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Phantom Busters  作者: spica
1/7

Phantom

俺、笠置竜司(かさきりゅうじ)には過去の記憶がない。

いや、より正確に言うなら中学生以前の記憶がないと言った方が正しいか。

気がついた時には俺は既に13才だった。

これをただの妄言と捉えるか、思春期特有の戯言だと切り捨てるかは受け取り手の自由だが、誰が何を言おうとこれは紛れもない事実だ。

それ以前の俺はいったいどのような性格だったのか…身寄りのない俺にはそれを確かめる術はなかった。

だが、俺はそれで構わないと思っている。

今の俺が全て、過去なんて関係ない。

ーーそう思って生きている。




「おい、聞いてるのか?笠置」


「痛っ!」


声が聞こえてきたのと同時に頭に軽い衝撃が走る。

どうやら小突かれたらしい。

俺は気怠げに声の主の方に顔を向けた。


「九条先生…」


「授業中だぞ?なにボーッと窓の外眺めてるんだ」


ーー九条鷲也(くじょうしゅうや)

このクラスの担任で学内で知らない人はいないであろう人気教師だ。


「またボーッとしてたのかよ笠置〜」


「お前俺らと遊んでる時とそれ以外とでキャラ変わりすぎだって!」


周りのクラスメイトが囃し立ててくる。

どこの学校にもいるだろうお調子者グループの連中だ。


「………」


ていうかなんの話だよ…。

俺はお前らと遊んだ記憶なんてこれっぽっちもないって言うのに…。

こんな具合でこのクラスの連中は時々おかしなことを吐かす。

まるで俺がクラスの中心にいるかのように錯覚さえしてしまう。

まったく持って笑えない冗談だよ。


「テストの点数は良いのにお前は本当に授業態度がなぁ…。もうちょっと真面目に取り組む気はないのか…?」


「結果が良ければそれで充分でしょ…」


「先生としては過程も大事にして欲しいんだけどなー」


過程だ何だのくだらない。

13歳になるまでの過程すら知らない人間がそんなこと気にしてどうなる。

この世は結果が全て、その方が後腐れなくて良い。

毎日のように行われる不毛な押し問答をしていると授業終了のチャイムが鳴った。


「おっと、もう終わりか…。それじゃ今日の授業は終わり!」


やっと終わったか、さっさと帰りたい。

いつも肌身離さず手首に付けている数珠を手で触りながらそんなことを考える。


「あっ、笠置!お前まだ進路希望調査票出してないだろ!提出期限今日までだからな!」


教室を出る直前に九条先生が俺に向かってわざわざ釘を刺してきた。

どうやらすんなりと帰してはくれなさそうだ…。


   ◇


「はぁ…。進路って言われてもな…」


出来ることなら大学に進学したい。

その方が色々と都合が良いし、当面は何も考えずに済む。

でも金銭的には正直それは厳しい…。

今のところ親が遺したらしい金で何とかなってるが、高校を出てからはそうも行かなくなるだろう…


「やっぱ就職か…」


「ーーそれやったら退魔師とかどうや?」


「!?」


誰も居ないはずの教室に突如声が響く。

声がした方向へ急いで顔を向けるがそこには誰もいない。


「…なんなんだ一体」


冷や汗が止まらない。

今のは幻聴…?いよいよ頭がおかしくなったのか…?

クラスメイトの反応もそうだが、俺はもしかすると何か脳に異常をきたしているんじゃないかと疑いたくなる時もある。

ーーそんな事より今聞こえた単語。


「…退魔師?」


馬鹿馬鹿しい、なんだそれは。

そんな職業聞いたこともない、全くファンタジーの世界じゃあるまいし…。

ふと、手首の数珠に目を向ける。

聞いた話によると両親の形見らしいのだが、手に入れた経緯すら記憶にない…。

もしかして今の声はこれに関係した心霊現象……?

