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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
15/68

第2節2項 密約(上)


 予算案並びに遠征案は承認された。


 しかし、遠征案と予算だけでは遠征を行うことは実質的には不可能である。

 前項で先述したとおり、北部に遠征中に南のガイウスに背後を突かれてはたまらないので、どうにかしてガイウスと和平ないし停戦をしなければならないのだ。

 無論北部を奪還したあとは中部の旧レーベン領を占領しているガイウスにも攻撃を仕掛けるのだが――


 ………………


 バーナードは、貴族院の建物の応接間に向かっている。

 そのドアの前には衛兵が2名立っていた。

 完全に装備をしてハルバードを持ち、サーコートには「金色の城壁冠」の紋章が刺繍されている。


 ――バーナードは嫌悪感を隠すことなくその衛兵を睨みつけつつ、レイドス卿を伴って部屋の中に入った。


 ………………


 部屋の中には、3人がすでにいた。

 ソファに座っている男が2人、そしてその後ろに剣を提げて立っている女が1人。


「遅かったですね、バーナード公」


 と、ソファに座っている、少し痩せ型の本紫の服を着た中年の男が言うが、それを隣に座る、小太りで至極色の服を纏った男が制止する。


「やめてやれカルロス。公も忙しいのだよ」

「はっ、兄上がそう言われるなら」


 この小太りの男は、貴族家の頂点の誉れ高いサンドブルグ公爵家の当主、ルキウス・サンドブルグである。

 そして、その横の痩せ型の男はルキウスの異母弟のカルロス・サンドブルグ。ルキウスの懐刀である。


 ――バーナードはこの2人はやはり似ても似つかぬ、と毎度思う。

 黒髪で目は細く顔立ち整ったルキウスだが、皮肉屋で、そして女好き。

 小太りで髪は後退し、カルロスに比べ顔立ちは整っていない方であるルキウスだが頭脳は明晰、物怖じしない性格で思ったことをズバズバと言ってしまう。


「失礼、そちらの女性は……?」


 と、ふとバーナードはルキウスらの後ろに立つ女性を見る。

 見れば、服は二人静、金髪の髪はくくってポニーテールにしており、ヘーゼルの瞳を持つ美少女である。


「ああ、これは……」

「フッ、この女性に目をかけるとは、公もお目が高い。しかしこの女性は兄上の大切な御息女のエリー殿。公にはお譲りは出来かねます」


 と、なぜかカルロスが言うと、バーナードは苦笑しつつ、エリーに挨拶する。

 

「ルキウス公の御息女でしたか。これは失礼。私は王国騎士団団長、バーナード・ワーグナー公爵です。」

「いえ、こちらこそ失礼を。私はルキウス・サンドブルグが娘、エリーでございます。以後お見知り置きを」

 

 ――この親からこの子が生まれるとはなんと意外な――と、バーナードは思いつつ、軽く双方は挨拶をして、ルキウスとバーナードは本題に移る。


「……それで、話とは何だ、バーナード」

「はっ、単刀直入に言うと――トイル城に、赴いて頂きたいのです」


 なんと、とカルロスが立ち上がる。


「バーナード公、何を言っておるのだ。トイルといえば今数百騎のガイウス兵が駐屯している城塞。そこに兄上を行かせるなど、正気の沙汰とは思えん」

「……分かっています」

 

 しかし、とバーナードは続ける。


「我らが北へ遠征するにも、南のガイウスと結ばなければ安全は確保できません。これは王国のために必要なことなのです」

「だが、わざわざ兄上に行ってもらわずとも、公ないし公の部下にでも赴かせればよいのではないか?」

「いえ、ガイウスの最高司令官であるセオドアはなかなかに曲者。必ずこちらを陥れてきます。しかし、ルキウス公であれば話は別。サンドブルグの血を引く貴族はガイウスに少なからずいます。もし公を陥れるということになれば、彼は地盤を失い失脚しかねない。つまり、この任務は公にしかできないのです」


 ふむ、とルキウスは顎に手を当てて思案する。

 

 セオドア・ブラックモア――

 ルキウスも噂は聞いたことがある。数多のライバルを(はかりごと)を以て蹴落とし、歴代最年少でガイウス騎士団団長兼ガイウス軍総司令になったという男。

 騎士らしくなく謀略を好み、梟雄とまで呼ばれる男である。


「兄上、あまりにも危険です。捕らえられる可能性も大いにあります」

「――ならばルキウス公、もしも全てが終わり、ジグラトを再統一できた暁には、貴公を大公にして差し上げよう。いまだ歴代サンドブルグの当主、いやジグラトの貴族の誰もがなったことのない爵位でしょう」


