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極夜物語  作者: 昆布
第2節 北
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第2節1項 始動


 ――オルギン会戦から2週間――


 オルギンでの敗戦を経てニブルス高原に後退したファブニル軍は、オルギンへの進出は慎重な姿勢になった一方で、中部――ガイウスと国境を接するロードス盆地にも兵を進出させ、ガイウスを警戒する姿勢を見せた。


 一方、そのガイウスは一時オルギンの目前まで進軍してきたものの、現在は中部トイル城に引き返し事態を静観しつつ、ロードス盆地やオルギンへの進出を虎視眈々と狙っている。


 そして、レーベン政権は、オルギンで勝利を収めたものの、対外遠征を打って出るには兵力が足りなかったため、今はひたすら人員の補充などに力を注いでいた――


 オルギンで敗北したとはいえ、北部での戦争の主導権は未だファブニル側にあり、レーベン勢はとにかく迅速な反攻作戦の決行に迫られていた。


 ………………


 ――オルギン、王国騎士団大本営――


 その大広間に、義勇兵として先の会戦に参加した約20名が呼ばれていた。


「全員いるな?」


 と、レイドス卿が確認を取り、ヴェルトがコクリと頷くと、レイドスはその奥にいたバーナードに目配せする。


 今、まさに論功行賞の最中であった。

 義勇兵として参加していた約20名は騎士の一つ下の位、従騎士の称号を与えられた。

 

 騎士への叙任は王が直接行うものの、従騎士までは武家の棟梁たるワーグナー公爵家が独断で行っても良い、ということになっている(本来は兵府の長官の権限だが、ワーグナー家が世襲で兵府長官になっているため実質ワーグナー家の特権と言える)。


 ――ジグラトの身分階級は複雑である。

 例えば平民の中では上から順に商人、手工業者(近年は長く続く戦乱の影響で特に鍛冶職人の地位が向上しつつあるが)、そして農民。

 

 平民の上に騎士、貴族、そして王族という特権階級がおり、従騎士は言うなれば「騎士見習い」と言った感じである。

 

 貴族は、一見しては格差はないものの、超名門のサンドブルグ家やグッゲンハイム家が要職を独占しており、北部ノーザンブルグのウッドヘルム家などの没落し、今は平民同然の生活を送る貴族もいる。

 まさに、「上品に寒門なく、下品に勢族なし」といった形相を呈している。


 ………………


 その日からのジークはやけに機嫌がよい。

 無論である。

 幼い時からの夢を半ば叶えたようなものだからである。

 

 従騎士は、いずれは騎士に昇進することが半ば確定しているような身分である。

 つまり(この先うまく生き延びられれば)、騎士になることはほぼ確定なのである。


 同じように従騎士になったヴィルやサラも、心なしか気分は良いように見える。


 と、ふと大本営から兵舎に向かうまでの渡り廊下を行く途中で、外を見た。

 馬に乗って、丘から下りていくバーナード公とレイドス卿、その他側近たちが見えた。


 ………………


 バーナード公爵――ジークらは未だその風貌について知らなかったが、ここで彼の風貌、そして半生について少し触れる。

 

 ――バーナード・ワーグナー。

 彼は武家の棟梁、ワーグナー家の長男としてオルギンで生まれ、以降着実と出世街道を進む。

 しかし、彼はなにも親の七光りだったというわけではない。186年に発生したラズ紛争では、総大将としてラズに赴き、ファブニル軍を打ち破っている。

 現在は父と世代交代して王国騎士団団長と兵部の長官を兼ねている。

 

 その風貌は黒髪にやや四角ばった顔、やや日焼けしていて、髭は当時の高貴な人物にしては珍しくしっかりと剃っているらしく、目は猛禽類のように鋭い。

 そして派手好きで、黄金の甲冑を好んで装着しており、紅色のサーコートを着る。


 ――そんな派手好きな将軍は今日も今日とて紅色のサーコートを着て、しかし大真面目な顔をして行くので、ジークは怪訝に思うのだった。


 ………………


 ――バーナード公は、オルギンから王都レーベンに向かっていた。


 それは、とある重大な任務を開始するためであった。


 バーナード一行は、約8時間かけて王都に到達し、そして休憩の間もなく王宮内、貴族院に赴く。


 ――貴族院。

 後世においては元老院とも言う。


 その名の通り、貴族――それも地位のそれなりに高い――のみが議員になることができる機関であり、旧くはただの諮問機関であったが、王の力が衰えた現在、貴族院の力は王を遥かに凌駕するほどであった。


 その機関に、武家の棟梁たるバーナードが赴く。

 目的は、主に2つ。


 1つは、これから始動させる予定のファブニル・ガイウス両軍に対する反攻作戦を行うための予算の承認。

 いくら兵部というある程度独立した権限を持つ組織でも、国庫よりの予算がなければ兵站さえ(兵站が最も重要なのだが)ままならない。

 