その時、突然教室の引き戸が開かれる音がした。


「!?」


俺は急ぎ椅子から立ち上がり身構える。

ま、まさか本当に幽霊……?


「うぉっ!?なんだ笠置、いきなり立ち上がって…。びっくりするだろ〜」


「なんだ、九条先生か…」


入ってきた人物が担任の九条先生と分かるとホッと息をつく。

全く人騒がせな…いや勝手にビビったのは俺だが。


「なんだとは失礼な奴だな…。というかまだ進路希望調査票書いてないのかー?期限今日までって言っただろ?」


「分かってますよ…」


いつも通りのうるさい小言に辟易としながら頭をガシガシと掻く。

なんだか面倒になってきたな、いっそ退魔師とでも書いて提出してやろうか。


「先生、退魔師って何のことだか分かります?」


少しイライラしてたこともあってふざけた事を言ってみる。

こんな馬鹿なこと言ってたらまた小言が増えるな。

しかし、一向に期待してた反応は帰ってこない。

不審に思って先生の方に目を向けてみると。


「………」


先生は見たこともない深刻な表情をしている。

少し不気味に思った俺は恐る恐る声をかけてみる。


「…先生?」


「ーーいや、知らないな。何だ?それは。漫画かゲームの話か?」


いつものような明るい表情に戻った先生を見てまたもホッとする俺。

まあそういう反応になるよな、俺も一体なに口走ってんだか…。


「いや、ただの妄言です。忘れてください」


「そうか…。もう完全下校の時間だ、今日はもう帰れ。提出は明日でもいいから、家でゆっくり考えろ」


「んじゃ、そうさせてもらいます」


何だかまだ少し様子がおかしいような気はするがきっと気のせいだろう。

俺はさっさと帰ろうと鞄を手に持ち、先生の隣を横切って教室を出ようと扉に手をかけようとした瞬間、先生が声をかけてくる。


「ここのところ物騒だからな、帰り道には気をつけろよ?知ってるか?最近ここらに通り魔が出てるって話」


「…あぁ、一応知ってます。犯人は依然逃走中、被害者はまるで悪霊にでも取り憑かれたかのような凄惨な死体になってるって…」


驚いた、九条先生の口からそんな話が出てくるとは。

だってあの事件はこの学校から結構離れた場所、ウチの周辺で起こった事件だからだ


「アレってお前の家の周辺だろ?ちょっと心配に思ってな…」


「ま、大丈夫ですよ。犯人がどんなサイコ野郎だか知りませんけど、腕っ節には自信ありますんで」


中学生の頃は記憶がない事も手伝ってぶつけようのない苛立ちをよく不良やチンピラ共にぶつけてたからな、こう見えて実は荒事は得意だ。

1人、2人程度相手なら武器を持っていようが負ける気はしない。


「ま、何にせよ気をつけろよ?じゃあまた明日な笠置」


「はい、また明日」


挨拶もそこそこに俺はドアを閉めてそそくさと学校を出た。

もう結構外も暗くなってるな、早く帰ろう。


「また明日…か」


「ーー今日、生きていられればの話しだけどな」


    ◇◇


それにしても今日は色々あって疲れたな。

家に帰ってさっさと寝よう…。


「…ん?」


前から歩いてくる男、顔色が異常に悪いな。

それに動きが妙だ、まるで酔っ払いか何かのように足がふらついている。



「なっ…!?」


そんなことを考えていた矢先にその男は俺に向かって一直線に飛びかかってきた!

は、速い…!さっきまでとは別人だ…!


「がぁぁぁっ!!!」


「くっ…!」


なんとか紙一重でかわすことは出来たが、俺の真後ろの塀は奴の拳で粉々に破壊されていた。

どうなってんだよ…!

いくら何でも馬鹿力すぎる…!

まさか、こいつが例の通り魔…!?


