追放
「追放、ですか……?」
「……すまない、多数決で決まったんだ」
ここは、酒場の一角。
昼過ぎではあるが、賑わっており、周囲では、酒を飲み交わしている人も少なくない。
呼び出され、席に座った俺は、追放と言われ言葉に詰まる。
申し訳無さそうに、頭を下げる体格の良い男性。
アミカさんは、ギルドパーティー、オルサフォルムの団長だ。
職業【重戦士】であり、椅子の背に掛け置いてある大盾からも、風格を感じさせる。
「大体ね、アンタが使えないからいけないのよ! 【従魔士】なんて大層な職業のくせに、一体もテイム出来ないってなんなの? なめてる?」
そう言って、両腕を組みながら睨んできたのは【魔法使い】のハディットさん。
つり目が特徴的な女性で、怒っていても一部冒険者からは、とても人気がある。
今は帽子を取っているが、典型的な魔法使いの装備をしている。
黒のローブを羽織い、その色味とは対称的な、短めの金色の髪が輝いており、周囲の視線を集めている。
俺が言い返せないで黙っていると、気をよくしたのか鼻で嗤ってくる。
「ハハハ! 言われたな、カイルよ……まぁ、テイム出来たとしても、強さは変わらんだろう。このメンバーで、最弱だ」
愉快そうに笑っているのは、【戦士】のベラートさん。
人を強いか弱いかで判断する、極端な思考の持ち主だ。
一度、アミカさんに戦いを挑み、敗れてから、このギルドへ加入している。
強い者には敬意を払い、弱い者には見向きもしない。
ベラートさんは、俺を一瞥しただけですぐに、ハディットさんとの会話に戻った。
その様子を、柱へ寄りかかりながら、職業【斥候】であるニスイさんが眺めていた。
スカーフで、顔を下半分隠しており、表情を読み取ることは出来ない。
この人は無口で、基本的に喋らない。
何度か俺から話し掛けてみたが、全て無視された。どうなってるんだ。
皆落ち着いてくれ、とアミカさんが宥める。
この性格に難があるパーティーを纏めるのは、本当にすごいと思う。
ハディットさん、ベラートさんが、渋々といった様子で静かになってから、アミカさんは話を続ける。
「個々での意見は色々あるんだが、大きな理由として、そろそろダンジョン捜索を再開したくてな」
「そう、ですか……」
--この世界には、東西南北それぞれにダンジョンがある。
中央に位置するここ、中央都市セバンタートにもダンジョンがあり、確認されている数は、計五つ。内、四つは未踏破である。
セバンタートのダンジョンのみ踏破済みであり、冒険者ギルドによって、厳しく管理されている。
規定により、E級以上の冒険者が立ち入りできるようになっている。
俺のランクは最低のF。
俺のせいで、ダンジョンに入れないから追放する。分かりやすく言えば、こういうことだろう。
アミカさんに思うところはない。それどころか、モンスターに止めを刺さず、弱った状態で俺にテイムしやすいよう、何度もその場を作ってくれた。
戦闘では、特に自制が利かなくなるベラートさんが、モンスターに止めを刺そうとするのを必死になって止めてくれたりもした。
――結果だけいえば、テイムは一体も出来なかった。
それでも、アミカさんには感謝しかない。
「すまない。モンスターを一体でもテイム出来れば、状況も変わると思って色々と当たってみたんだが……」
冒険者ギルドの職業文献には、【従魔士】は、俺を含めてニ人しか確認されておらず、一人は既に亡くなられているそう。
その為、どの条件でモンスターが仲間になるか分からない。
ちなみに、弱らせてテイムする方法は、【魔物使い】が、モンスターをテイムする時に必要な条件だ。
恐らく上級職だと思われる【従魔士】も、同じ方法かと期待したけど、この有り様だ。
アミカさんは、他にも知人に聞いたりしてくれたそうだが、全て空振りに終わってしまったらしい。
「いえ、そこまでしてくれて……ありがとうございます」
そう言って、頭を下げる。
アミカさんも、眉尻を下げ申し訳無さそうにしていたが、やがて居住まいを正し、俺に告げる。
「そういう訳だ、カイル。また、縁があればよろしく頼む」
アミカさんは、手に持った小袋を差し出してくる。受け取ると、しっかりとした重みを感じる。
餞別だ、と言われて袋を開けると、数日は気兼ねなく過ごせるお金が入っていた。
餞別なんて勿体無い、こっちに寄越せと二人は言っていたが、そんなことはお構い無く、しまっとけと手振りを見せる。
最後までいい人だなと思いながら、ふと、気になることを聞いてみた。
「ちなみにアミカさん。多数決でって言ったじゃないですか。同数だった場合はどうしたんです?」
それを聞いたアミカさんが、ばつが悪そうに椅子から立ち上がり、近付いてきて耳元で、俺だけに聞こえる声で言う。
「……本当は、ダンジョン探索を再開するのは、カイルがE級になってからでも良いと思ってた。同数の時は、カイルの意見を尊重するつもりだったんだが……賛成は俺の一票。どうにもならなかった。俺の浅慮だ、スマン」
聞かなきゃ良かったと後悔した。
かつてのメンバーに会釈をし、袋を握りしめ酒場を後にする。
俺が去った場所では、新たな門出にー! と、乾杯の音頭を取るハディットさんの元気一杯な声が響いた。