走した。


「くそ、おのれおのれおのれ……!」


 ………………


 ――ニブルス峠の頂上で、ヴェルトたちはバーナードに目通りしていた。


「ヴェルト、よくやってくれた」

「はっ、ありがたきお言葉。しかし、バーナード公」

「ん?」

「その、今回の策は私のものではなく――」

「わかっている。横の青年――ジークフリートだったか。」


 と、バーナードがジークの方を見る。

 

「はっ!ジークフリート・カーターにございます!」

「うむ。お主の策、悪くは無かったぞ。」

「はっ、ありがたき幸せ!」

「うむ。――では、皆、夜明けまで休むがよい。夜明けからまた進軍だ」

「「はっ!」」

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