「ぐぅぅ…!ぐぁぁぁっっ!!」


「ちっ!」


ゾンビ野郎はこの世のモノとは思えない奇声を発しながら再び俺に向かって突進してくる。

くそっ、いつまでも逃げてばっかだと思うなよ…!


「シッ!シッ!オラァ!」


我流で覚えたボクサースタイルの構えを取り、デタラメに振り回された腕を掻い潜りながらボディにワンツー、トドメに顎にアッパーを喰らわす。

大抵の奴ならこれでダウンだが…。


「…がぁぁぁ…!あぁぁぁ!!」


「嘘だろ…?」


全くのノーダメージだと!?

おまけに殴ったこっちの拳が痺れるほどの肉体の硬さ…!

こいつ、本当に人間なのか…!?


「…こんなの、相手してられるかよ…!」


コイツはヤバい、街の不良やチンピラとはわけが違う!

そうと決まれば三十六計逃げるに如かずだ!

俺は背中を向けて勢いよく走り出す…が。


「あぁぁぁっっっ!!!!」


「なっ…!?」


男は人並外れたスピードであっという間に俺との間隔を詰めてきた。


「……っ!?」


そして頭を掴んできたかと思うとそのまま力任せにアスファルトに叩きつけてきた。


「…っっ!!」


アスファルトに顔面を思い切り強打し、俺は無様にも地面をのたうち回る。

あまりの衝撃と痛みに声も出ない。

意識が遠のいてきた、このまま俺は死ぬのか…?


「ーーンなわけあるかい。こんな雑魚相手に何良いようにやられとんねんこのドアホが」


「!?」


この声、教室で聞こえた声?

一体どこから、ぐっ…!頭が割れる…!


「ほら意識をしっかり持てや。思考しろ、それが人に与えられた唯一の特権やろ?」


「思考…」


この痛みの中なにを考えろって言うんだ?

俺の泣き言など聞かんと言わんばかりに声の主は言葉を続けた。


「思考しろ、イメージを強く持て。想像しろ、最強の存在を。思考に限界はない」


想像…最強の自分を……


「ーー創造しろ」


俺の頭の中で何かが切り替わった音がした。

地面に倒れ伏していた俺はいつの間にか何事もなかったかのように立ち上がっている。


「…っ?おぉぉぉぉぉっっ!!」


ゾンビ男は本能で何かしらの異常を感じ取ったのか、今度こそ息の根を止めようと俺に向かって攻撃をしてくる。

しかし、俺は自分の意思と関係なく男の拳を軽く受け止めていた。

何だこの溢れ出てくる力は……。


「ーーさっきからよくもボカスカどついてくれたなァ」


「…!?ぁぁぁっ…」


俺から出たはずの声なのに全く違う声が聞こえてくる。

またも自分の意思とは無関係に俺の腕は男の胸倉を掴んでいた。


「カハハハッ!おう…コラ、こっち来い!お前をぶちのめすステージに案内したる!ヒャーハッハッハッ!!」


    ◇◇


ーーどこだ、ここは…

そこには全く見覚えのない風景が広がっていた。

言葉にするなら異空間、まさしくそれが一番しっくりくる。

ていうかさっきまで顔中血塗れだった筈なのに傷一つない…?


「そらそうやろ。何せここは現実世界とちゃうからな」


「誰だ!?」


俺の隣にはいつの間にかヘラヘラと笑いながらだらしなく突っ立ってる男がいた。

見覚えはない……ないはずなのだが、何故だろうか…。

ーー妙に懐かしく感じる。


「ま、一応自己紹介しとくか。俺は高蔵虎太朗(たかくらこたろう)。分かりやすく言うと俺はお前の味方、そんでここはお前の精神世界ってとこやな」


「精神世界…?」


「ほら、敵さんおいでなすったで」


「ぁぁぁぁ…!」


俺たちの前に現れたのは黒いモヤがかかった見たこともない生物。

だが聞き覚えのあるこの不快な呻き声…まさか…!


