【15】
「この家の主人め、帝国軍に我々のことを報せたのだ。
聖女が、自分の家にいるとな。
どうやら、きみのドレスで気づかれたらしい」
「まあ……。
ごめんなさい。私、うかつなことをしてしまいました」
いえ――、
よく考えたら私だけが悪いんじゃない。
慣れていたから忘れていたが、私の連れはゴリラだった。
毛むくじゃらで全裸の大男だから、怪しまれて通報されたという可能性も高い。
ドレスはあまり関係ないような気もしてきた。
――ともあれ、ローランドが言うには、外からこの家を、武装した村人たちが隠れて見張っているという。
監視しつつ足留めをし、その間に帝国軍を連れて来るという算段なのだろう。
「あのおじさんたちが、私たちを売るなんて……」
だが、無理もあるまい。
たぶん、この村は教会直轄領のすみっこあたりだ。
だとすれば、ル・ウース教会の課した重税で苦労してきたはず。
あの教会、ただでさえ税はよそより高めなのに、出産時の洗礼代だのお葬式の儀式料だの種まきのときの豊作の祈祷料だの、さんざん搾り取っていたはずなので。
聖女も恨まれていて当然だった。
私は、胃薬がわりのまずいどんぐりの渋皮10個分をなんとか水で流し込む。
「飲んだな?
では、このまま逃げるとしよう。荷物をまとめたまえ。
何日か足留めする気ということは、逆に言えばしばらく帝国軍は来ないはずだ」
よく見れば、ローランドはすでに荷物をまとめ、背中には剣も背負っていた。
――もしや『夫婦でもねえ男女がいっしょの部屋で寝る』ようなことをするのでは、と気を取られ、今まで気づいていなかった。
私は寝間着からおじさんの奥さんにもらった服に急いで着替え、荷物をまとめた。
服を着替えている間、ローランドは後ろを向いて部屋の隅に立っていたが、緊急事態だ。恥ずかしくない。
そもそもローランドになら着替えくらい見られても恥ずかしいとは思わなかった。
これは彼がゴリラだからではなかった。
◆ ◆ ◆
私たちは窓からおじさんの家を脱出する。
「――逃げただぞ! 捕まえろ!!」
見張りの村人たちが声をあげた。
それに、犬の鳴き声もした。
このあたりは森が近いので、猟のために犬を飼っているのだろう。
臭いを追われると厄介だ。
(そういえば、夕食で出た山鳥を焼いたもの、ずいぶん匂いが強かったけど……)
あのお料理も罠だったらしい。
おじさんのことを甘く見ていた。
「エウァ、背中に乗れ!
全力で駆けるぞ!」
ローランドは四つ足のナックルウォークで道を駆ける。
馬車の通れるような広い道だ。
このまま大きな街道に続くに違いない。
見張りの村人たちは犬を放つが、ローランドがひと睨みしながら
「ウォオオオオオッ!!」
と咆えると、犬たちはその場で「キャンッ」とへたりこむ
さすがは野生の王者ゴリラ。猟犬とは格が違った。
「どうやら私たち、逃げられそうですね……。
このあと、どこへ行くのでしょう?」
「街道に出て北へ向かう」
「北? 私の生まれ故郷は東ですよ」
「追手をあざむくためだ。
北に向かったふりをして、再び森に入って東を目指す。
この村で目撃されたのが、いい目くらましになるだろう」
なんでも、ローランドは最初からここで帝国に通報されるのは想定内であったらしい。
この村も、私の故郷であるシウァの町とは全然関係ない方向にあるとのこと。
追手をまくために、わざと見当違いの場所から森に出たというのだ。
「森を抜けたら、シウァより東の|辺境地帯{アマトラ}にいったん寄って身を隠す。
これも追手から逃れるためだ」
「ずいぶん遠回りな旅になるのですね」
しかし、嫌ではない。
ずっと大聖堂にいた私には、外の風は気持ちのよいものであったし、それに、
(その分、ローランドといっしょにいれる……)
これもまた、悪い気はしなかった。
私は、夜空の星を見上げる――。
「……あらっ? ねえローランド、あれはなんでしょう?」
「どれだね?」
「空です! なにか白くてふわふわするものが、空を飛んで追ってきます!」