 ――大公、或いは大公爵――

 一般に最も位の高い公爵よりも高位の、通常では封じられることのない特殊な爵位である。

 主に王族やとにかく多大な功績を残した者しかなることが出来ず、未だ前例がない。


 そして、ルキウスは名誉に拘る男である。

 サンドブルグ家はジグラトのほぼ全てを持つ最大最強の貴族。しかし、だからこそルキウスは歴代当主の誰もなし得たことのない名誉が欲しいのだ。


「――兄上!」


 カルロスの呼びかけに応じず、ルキウスはバーナードを見る。


「――バーナード、その約定、違えるなよ」

「わかっております」


 その日のうちに、サンドブルグ一行は中部トイル城へと向かった――


 ………………


 馬車で行くことおおよそ2日と半日。

 一行はようやくジグラト屈指の城塞、トイル城に辿り着いた。


 ――トイル城――


 トイルは、中部の要衝に位置する城塞である。


 トイルから西へはロードス盆地を通りファブニル地方、北へはオルギン、南はガイウスへと通じるという地理的要因から、幾度となく戦地となっており、古代より城市が築かれていた。

 

 それが現在の形になったのは成立戦争中期。増築したのはジグラト王国(当時はガイウス王国)の将軍、レイブンウッド伯。彼は戦での経験から、とにかく堅固な要塞を築き上げ、そして驚くべきことにこの城は200年前に築かれたものでありながら、現在でもその堅固さは健在であった。


 ちなみに、レイブンウッド伯は戦後は北部ニブルの地と「ニブルス」の姓を賜わり、以後ニブルを拠点としたニブルス氏として繁栄することになる。

 ――つまり、レイブンウッド伯はリドニアの先祖である。

 

 開戦以前、ガイウスやファブニルはレーベン政権を滅ぼそうとするのに際し、この要塞をどうやって攻め落とすかと思案していた。

 

 しかし、緒戦の混乱の最中、ガイウスの北進に怖気づいた守備兵たちはなんとこの要塞を無血開城してしまい、それからガイウスの駐屯地となっていた――


 ――「オールト叙事詩」ジグラト地理誌より――


 ………………


 その城塞の城門前に立ったサンドブルグ一行は、もちろん見張りの兵に止められる。


「止まれ!お前たちは何者か!」


 すると、カルロスが声高に名乗りを上げる。


「我こそはサンドブルグ公爵家当主ルキウス様の弟、カルロスである!そしてこちらにおわすはその当主、ルキウス様であるぞ!ガイウス騎士団団長、セオドア卿に取り次ぎ願いたい!」


 すると、見張りどもは慌てふためき、城の中へと走っていった。


「……本当に大丈夫ですかね、兄上。これで僕たちを捕縛して身代金を要求――とかないとは言えませんが……」

「……セオドアに、恥も外聞も無ければそうするだろうな」


 と、心配するカルロスを見て、同行していた美少女、ルキウスの娘のエリーが、それを嘲る。


「叔父上、ここまで来たのに何を心配なさっているのですか?叔父上も老いましたわね」

「フフ、エリーちゃん、僕は兄上や君を心配してるのに、その言い草は酷いなぁ。」

「あら、酷いのは叔父上の女遊びではなくて?王宮や後宮に行くと嫌でも耳にしますわよ」

「アハハ、手厳しいな」


 などと言っていると、1人の男がやってきた。

 見れば、銀朱のサーコートの、白髪混じりの茶髪に大きな髭の威厳のある男である。


「よくぞ参られた、ルキウス公。私はガイウス騎士団副長、アントニヌス・バーナム。さあ、我が主がお待ちだ。こちらへ」


 と、アントニヌスの後ろを、3名とその従者らが進む。


 ………………


 トイル城は、美しい城塞であることでも有名である。

 城壁をはじめ城内も白の花崗岩を使っているため、全体的に白く見える。


 さて、そんな白亜の廊下を進み、一行は広間に通された。

 テーブルは横長、椅子が上座下座にそれぞれ3つずつ置いてあり、ルキウスらは下座に案内された。

 ルキウスははじめ下座に座らされたことに酷く立腹したが、カルロスに宥められ、冷静になった。


 ――少しして、ドアが開いた。

 そして、三十代ぐらいに見える男が入ってきた。

 その男は、黒髪にグレーの瞳、鼻筋が整った顔で、そして真紅のサーコートを着ていた。

 そしてその後ろに続く形でアントニヌス、あともう1人側近とみられる将軍らしき男、そして朱殷の色の服を着た下女も入ってきた――

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