「ご名答。さっきのゾンビ野郎や。こいつらは所謂悪霊の一種でPhantom(ファントム)って名前で呼ばれとる」


「Phantom…」


「Phantomに憑かれた人間は自我を失い、人並外れた怪力を手にする。ぶっちゃけ現実世界で相手取るんは自殺行為に近いわ」


「そこで精神世界ってわけか…」


どういう原理かは知らないが人間に取り憑いたPhantomの中身だけを引っ張り出して自分に取り憑かせているってことか。

そして精神世界の中に潜って退治すると…


「そゆこと。ここじゃ腕っ節よりイメージの力がモノをいう。得意やろ?頭を使うんは」


「………」


イメージって言ったっていきなり言われてもどうすればいいのか分からない。

武器でも作ればいいのか…?


「そう難しく考えんなや。お前にとって一番強いモノをイメージしたらいい」


「一番、強い…」


俺の思う最適解、この状況を打破できる最強の武器、それは…これだ!

強くイメージすると同時に俺の手が眩く光り輝き、それはやがてある物体へと形を変えた。


「ほー、そう来たか…」


「…数珠」


俺の手に現れたのは巨大な数珠。

心なしか見た目のデザインはいつも手首につけてるあの数珠に似ている気がする。


「ぐぉぉぉっっ!!」


またも呻き声を上げながら俺に向かって飛んでくるPhantom。

だがもう恐れることはない、何故なら…


「ーー俺の中で悪霊は数珠とかそういう霊験あらたかな道具で祓われると相場が決まってんだよっ!」


俺は手にした巨大な数珠をPhantomに投げつける。

俺の手を離れた瞬間、数珠は回転しながら光り輝き始めた。

それは数珠というよりまるでチャクラムのように勢いよくPhantomへと向かって行き…


「ぎっ!?ぎぃぃぃぁぁぁぁっ!!」


一刀両断、そんな言葉がまさしくピッタリだった。

Phantomのモヤがかかった体はスッパリと真っ二つになり消滅していった。


「はぁっ…!はぁっ…!」


全霊をかけた一撃をぶつけた俺は全身の力が抜けその場にへたり込んだ。

そこをヘラヘラ男ーー虎太朗がしゃがみ込んで顔を覗いてくる。


「お疲れさん、竜司。初めて使った力にしては上出来やったんとちゃう?」


「……そうかよ」


「やっぱお前には才能があるわ。霊能者…退魔師としての才能がな」


「霊能者…退魔師って一体…」


言いたい放題好き勝手言ってくる虎太朗に質問しようとした瞬間、体の自由が利かなくなり、俺の意識は薄らぎ始めた。


「慣れんことして疲れたやろ?今日はもう休んどけ。この体は俺が責任持って家に届けたるさかい」


虎太朗、お前は一体何者なんだ…?

昔、お前は俺と会ったことがあるのか…?

だったら俺の過去を知っているのか?

聞きたいことはいくらでもあったが、言葉はもう出ない…俺の意識は深い眠りの中に落ちていった


   ◇◇


夜の学校の屋上に佇む2人の男女。

1人はこの学校の教師である九条鷲也、もう1人は冷たい表情をした華奢な少女だ。


「適当に見繕ったPhantomだったとはいえ、こうもあっさり倒されるとは…。やはり高名な霊能者の一族なだけはある」


「………」


「君も彼、笠置竜司に興味が出てきただろう?」


「…別に。私には関係ない…」


「そうかい?…俺は早く彼を倒したい…。有能な霊能者をこの手で殺め、葬り去ることこそ至上の喜び…。あぁ…昂ってくるぅ…!くくく…あーはっはっはっ…!!楽しみだよ笠置ィ!」


「(やっぱりこの人、変態…?)」

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり初回は有無を言わさない巻き込まれ型が良いですよね。説明を省略できるのでテンポがあるし、謎を残し伏線を張れるし。変なキャラとか大好きです。
2022/11/23 11:42 退会済み
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