 そして、もう1つは、ガイウスにコネクションのある貴族に、ガイウスとの停戦条約を結んでもらうということである。

 ――先にも述べた通り、反攻作戦はファブニル・ガイウス双方に対して行う。

 しかし、はなから乏しい戦力であるというのに、二国に同時に攻撃を仕掛けるのは無謀。

 そのため、まずはファブニルの征伐を先に行い、ファブニルを倒した後にガイウスを倒す。

 そしてファブニルへの遠征時、ガイウスに後ろを突かれないようにするために停戦が必要なのだ。


 この仕事を為してくれそうな貴族には、大方当たりは付けているので、2番目はそこまで危惧すべき内容では無いのだが――


 バーナードは壇上に上る。

 彼は今から予算承認のために演説を行うのだ。

 彼の視界には一面貴族院の議員たちが映る。しかし、その中には少なからず空席も見当たる。

 緒戦の混乱の中で、戦死したものも少なくは無かった。


「……」

 

 バーナードは瞳を閉じて深呼吸したあと、目を開く。


「まず、諸君には、手元の資料を見ていただきたい」


 手元の資料には、ジグラトの地図、そしてそれが細やかに分割された図があった。


「――これは、先のラズ紛争以前の諸侯の領地です。我らジグラト王国はこの島の優に6割の領土を保有し、その大半が貴族・武家の所有地でした」

「しかし、現在我らが持ちうる領土はジグラト本島の1割にも満たない。これは荘園が広かった者であればあるほど大きな打撃でしょう」


 レーベン政権では、貴族などの荘園の保有は認めるものの、その土地の広さに応じて税を払わなければならないという法がある。

 今年はなんとかファブニルの侵攻前に年貢を支払ったため損害は免れたが、来年はどうなることか分からない。

 しかも、荘園の広さの点検は毎年行うのではなく、数年に一度行うというシステムであるため、一昨年の荘園の広さを基準に税を払う、ということになった場合、貴族らの打撃は計り知れない。それどころか、有力貴族ですら経済破綻する可能性すら十二分にある。


「そこで、我々はまず"旧領奪還"を目標に、第一次遠征を北部ニブルス高原からノーザンブルグまで、第二次遠征を中部トイルないしロードス盆地への到達を目標にして敢行。領土を奪還した暁には貴族たちに旧領を返還します」


 概要は、きわめて貴族に有利なものであった。

 再来年までに旧領のその全てを奪還し、元の所有者に再分配する。

 そして、その先にあるもの――つまりは、ジグラトの再統一――の暁には、貴族らにその分の土地も分配する。

 

 しかし、これについては条件付きで、「戦地で活躍した者に優先する」というものであった。

 一般に、貴族が戦場に出てくることはないが、貴族は未だに多くの私兵を持っている。

 その総数は計測できないものの、私兵の全てが投じられれば、レーベン勢の戦力はファブニルの北部方面軍を凌駕するほどであると言われている。


 つまり、バーナードは不足する戦力を、貴族から徴集しようという算段であった。


 ――余談だが。

 ジグラトでの戦争は遥か東のオルビス大陸でのそれに比べて兵力や規模が小さい。

 大陸では少なくとも数千人規模での戦争をするのに対して、ジグラトでは数百人程度での戦争が繰り広げられる。


 これは偏にジグラトの総人口が少ないという理由と、もう一つ、騎士という特権階級のみが戦争に参加するという不文律、暗黙の了解が存在するからである。

 

 ――この時代のジグラトの総人口は、約150万人程度だとされている。

 それに、ジグラト最大規模の都市、レーベンでさえ10万人余ほどしか住民がいないのだから、相対的に当然騎士などの特権階級は少なくなる。


 その上騎士以外を戦力と認めないなどという奇妙な騎士の精神が、結果として戦争の小規模化を招いていたのである。


 ………………


 ――さて、バーナードが概要を説明したあと、「もし失敗したらどう責任を取るのか」と質問があった。


 しかし、バーナードは鋭い目つきで


「もしそのようなことがあれば、すでに我が首は敵の手中でありましょう」


 と答える。


 バーナードは、やはり金しか出すものもないくせに肝心なところで出し渋る貴族という存在が嫌いである。


 明らかにこの遠征が失敗すれば――いや、このまま何もせずじっとしているだけでも――国は滅ぶのだから、責任もなにもない、賛同しない理由など何処にもないと思っている。


 ――バーナードの半ば強引で鬼気迫るような雰囲気に呑まれ、議決では過半数の賛成が下り、少なくとも第一次(北部奪還)遠征、第二次(中部奪還)遠征までの決行は確定した。

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