【17】
私――エウァンシェリルが、ローランドの背中で夜空を見上げていると、
「……あらっ? ねえローランド、あれはなんでしょう?」
「どれだね?」
「空です! なにか白くてふわふわするものが、空を飛んで追ってきます!」
月や星に照らされながら、それはふわふわひらひらと飛んできた。
農村の方から、あんなにふわふわとしているのに驚くほどの速度でだ。
(あの形、もしかして――?)
よく見ると、それは見覚えのある形をしていた。
飛んできたのは、なんと――。
「あれって、私のドレスです!
宿代がわりにしたドレスが飛んで追ってきています!!」
「……どうやら、そのようだな」
あの例の聖女の式典用ドレスだったのだ。
風に飛ばされてきたのだろうか?
一瞬、そう思ったが、どうやら違っていたらしい。
なぜって、飛んできたのは純白のドレスと紋章入りのケープだけでなく、
黄金でできた冠や、かかとの高い靴といった、重くて飛ばないようなものまでいっしょであったのだから。
「あれは、どういうことなのでしょうか?」
「わからんな。
だが、これは憶測だが――きみに着られたくて、追ってきたのではないのかね?」
どうやらローランドが正解らしい。
ドレスはひらひらと私たちのすぐそばまで来ると――
私の着ていた奥さんのお古の服を無理やり脱がそうとするのだ!
服が。勝手に動いて。
ドレスの長手袋の指で、留めてあるボタンや紐をほどいて。
なんというなめらかな動きだ。
まるで生き物。
たとえば透明な人間がこのドレスを着ていたとしても、これほどなめらかには動けまい。
「ちょっと!
なにをするのです! おやめなさい!」
だがドレスは言うことを聞かず、私を下着姿にすると、今度は無理やり自分を着させるのだ。
「ローランド、助けてください!」
「う、うむ、わかったとも。だが――」
もう遅い。
助けを求めたときには、すでに私は式典ドレスに着替えさせられ終わっていた。
ご丁寧に、冠と靴まで。
――それも、今まではっきり述べるのを避けていたが、私は今、ローランドの背中の上にいた。
私は彼の背中で着替えさせられたのだ。
下着がドレスとセットのものでよかった。
そうでなかったら下着まで着替えさせられていたに違いない。
「これは、やはり魔法なのかね?」
「魔法でしょうね。教会の“秘蹟”。
にせもの金貨と同じで、『ゴーレムの法』の応用です」
だとすれば、にせ金貨と同様、老修道女マーヤ・ヤーマの仕業だろうか。
『私を囮にするために、絶対にこの目立つドレスのままでさせる』という強い意思が感じられた。
あのばばあ、性格悪い。陰湿だ。
「エウァ、どうするかね?
むりやりドレスを破くこともできるが」
「いえ……」
ただの服とはいえ、こうして命がある(ように見えるもの)を殺すのは気が引ける。
それに、このドレス、私から奥さんのお古の服を脱がす際、破らないよう丁寧に脱がし、ちゃんと畳んで仕舞っていた。
同族(服)を殺さないという道徳心を持っているのだ。
「仕方ないから着てあげましょう。
愛着も沸いてきましたし」
「そうかね。
きみがそう言うなら構わないが」
◆ ◆ ◆
(『着てあげましょう』か……。
エウァンシェリル、優しい娘だ。
ドレスをまるで人のように)
きっと、なにかの罠であろうに。
――傭兵ローランドは思い出す。
彼がエウァンシェリルの部屋を訪れる、およそ半時間ほど前のことだ。
そのとき、すでに彼は百姓夫妻が自分たちを帝国に売ったと勘づいていた。
料理には小細工がしてあったし、窓の外からは視線を感じる。
それは命を狙う狩人の視線であり、同時に自分たちを監視する視線。
ゴリラにとっては馴染み深い視線であった。
地球においては、彼らの種は常にハンターたちのライフルスコープに狙われていたし、同じくらい動物ドキュメンタリー映画のカメラにも監視されていたのだから。
宿を脱出すべく、身支度をしてエウァの部屋を訪ねようとした、そんなとき――。
「――ジャラッ! ジャラッ! ジャラッ! ジャラッ!」
革袋に入れていた偽金貨どもが、急に騒ぎ出したのだ。
そういえば捨てていなかった。
持っていても価値の無いものであったのに。
「――ジャラッ!! ジャラッ!! ジャラッ!!」
土くれの金貨16枚は、なおも大きな鳴き声を出し続け、ついには――
「――ろーらんど、ろーらんど!
財布ヲ アケロ!
我ラノ主人ガ呼ンデルゾ!!」
意味のある言葉を、財布の革袋の中から発したのだ。
「――我ラノ主人、偉大ナルごーれむ使イ まーや・やーまノ話ヲ聞ケ!!」




