崩れゆく日常2
実銃の名前が出てきますが、FPSちょっと齧っただけの素人知識です(笑)
「んじゃ、行くか小娘」
「!?特異点…?」
口調や声が変わり体をポキポキと鳴らす竜司を見て即座に虎太朗だと見抜いた恋は驚きの声を上げる。
「……俺の名前は高蔵虎太朗や。あの変態野郎が付けた妙な通り名で呼ぶんはやめろ…」
「…どうして出てきたの?」
虎太朗の危険性を知る恋は警戒した様子を見せる。
対する虎太朗は何事もないように言葉を返す。
「簡易式は特殊結界に比べて範囲が狭い。つまり、武装展開するのには相当に相手のテリトリーに入り込まんとアカンからな。ンなとこにホイホイと侵入としたら、このアホは間違いなく不意打ち貰うやろうからな」
頭をトントンと指先で叩き、竜司の事を皮肉る虎太朗。
恋は少々毒気が抜かれた様子で呆れたような声をかける。
「…ちょっと過保護じゃない?」
「こう見えて用心深いタチでな…とっとと行くぞ?」
ーーまるでそれが当たり前の事かのように虎太朗は教室の窓から飛び降りた。
飛び降りる直前に足元に何か細工を施したようで五体満足で彼は着地した。
「(この教室、3階なんだけど。平然としてる。…飛び降りる時にアタッシュケース持って行ってたけど、あれは一体…?)」
◇
「おーい!とっとと降りてこいやー!先行ってるでー!」
3階にいる恋に大声で催促し、結界の方に足を向ける虎太朗。
「さてと。陣形の周辺に嫌な瘴気が漂っとる、こりゃ相当の手練れやな。昨日の「黄昏」も恐らくは…」
霊視が可能な者にしか見えないドーム状の結界を見て忌々し気な表情を浮かべた。
同じドーム状でも「黄昏」に比べれば相当に規模は小さいがその禍々しい気配は勝るとも劣らない。
「ま、ええか。えーっと、とりあえずこういう時はっと…」
虎太朗はあっけらんかんとした表情に変わり手にしたアタッシュケースからある物を取り出す。ーーコルト・パイソン。蛇の名を冠する拳銃だ。
「こういう近代兵器はあんま使いたないんやけどな」
そう言いつつももどこか楽し気な表情を浮かべ弾丸を装填し構える虎太朗。
「状況が状況や、これ一発で一気に弱らせてカタつける」
◇
「あのガキ、一体なにしてやがんだ…?何か取り出して……ってあれは、回転式拳銃…!?なんで高校生のガキがあんなモンを…!いや、そもそもンな物持ってきたところでPhantomには…」
実銃を使ったところでPhantomや結界には傷一つ付けられない。
しかし彼には一つだけ心当たりがあった。
「いや待てまさか……。いや、そんな筈は……。あのガキ、俺と同じ「魔弾」使いだってのか…?」
◇
「…通常、普通の武器じゃPhantomには傷一つ付けられない。でも例外はある。曰く付きの代物や霊力の備わった道具…それらをベースに作った武器にはPhantomに直接攻撃出来る作用がある」
「おー、誰に向けて言ってんのかよく分からん説明をどうもっ……と!」
飄々とした態度のまま虎太朗は結界に向けて発砲する。
弾丸その物は結界に飲み込まれて消えたが、先ほどまでの禍々しい瘴気は鳴りを潜めた。
「あなたのそれは銃本体に細工は何もなく、弾の方に霊力が備わってる」
「巷では魔弾なんて言われてるらしいが、俺に言わせりゃこんなモンただのこけ脅しや。ま、それでもこの場では最適解の手段ではあるけどな」
しばらくして結界からPhantomが現れるも目に見えてに動きが鈍く、苦し気な声を上げている。
「ほれ見てみ、奴さんご自慢のPhantomも弱体化の魔弾でこの有様や。これで不意打ちは出来ん」
「(やっぱりこの人強い。下手すれば鷲也と同等、いやそれ以上…?)」
「んじゃ選手交代っと。出番や竜司」
ーーー
「…は?」
急に意識が飛んだかと思ったら、気がついたら今度は校庭にいた。
また虎太朗の奴か、本当に勘弁して貰いたい…。
「…って拳銃!?アイツどこからこんな物を…!」
法に触れるようなマネだけはやめてくれよ…?
