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聖女と世界一かっこいいゴリラ  作者: 毒アリクイ先生
2/17

【2】

 御世話係の老修道女マーヤ・ヤーマに連れられて――


 私とローランドは、大聖堂の地下へと降りていった。



「聖女猊下、この地下の隠し通路を使ってお逃げください。城壁の外まで続いております」


「修道女マーヤ・ヤーマ、あなたはどうするのです?」


「大聖堂に残って、他の尼僧たちと共に戦います。時間をかせげば、その分、あなた様を遠くに逃がせようというもの」


「そんな!」


「ローランド様、どうか|聖女{ウー}猊下をお護りください。

 それと――あなたご自身にもル・ウースのご加護がありますよう」


 その祈りの言葉に、傭兵ローランドはマーヤ・ヤーマの手を取ると、


「感謝する、美しき|修道女{ひと}よ」


 と、皺だらけの手の甲に口づけをした。

 老修道女は、また頬を赤らめていた。


「では聖女さま、私について来たまえ。

 美しきマーヤ・ヤーマ女史に誓ったのだ。きみを無事に脱出させると」


 老修道女マーヤ・ヤーマは、真っ赤になりすぎて卒倒しそうになっていた。



◆          ◆          ◆



「遅れず、ついてくるのだよ」


「ええ、わかっています……」


(このひと、声はかっこいいのよね……。

 姿は|あれ{・・}だけど)


 私と傭兵ローランドは、隠し通路を歩く。

 真っ暗な中、たよりないランタンの灯りだけが半径1キョリーのみを淡く照らしてた。


 そんな、ほとんど闇の中でさえ――


(……やっぱり、このひとゴリラよね?)


 護衛の傭兵であるローランドが人間でなくゴリラであることは一目瞭然だった。

 比喩でなく。


 だって、私の目の前を進む、黒い毛むくじゃらの背中と、筋肉のかたまりのようなたくましいお尻。

 人間のものじゃありえない。


 つまりは学名ゴリラゴリラあるいはゴリラゴリラゴリラ。


 ジャングルの奥地に住む大型の類人猿。

 強靭な肉体と高度な知性を持つが、性質は極めて温厚。

 そのため『森の賢者』と呼ばれることもある。


 ……以上、うろおぼえのゴリラ知識だ。


 もし人間だとしたら逆に問題だ。

 このひと、身に着けているものといえば、肩からななめに掛けた長剣と、背中に背負った物入れ用の皮袋――ただそれだけだった。


 ゴリラじゃなかったら、ただの全裸男性だ。

 マーヤ・ヤーマが頬を赤らめる意味も違ってしまう。


「聖女さま、足元に気をつけたまえ。木の根だらけだ。足を取られるぞ」


「ええ、どうも……。ありがとうございます」


「ほら、手をつないで」


 ローランドは私が転ばないように、手を取ってくれた。


 まるで舞踏会でエスコートしてくれるかのように。


 紳士だ。さすが森の賢者。


 だが、その手のひらは宴会用の大皿ほども広く、指のいっぽんいっぽんが赤ん坊の手首ほども太い。

 あらためて人間のものではないと認識させられた。


(さわっても、やっぱり太い……。

 ということは幻覚なんかじゃなく本当にゴリラなんだ)



「どうしたのかね、私の手をずっと見つめて。

 傭兵の指が珍しいかね?」


「いえ、傭兵の指も珍しいですが……」



 問題は、職業じゃない。


 私は思い切って訊ねてみた。



「あの、|不躾{ぶしつけ}な質問かもしれませんが……」


「何かね?」


「ローランドさんってゴリラですよね?」



 自分で『不躾な質問』と言っておいてなんだけど、これほど不躾な質問も珍しい。


 この私の質問に、傭兵ローランド氏は、


「ほう?」


 と答えた。


「私をゴリラと思うかね?」


「ええ、まあ……。どう見てもゴリラですし」


 ほかに、どう見えると?


「そうだな、聖女さま。いかにも私はゴリラだ。

 だが、皆、ゴリラの存在を知らないため、私のことを『こういう姿のひと』だと勝手に納得してくれる。

 特に、あの美しき修道女マーヤ・ヤーマ女史などは人種で差別をしない理知的な女性であったため、私を疑問なく受け入れてくれた」


 やっぱりゴリラだった!

 そしてマーヤ・ヤーマ、少しは偏見と疑問を持て!


「あらためて自己紹介させてもらうとしよう。

 我が名はローランド。

 誇り高き我が種族の名はゴリラ(学名:ゴリラゴリラゴリラ)。

 ――遥かなる異世界“地球”から来た」


「地球!? 地球のゴリラなのですか? 異世界ゴリラ!?」


「当然だ。

 あらゆる|多元世界{マルチバース}の中で、我が種ゴリラが存在する世界は、ただひとつ地球のみ」


「そうなのですか?」


「そうだ。

 だが、そうなると問題はきみだ。

 なぜ、きみはゴリラを知っている?

 あらゆる|多元世界{マルチバース}の中で、我が種ゴリラが存在する世界は、ただひとつ地球のみだというのに」


 しまった。


 私はうかつにも、今までずっと隠してきたことを、このゴリラに知られてしまった。


 この私の正体を。


「私は、その……」


「当ててみよう。答えはひとつだ。

 ――君も地球から来た人間なのだろう?」



 ……正解だ。


 私はふたつ前の前世が、異世界“地球”の人間だった。



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