【1】
「――聖女猊下、この中央大聖堂はもうすぐ|陥{お}ちます」
老修道女の報告に、私は内心ちょっといらっとなった。
でしょうね。
窓の外を見ればわかる。莫迦にしないで。
どうも、この御世話係の老修道女は、仕える対象たる
神聖ル・ウース教会六代目聖女“|聖{ウー}エウァンシェリル”
――すなわち私のことを、物知らずの子供と思っている節がある。
私も、もう19歳。
それなりに賢いはずだ。
そりゃ、9つのときからずっと聖女の修行ばかりをしてきたので他の19歳よりは世間知らずなところもあるかもしれない。
それでも――
中央大聖堂の城壁は、敵の大軍3千2百にぐるりと包囲されていて、
城門は、破城槌でがんがん叩かれている最中で、
おまけに城壁内にある町では、ぶち切れた民衆5千人がここぞとばかりに暴動を起こしている。
一方、こちらの兵はたったの8百。
――もし自分が9つのときでも、絶体絶命なのは理解できた。
じきに私たちのいる部屋にも、敵兵だか民衆だかかが突入してくるはずだ。
(そもそも教会上層部の人たちが悪いのよ。
周囲の国と結託してよその宗教を弾圧したあげく、穀倉地帯の一等地にだだっぴろい『|教会直轄領{くに}』なんて作っちゃうから)
おまけに『功徳を積んでこそ死後天国に行けるのだ』と領民に重税を課していた。
いい気になったツケが回ってきただけだ。
(中央大聖堂が陥落したら、神聖教会もおしまいでしょうね。
ま、自業自得よ)
9つの私を誘拐同然に連れてきて、ずっと教義と神聖魔法のきびしい修行ばかりをさせてきたのだ。
こんな児童虐待教会、恨みこそあれ愛着は無い。
むしろ、いばり屋の枢機卿やおべっか使いの大司教といった鬱陶しいおばさん連中がみんなぶっ殺されるのかと思うと、胸がすく思いだった。
まあ、今目の前にいる、私を子ども扱いしたがる御世話係の老修道女マーヤ・ヤーマも含め、したっぱたちも死んじゃうだろうから、それは少し気の毒だけど。
「修道女マーヤ・ヤーマよ、今まで口うるさいながらもよく|私{ウー}をお世話してくれました。
神はあなたに加護を与えます。
死んだら天国に召されるでしょう」
このクソ宗教の天国なんて、どうせろくなところじゃないでしょうが。
しかし私の言葉に、老修道女マーヤ・ヤーマは意外な反論――。
「いいえ聖女猊下、あきらめてはなりません。
猊下は今からここを脱出するのです」
「脱出、ですか?」
「いかにも。聖女猊下は神聖ル・ウース教会の象徴――いいえ、教会とその教えそのものなのです。
聖堂も領地も失っても、あなた様さえおられれば、いつでも神聖教会は再興できます」
なんだ、ちぇっ。
再興できちゃうのか。
「でも、マーヤ・ヤーマ、どうやって?
この大聖堂は完全に包囲されているのですよ」
「はい。ですので……護衛として腕利きの傭兵を用意いたしました」
傭兵、と口にしたあたりで老修道女はなぜか頬を赤らめていた。
「猊下……その傭兵と、どうか|間違い{・・・}など無きように。
彼は、なんと申しますか、その……ちょっと素敵な男性ですので」
ちょっと素敵な男性!?
まさかマーヤ・ヤーマ、傭兵が『ちょっと素敵な男性』だから、それを思い出してしわしわほっぺを赤くしてたの?
堅物で口うるさい御世話係のマーヤ・ヤーマが!?
老修道女マーヤ・ヤーマが頭巾からはみ出た前髪を指で整えながら、
「ローランド様、お入りください」
と呼ぶと、扉を開けて入ってきた。
その『ちょっと素敵な男性』こと傭兵ローランドが。
(――っ!?
このかたが、『ちょっと素敵な男性』こと傭兵ローランド?
でも、このかたは……)
部屋に入ってきたその男は、私に言わせれば、なんと――
・
・
・
(……ゴリラじゃん)
そう。
傭兵ローランドは、ゴリラであった。
堅物の老修道女が頬を赤らめる『ちょっと素敵な男性』こと傭兵ローランドは、
どう見てもゴリラであったのだ。
比喩でなく。本当に。
「きみが噂の聖女様か。
よろしくなお嬢ちゃん」
ゴリラがしゃべった!!?