とりあえず拳銃は近くにあったアタッシュケースに仕舞っておくことにした。
「竜司くん、Phantomが来てる」
「なんだいたのかレン。ってPhantomだって…?」
いつの間にかレンも校庭まで降りてきていたのか。
そして気づけば割と近くまでPhantomが近づいてきてる。
しかし何やら苦しそうに呻き声を上げているだけで全く攻撃してこない、これも虎太朗の仕業なのか…?
「でもここじゃ武装が出せない。もっと結界の中に入らないと」
とりあえず簡易式結界の内部に入っていくことに決めた俺は校門に向けて走り出す。
「!?竜司くん危ない!」
俺の体を押し除け、どこから出したのか白鞘で何かを斬り落とした。
「なっ…!?」
「…狙撃されてる」
再度、白鞘を数回振り金属音を上げ何かを斬り落とすレン。
これは銃弾…?思わず上を見上げるとそこにはあのサングラス男が狙撃銃を構えていた。
銃口に目を向けると発砲した証として煙が立ち昇っていた。
「アイツ…何の躊躇いもなく人に銃を…」
荒事には慣れてるつもりだったが、ここまで来ると子供の喧嘩じゃ済まない。
命のやり取りをする場に立っているのだと改めて実感した俺は思わず一歩後ずさってしまう。
「私が奴からの攻撃を防ぐから君はPhantomと結界の排除を…!」
「あ…あぁ、任せろ!」
サングラス男はレンに任せて俺は俺のやることに集中、結界の破壊だ…!
結界に範囲に跳び前転で入り込んだ俺はすかさずイメージに集中する。
「武装、展開…!」
俺の手に握られる数珠。
強いイメージに応え、「黄昏」を破壊した時みたいに、その姿は光り輝く輪刀へと姿を変えた。
「ぶっ潰れろっ!!」
そのまま勢い任せに結界に向けて振り下ろす。
威力は折り紙付きだ、確実に破壊できる…。
ーーだが、なんだこの違和感は。何か決定的な間違いを犯そうとしている…?
◇
「お見事!これで俺の結界は破壊される!俺の負けってわけだが、残念ながらそれだけじゃ終わらねぇ。俺の目的はこっちだからな」
起爆式ーー起動
竜司の数珠刀が結界の模様に直撃した瞬間、校庭が地割れを起こし、学校の敷地内で大爆発が引き起こされた。
◇
「あ…?な、なんだよこれ……」
…何が起きたのか理解できない。
俺は確かに結界を破壊したはず。
なのに、なぜ…?なぜ、校庭が…校舎が…半壊している…?
「これは結界に使った弾丸…?強力な霊力に反応して爆発する起爆式の魔弾…!魔弾使い、結界のエキスパート、まさか…!?」
「その通り、お前全く気づかねぇんだもんな」
「狙撃手、久世獅狼…!」
サングラスを外し男は俺達の前に素顔を晒す。
軍服風の服装に想像に反して幼く見える見た目、コイツが九条先生に匹敵する霊能者…。
「久しぶりじゃねぇか恋。まさかこんなとこで真っ当に学生生活送ってるとは思わなかったぜ。ま、それも今日までだがな」
「なんでこんなことを…!あなたは意味もなく一般人を巻き込むような人じゃ…!」
「鷲也からの頼みなんだ、断れないだろ?まぁ俺もビビったぜ。まさか自分が勤めてた学校をぶっ壊してくれなんてさ、やっぱアイツ正気じゃねぇよ」
「わざわざ竜司くんに爆発を起こさせたのも…?」
「あぁ、鷲也直々のリクエストだよ。しっかしアイツも性格わりーよな、流石にこのガキに同情するぜ」
…この男はさっきから何を言っている?
全部お前が、仕組んだことだろうが…!
ふざけるな…!ぶっ殺してやる…!
