第2節4項 錯綜
――北部遠征の2日前、中部トイル城――
「……ふむ、やはり、兵力がないというのは嘘だったか――」
と、真紅のサーコートを着た若い将軍、セオドアは薄ら笑いを浮かべる。
しかしそれに対して銀朱のサーコートを纏ったセオドアの副官、アントニヌスは少しの怒りの表情を浮かべる。
「ルキウス・サンドブルグ……やはり、信用すべきではなかったのでは」
「いいや、これでよい。どうせ我らも遅かれ早かれ穏健派は一掃せねばならなかったのだ。サンドブルグの手助けがあるだけでも儲け物だ」
「しかし、北部でのレーベンの勢力拡大は――」
「アントニヌス、案ずるな。このトイルにいる部隊だけでもおおよそ300。本国に残してきた兵を含めるともっといる。しかもそれは全て選りすぐりの精鋭部隊たち。北部を奪還しようがしまいが我らの優勢は崩れんさ」
と、セオドアはワインを飲みつつ、その後ろにいる下女の方を向く。
「ゾーイ、今回もご苦労であった。褒美は追って遣わす」
「……」
ゾーイ、と呼ばれた――オルギンに出没していた、朱殷の服を纏い無表情の――女は、ペコリと頭を下げて部屋を退出した。
「――」
その姿を見送るアントニヌスと、セオドアだけが、あの下女の本当の用途を知っている。
周囲はセオドアが片時も離さずに連れているこの女を、密かに妾だとか噂しているが――確かに、あの容貌であれば、身分の問題さえなければ、誰か引き取りたいなどと言う者もいるだろうが――しかし、その真実は全く異なる。
あの女は、セオドアが幼少期から育て上げた子飼いの暗殺者。彼の知る限りジグラト最強の戦士である。
この人物を殺してこい、と命じると、どんな人物の首でも持ってくることができる。
実際、対象の首は必ず持ってきた。
今回はオルギンの偵察を命じたが、その途中で妨害してきたレーベン側の手練れの兵士を3人殺したらしい。
――おそらく、ゾーイという名のあの女ならば、政敵など指示1つですべて殺して見せるはずだが、それで済むならどれだけ楽だろうか、とセオドアは思う。
暗殺など姑息な手を使っては、部下たちは付いてこなくなる。正々堂々と戦で勝負を付けるしか、もはや無いのだ。
「――ふぅ」
――セオドアは、天井を見つめて、嘆息をもらした。
………………
11月1日。北部遠征の3日前。
ジークたちは、再び「武器商通り」を訪れていた。
目的は、防具類の新調である。
と、いうのも、ジークやヴィル、サラなど義勇兵上がりの者たちが使っている防具は大本営の倉庫から引きずり出してきた備品なので、従騎士などという大層な身分の者たちならば自分で武具ぐらい揃えておかねば、という思いがあった。
だから、なけなしの金を揃えて防具を特注し、ジークに至ってはサーコートすらなかったので水色の、オルギンでの戦いで着ていたものと同じ色のものを発注した。
そして、ようやく遠征直前になってそれが完成したというので受け取りに向かっている、ということだった。
向かう先は「サイモン」。
ジークが剣を買った、あの店である。
………………
「サイモン」に着くと、なにやら中は騒々しい感じがした。
客はそれほどいないと言うのに、店員たちは皆忙しそうに駆けずり回っている。
「……?」
不思議に思ったジークは、店員に聞いてみた。
「あの、忙しそうですけど、どうかしたんですか?」
「ああ、その……"団体様"で武器を大量受注する方がおられて、それの納品があるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。忙しいときにすみません」
店員は軽く会釈をして走っていった。
――余談ではあるが、彼らの言っていた"団体様"とは、トイルのセオドアらガイウス騎士団である。
これは、先の停戦条約と同時にルキウスとセオドアが結んだ密約に基づくものである。
そして、ジークたちはこの時点では知る由もないことだが、この武器たちは、後にジークたちを苦しめることにもなる――
………………
さて、そんな忙しない雰囲気漂う「サイモン」だったが、ジークたちにも目的はある。
3人分のチェインメイルと、そしてジークは水色のサーコートもである。
――またしても余談なのだが。
サーコートには、自身の所属を表すためにジグラト王国の紋章「4つの剣」を印さなければならない、という規定があるが、大方の兵たちはそれ以外にも自身の身柄を証明するための「家紋」あるいは何かマークを入れている。
例えばヴェルトであればイェリントン家の信仰している神が持つ武器、「銀の弓矢」を自らの紋章としているし、リドニアはトイル城を建設した先祖の功績から「銀の城壁冠」としているが、いかんせんジークは庶民の出身なのでそういう概念が今までなく、どうしようか迷った。
そして、いろいろな人に話をしたところ、「騎士道」、「栄光」の花言葉を持つトリカブトの花を紋章とすることにした。
ちなみに、ヴィルはハボック家の信仰する戦神モルガンの象徴であるワタリガラスを紋章にしており、そしてジークと同じく庶民出身のサラは、ただ「槍」を紋章にしている。
――ジークたちはそれを受け取ると、喜んで兵舎へと帰っていって、ジークに至っては嬉々としてサーコートをその場で着て、兵舎で方々に自慢して回っていた。
………………
――オルギン郊外、王国騎士団の演習場。
11月4日、第3(午前9)時。
北部遠征のため、レーベン軍の全てはそこに集結していた。
兵数は、正規の兵80と、新たに募集した義勇兵約70、そして貴族の私兵から徴集したもの、約300。
これはファブニルの北部方面軍の総数を凌駕する数、そしてトイルのガイウス主力部隊の数をも上回る数である。
その軍勢に対して、王国騎士団団長、バーナード・ワーグナーは、出征前の演説を行う。
「諸君、まずは今日ここに集ってくれたことに、私は謝意を表したい。」
「――さて、諸君らも知っての通り、ジグラトの歴史上、先住民である我らジグラト人は度々大陸から渡ってきたファブニル人に敗北と征服を強いられてきた。――しかし、ジグラト王朝成立戦争ではそのファブニル人を逆に征服し、抑え込んだ。」
「――そして現代。我らはかの民族に再び苦汁を舐めさせられている。しかし、先のオルギンでの戦ではファブニルを退けた。」
「今、我らはファブニルに征服された領地を奪還しようとしている。諸君らの中には、オルギンでの経験から、ファブニルを恐れる者もいるだろう。」
「――しかし、先人、我らの先祖は成立戦争で見事に彼らを破って見せたではないか。なぜそれを子孫である我らができないだろうか。いや必ずや出来る。」
「諸君、つまりこれはただの戦争ではない。我らジグラト人の優秀性を示すとともに、我々が先人に――現王朝を築き上げた偉大なる先祖たちと並ぶ機会なのである!」
「諸君!偉大なる先人たちと並ぶ名誉を掴む機会だ!一層奮闘し、ファブニル人たちを我らのジグラトから排斥しようではないか!」
いよいよ演習場の兵たちの士気は揚々として鬨の声を上げる。
――第一次ファブニル征伐――
その幕が、今上がろうとしていた。
北部奪還編がここから開始します。
これからもよろしくお願いします。




