【16】
一方、村にて――。
「申し訳ねえ。逃げられただ」
村から12000キョリ―(約12km)離れた代官所から兵4名が来たのは、聖女とおぼしき娘たちが逃げて1時間も経ってからであった。
家に聖女と護衛を泊めたという百姓の男は、帝国代官のお叱りを怖れて何度も頭を下げていたが――、
(……どうせ、この人数ではローランドにはかわなかったでゴゼーマス)
――傍らにいた少女は、軽く唇を噛んだ。
少女の名は“赤い実”チュカ。
森林地帯の異民族出身。
わずか12歳でありながら、腕利きの『野伏{のぶせ}』であり、“斬首姫”メルウ・グルゼ軍事伯配下の斥候である。
この百姓夫婦に『代官所から帝国軍に報せろ。軍が来るまでの時間稼ぎに、聖女の方にだけ腹を壊す果実を入れるといい』と助言したのも彼女であった。
――もし、たまたま村を訪れていたチュカの助言がなくば、夫婦は自分たちだけで聖女を襲って捕らえようとし、ローランドに返り討ちで殺されていたに違いない。
(あの毛むくじゃらの“大剣”野郎め……)
少女チュカは、“大剣”ローランドとの戦いを思い出す。
夜の森の中で、帝国軍の斥候たちはひとりずつあの巨漢に襲われ、ふたつ名のもととなった剣で、あるいは素手や素足の蹴りで無残に殺されていったのだ。
チュカ自身も追い詰められた。
「てめえ、この野郎……!
ぶっ殺してやるでゴゼーマス!!」
「幼いとはいえご婦人が汚い言葉を使うのは感心しないな。
それに、殺すもなにも追い詰められているのはきみの方だ」
悔しいが、この毛むくじゃらの方が正しい。
「たしかきみは、前に私の脇腹を射った弓使いだな?
あの矢はうるわしのエウァンシェリルを心配させた。それも感心できない」
「うるせえゴゼーマス!!
てめえ、なにが『平和的な種だ。命は奪わん』でゴゼーマスか!
聖女と話してたのを聞いてたでゴゼーマス!」
「――ああ、あれを聞いていたのか。照れるな。
あれは嘘だ。
うるわしいエウァンシェリルの前で、かっこつけたかっただけなのでね」
だから今は、聖女の眠っている間に、こうして命を奪っていったのだ。
「悪く思わないでくれたまえ。
殺しも嘘も罪ではあるが、私の手は過去にもっとひどい罪で汚れている。
彼女がぐっすり眠るためなら躊躇はない」
その後、拳による一撃を腹に喰らい、チュカは意識を失った。
だが死んではおらず、大きな怪我もしていなかった。
自分が女で子供だから手加減をされたのだ。
それは死を上回る屈辱だった。
(あの毛むくじゃら野郎、絶対に殺してやるでゴゼーマス……!!)
聖女とローランドは、街道に出たふりをして、本当は森へと戻るはずだ。
次は決して逃がさない。