「あぁぁぁぁ!!!」
怒号を上げながら俺は立ち上がり久世に向かって拳を繰り出す。
いつものボクサースタイルですらない、ただ力任せに振りかぶっただけのテレフォンパンチ。
「おっと…!」
怒りのままに叩きつけた拳は当然ながら、軽々と受け止められた。
久世は薄ら笑いを浮かべながら俺に好奇の眼差しを向ける。
「筋は悪くねぇが動きが単調だな。…パンチってのはこうやって打つんだよ!」
俺の拳を掴んだまま突き飛ばし、奴はしっかりと腰の入った拳を繰り出した。
「げほっ…!」
奴の拳はノーガードの俺の顔面に突き刺さり、俺はそのまま地面へと倒れ込む。
怒りに任せ再び起き上がろうとした瞬間、既に俺の鼻先には狙撃銃が突きつけられていた。
「…!」
「…さっきから被害者面してるがよ、結局この惨状を引き起こしたのはテメェだ。俺の鬼札を見抜けず馬鹿正直に結界を破壊した時点でテメェは加害者の側なんだよ。恨むんなら自分の無知…そして何より力の無さを恨むんだな」
男は無抵抗の俺の顔を狙撃銃で殴りつける。あまりの衝撃の強さに意識が吹っ飛びそうだった。
もう俺に抵抗する気力はなかった、奴の言うことにも一理あるからだ…。
それでも…俺は俺自身がやったことを受け止めきれない。
なし崩し的とはいえ加害者の側に回ってしまった。他ならない俺が学校を、日常を…。
ーーぶっ壊したんだ。
「…獅狼!もうこれ以上はやめて…」
倒れる俺を庇うように久世の腕を掴むレン。
それを見た久世は面白い物でも見かけたかのように笑い出した。
「あん?なんだ恋、鷲也だけじゃなくてお前までコイツに入れ込んでんのか。ハハハッ!全くお前ら親子の考えることはわかんねーな!」
「……」
「…俺はこのガキが気に入らねぇ。そも笠置ってだけで俺の心証は最悪だが、それ以上に戦場に出る覚悟ってのが根本からなってねぇ。俺が一から鍛え直してやるよ」
レンの手を振り払い、俺の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる久世。
その目には心からの嫌悪と軽蔑が篭っていた。
「獅狼!」
「………」
「…分かってる」
「あ?」
「…俺に戦場に立つ覚悟なんて備わってないことはとうに分かってる。それでも、俺は人生をこんな形で終わらせたくない…!例え俺が加害者側だろうが関係ない!お前に復讐するまでは俺は絶対に逃げない…!」
これは俺の心からの本心だ。
今から殺されるかも知れない、だがそれでも俺はーー何もない空っぽの俺でもここで逃げることだけはするわけには行かなかった。
「………」
久世は唐突に胸ぐらを掴んでいた手を離す。
支えを失った俺はそのまま無様に地面に転がる。
「…勝手にしろ」
「…獅狼?」
「…なんか冷めちまった。どっちにしろ俺の仕事はこれで終わりだ、とっとと帰らせてもらうぜ」
冷たい声のまま久世はそのまま踵を返し、学校を出て行った。
俺は立ち上がる気力もなくそのまま地面に倒れ伏したままだった。
ーーー
「竜司くん…」
「思ったより荒っぽい結果になったが、これで竜司も日常からお別れや」
倒れていた竜司ーー虎太朗が体を起こし座り込んだまま後ろ髪を乱暴に掻く。
「虎太朗くん…?まさかあなた結界に何かあるって分かってて…!」
「俺の目的のために竜司には学校なんてぬるま湯にいつまでも浸かったままってのは困んねん。霊能者としてもっともっと成長してもらわんと」
「…あなたの愛情は歪んでる」
自身を欠落した人間だと理解している恋ですら虎太朗の異常性に恐怖する。
ーー何故ならその異常さは己が最も畏怖する人間である養父と重なって見えたからだ。
「ハッ!何とでも言えや。俺が一番アイツのことを理解してる…。アイツの未来を誰よりも考えてんのは俺なんや。部外者は黙っとけ」
狂気の表情を浮かべ、妄執に取りつかれたかのように、自身を糾弾する恋を一蹴する虎太朗。
そこに人間らしさはどこにも無い。
「…そんなんじゃいつか後悔する」
「ンなわけあるか、後悔なんてとうの昔にし尽くした。今更…痛む良心なんてあるわけない…」
しかし、空を仰ぎ力なくつぶやく虎太朗の目に先ほどの狂気は消えていた。
相反する感情が雑多に入り混じる姿から彼の本性は何処にあるのか、常人にはおよそ理解は出来ないだろう。
「ーーホンマ、忌々しいくらい。今日は…空が青いな」