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極夜物語  作者: 昆布
第1節 開戦
11/68

第1節9項 オルギン会戦(上)


「……ク、ジ…ク……」


 微睡みの中にいるジークフリート・カーターを、誰かが呼ぶ。

 が、彼の意識は未だ覚醒しない。


「ん……?」

「ジーク!寝てる場合か!起きろ!敵がもう来るぞ!」


 ――ジークは、即座に跳ね起きた。


 二段ベッドの梯子から、ヴェルトが顔を覗かせていた。

 見れば、他の4名は既にチェインメイルを着込み、各々のサーコートを羽織って、腰には剣を佩いて武装している。


「……すみません」

「いや、謝罪はもういい。まだしばしの猶予はある。早く支度しろ」

「はい……」


 窓から外を見るが、山際がやや明く、陽の代わりに部屋の燭台のみが仄明るく部屋を照らしていた。


 ………………


 ――王国歴203年10月4日、明朝――


 ついに、ファブニル軍約250余が、オルギンの街入口からおよそ0.7マイル(約1キロメートル)の位置に着陣した。


 ジークたちも大本営のある城丘からその光景を目にした。

 ――ファブニル軍はサーコートの色を赤色で統一しているので、赤備えの集団がぴっちりと隊列を組んでいる威圧感ある光景に、レーベン兵らは戦慄した。


 ………………


 一方でこちらは城丘を下る道。


 ヴェルトらは王国騎士団団長、バーナード公爵とその副官のレイドス卿を見送っていた。

 以前の軍議で決定した、乾坤一擲の作戦を行うためである。


「……そちらは頼んだぞ、ヴェルト」

「はっ。お任せあれ」


 と、軽く会話を交わして、バーナードは黄金色の鎧を煌めかせながら丘を下りる。

 

 ――作戦をもう一度説明しておくと、ファブニル軍は市街地に突入した後、要塞としての役割を持つ城丘をまず無力化しようと試みる。

 これは誤算などあり得ない、至極当然のことである。

 どこの、どの時代の戦においても、敵性勢力を一掃していない状況下で街を掠奪する軍などいない。


 しかし、城丘はこの時のために要塞化を行っているので、少なくとも何回かに渡る「波」は凌げるだろうと予想する。


 そして、数回に渡り攻勢を仕掛け疲弊したファブニル軍を、市街地に潜伏していたバーナードやレイドスの軍勢が奇襲する。


 よもや後ろから攻撃されるなど想定外であろうファブニル軍は大損害を被るが、前は城丘、後ろはバーナードたちの伏兵であり逃げられるところはない。


 ――そして、敵を殲滅させる、というのが今作戦である。


 ――正直言って、ヴェルトはこの作戦に一抹どころではない、十抹ぐらいの不安があった。

 理由は、あまりにも兵士たちの能力を鑑みていないからである。

 

 ――ヴェルトは、伍長である。

 前線で部下たちと共に戦うというのが仕事である。


 仕事柄、先日のジークたちとの模擬戦のように他の兵士たちとも手合わせする機会もある。

 しかし、お世辞にも質が高いとは言えないのだ。


 ヴェルトやサラのような人間は特異点である。

 しかし――申し訳ないが――ジークやリドニア、その他諸々はやはり志願してやって来た義勇兵だから、正規の騎士に比べると質は低い。


 そんな彼らが、果たして戦力差がおよそ3倍以上あるであろうファブニル軍とまともに渡り合えるだろうか――?


 ――断言しよう。これは下策である。

 しかし、これ以上に上策もない。

 だから、この作戦が成功するように、いや成功させなければならないのだ。

 自分のためでも国のためでもない。

 自分を信じてくれた部下達のために――


 ………………


 ――第3(午前9)時。


 ファブニル軍約200が、オルギン市街に突入した。


 オルギンという街は、当時のあらゆる都市と異なり、城壁が存在しないため、あっさりと進入することができる。


 当初の予想どおり、ファブニル兵たちはそこらの民家に目もくれずにひたすら市街地中心部の城丘を目指す。


 そして、突入から二十分後。

 ファブニル軍は城丘麓に到着した。


「統一戦争」最初の激戦、"オルギン会戦"の火蓋が切られようとしていた――


 ………………


 ――話の腰を折るようだが。


「城丘」については、以前その外見を述べたが、今一度城丘について詳しく説明しよう。


 城丘は、およそ青銅器時代――オルギンの街の成立時――から、そこにあった、天然の丘である。


 標高は約30メートル。

 かつてはこの丘に登るルートは幾つもあったものの、レーベン遷都に伴って最終防衛地点としての役割を果たすため要塞化が進められ、丘の斜面には石垣が施され、登るルートは1つのみとなった。


 ――そもそも要塞化したいのならまず街の外周に壁と濠を作れ――とは、ヴェルト・イェリントンの独白であるが、それは事実であろう。


 何はともあれ、この丘を死守できるのかどうかが、戦いの勝敗を分かつ。


 その念を持って、ジークはじめ城丘に配置されたレーベン勢の兵士50名は麓の赤備えと対峙した。


 ………………


 現場指揮は、バーナード公の側近となるに最も近しいと言われている、トイルのヴェルト・イェリントン伍長である。


「よし!盾兵は前面に、その後ろに槍兵が整列!まずは槍兵の投擲で体勢を崩したところを城壁の上の弓兵が斉射だ!敵が接近してきたら盾兵は突撃、白兵戦に移る!」

「「はっ!」」


 と、テキパキと指示を出すヴェルトを横目に、ジークとリドニアは呟く。


「……伍長って、ほんとに凄い人だったんだな」

「だからそう言ってるじゃん……」

「いや、なんとなく実感が湧かなくて」

「まあ、わからないではないけど……」


 ………………


 ――ファブニル軍はテストゥドの隊列で前進してきた。

 それを見て、ヴェルトは思わずチッ、と舌打ちが出る。

 テストゥドは、無数の盾で前面と上面を保護することができ、そして投槍を始めとした飛び道具がまったく無効化されてしまう戦術なのである。


「ええい、長槍だ!長槍を持ってこい!」


 と、槍兵は揃って投擲用の槍ではなく長めの槍に持ち替える。


「まず槍で叩け。そして多少でも動揺したら盾兵が突撃して、すぐさま白兵戦に移る。皆、頼んだぞ」

「「はっ!」」


 ………………


 ――敵が槍の射程圏内に入る。


「よし!攻撃開始!」


 と、垂直に掲げられた長槍は、そのまま敵の掲げた盾に直撃した。

 敵は思わぬ重量によろける。


 おそらく重力などを加算してみると、あの打撃の衝撃は数トンほどするであろう。


「よし、盾兵、突撃!」


 と、盾兵は敵がよろけたその数瞬を狙って突撃。

 敵は大いによろけ、中には吹き飛ぶ者もいる。


 盾兵たちは盾を捨てて剣を抜き、よろけた敵を斬りつけていく。

 ジークたちも剣を抜いてそれに従った。


 ――テストゥドは、密集して盾に保護してもらうというその性質上、剣を抜いての移動は危険が伴うので、白兵戦に弱い。

 そんな中に突入したジークは、1人の敵兵と対峙する格好になった。


 周囲でも戦闘が繰り広げられていて、様々な声が響き渡っているはずなのに、この2人の間には静寂のみがあった。


 ――お互いに剣を構える。

 慎重に、間合いを詰める。


 先に仕掛けたのは敵兵の方だった。

 剣を大きく振りかぶって一閃するが、ジークはひらりとそれをかわし、反撃に剣で突くがそれは受けられてしまう。

 鍔迫り合いになる。

 ジークは、相手の顔を見ることができなかった。見たくなかった。


 ジークは相手に蹴りを入れて体勢が崩れたところを攻撃するが剣で受けられ、距離を取って左脇に剣を構える。


 相手も構え直し、お互いに再び飛び込む。

 左下から剣を斬り上げる。

 相手はそれを後ろに飛び退いて躱そうとしたが、しかしこれが悪手だった。

 ――ジークは相手の喉目掛けて突いた。

 しかし剣で受けられる。

 剣は右に逸れる。

 が、右から相手の剣を払って手首を返し、左から相手の首を斬った――


 ………………


 ――あっけないものだった。


 ジークは初めて人を殺した。

 意外と返り血を浴びることはないし、意外と人の頚椎は硬かった。


 ジークは相手の死体を見下ろしながら肩で息をしていた。

 敵兵を1人倒せたという昂奮と、人を1人殺したというおぞましさとが混在している。


 周囲の剣戟の音が、ようやくジークの耳に戻ってきた――


 ジークは、首級(しるし)を提げては戦えないな、と冷静に考えはじめた――

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