第1話 日常と非日常の境目
王暦781年、世界は悪魔が現れるゲートの出現により、世界の半分は支配された。
そして現在王暦1565年その悪魔たちは略奪と殺戮を繰り返し世界を崩壊に導いていたが、人類は力を合わせ、なんとか戦線を保つことに成功し、前線を悪魔と人間の墓場としながら激しい死闘を繰り広げている。
そんな中、パトラ王国の兵士である赤髪が特徴的な青年、身なりは中世特有の皮の鎧を身にまとい、他の兵士たちと装備もそう変わらない、見た目は一般的な国を守る兵隊であるショウ・ミカエラも、例外なく悪魔からの防衛に努めるのであった。
「ショウ、今日も遅くまでご苦労さんだな」
そう挨拶してきた無精髭を生やした大柄の男は同じくパドラ王国の兵士であるサイである、この人は俺が入隊した当初から世話をしてくれている先輩である。
「お疲れ様です先輩、今日も特に何もありませんでしたね」
俺は緊張が解けた雰囲気で喋りかけると、軽いパンチが頭に飛んできた。
「ばかやろう、ゲートから一番遠いこの国ですらいつ滅ぶか分からないんだぞ、お前も入隊して1年になるんだから、そろそろ緊張感をだなぁ……」
この国は大陸の端っこであるため、悪魔が出現しているゲートの本拠地である場所から最も遠い所にある。しかし悪魔が攻めてこないと言うわけではないので、このように毎日街を巡回する羽目になっている。
そしてこの国は16歳から軍に入隊してもいい法律になっており、親もいなく祖父の家育ちだった俺は16歳の誕生日に早く収入を得たくて入隊した。
サイは俺のことを見て少し微笑んだ後、呟いた。
「あんな生意気だった坊主がもう17歳か、俺ももう引退かねえ」
「そんなこと言って、まだ30じゃないですか、そんなこと言ってたら隊長にボコボコにされますよ」
サイは見た目こそ無精髭を生やしたロングヘアー茶髪と言ったイケオジ風を装っているが、まだまだ現役なのである。
「ちげーねぇ、ちげーねぇ……さぁそろそろ時間だ、ここを廻ったら今日の仕事は終わりだ」
そう言いながらメインストリートとは逆方向の裏道を歩く、レンガで作られた堅牢な家が立ち並ぶ中、裏道を通ると悪党がうろついている事が多い、しかし今日は珍しく人の気配を感じなかった。
「珍しい、こんなところにゲートが出来てやがる」
見た目は黒い靄のようなものでそこから悪魔が出てくる。一般的にその靄の大きさが大きければ強い悪魔が出現し、弱い悪魔だと小さい、今回は大きさからみて弱い悪魔のようだ。
悪魔がゲートから出現して以降、本拠地にあるゲートのほかに、歪みによって小さなゲートが時折り出現する事がある。基本的に強い悪魔は出ないため、そこまで問題にはならないが、武器を持っていない市民は避難するため、このように人が居なくなるのだ。
「ショウ、剣の準備だ、久しぶりに見たぜ」
サイの向いている方向に目を向けると、そこには小さな悪魔がこちらを向いていた。見た目は80センチほどの大きさ、そしてゴブリンのような醜い形態に、手にはナイフを持っている。
「こいつ倒したら、今日の飯代奢ってくれますか」
俺はそう言い悪魔に向かって剣を斬りつける、しかし悪魔はそれを軽々と避け、俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。
「避けるか、だがこっちだって負けてらんねえ!」
悪魔の攻撃を間一髪で避け、カウンターを仕掛けるように剣を腕に斬りつける。悪魔の利き腕であろう右腕はナイフと一緒に切り離される
「グギャアアア」
悪魔の悲鳴と同時に剣をさらに腹に突き刺す。その後悪魔は悲鳴を上げながら黒い霧となってゲートと一緒に消滅した。大体の場合、小さなゲートは悪魔を倒すと同時に消滅する。
「おつかれさん、ゲートも消滅したようだし、これにて今日の巡回は終了、飯でも行こうや」
悪魔との戦いで消耗した俺の背中をたたき、早々とその場を立ち去る、サイもまじめな兵士というわけではないようだ。
「約束通りおごってくれるんですよね?」
俺は先ほどの約束をかなえてくれるのか聞いてみる、サイは人がいいので約束とかそういう言葉に弱いのだ。
「わかったわかった、いつもの店いくぞ、ついてこい」
任務が終わり日も暮れてきたころ、俺たちはいつも通っている飲み屋に集合し酒を楽しむことにした。飲み屋に着くと、いつも聞いている女性の声が飲み屋内に響いた。
「いらっしゃい!ショウとサイさんじゃないですか!お仕事ご苦労様!」
彼女はエリカ・キャンベル、俺が兵士になりたての頃からの知り合いで、こうして飲み屋に通っているのも、俺とエリカを引き合わせるためにサイが工作しているつもりらしい。
「ようエリカ、お前の大好きなショウがお前に合いたいって言ってきてな、仕方なく来てやったぞー」
サイはこうやって俺たちのことをちゃかしてくる、確かに俺がエリカのことを気になっているのは間違いないが、これだけ言われてはエリカも迷惑しているのではないかと心配になる。
「はいはい、いつも聞いてますよそれ、関適当なところに座ってください」
エリカは冗談だと思っているのか軽く受け流して注文を受ける準備をする。
「ほんじゃまぁ、いつも通りエールとつまみの盛り合わせ頼むわ」
サイがメニューを頼むと、俺はいつもより動いていて腹が減ったのか、普段は頼まないようや重めのメニューを注文した。
「俺はステーキ大盛りとソーセージとパンの盛り合わせひとつに大ジョッキでオレンジジュースで」
「こんなにガッツリ頼むの珍しいじゃない、何かあったの?」
エリカは普段頼まないメニューを俺が頼んだことで不思議に思っている。
「今日は悪魔を倒したからな、少しでもカロリーをとっておかないと疲れて持たないんだよ」
悪魔が出現した場合、周辺に知らせを出すので悪魔がいることは周囲に知らされている。しかし誰が倒したかは周辺住民に報告されないので、こうやって俺みたいに自慢する人も多い。
「ショウも立派な兵士になったわよね、来たばっかりの頃はすごい感じ悪かったのに」
「どんな奴でもこうやって立派になるんだから、不思議なもんだよなあ、いよっ!将来の出世頭!」
エリカとサイが俺を茶化したところで、忙しくなってきたのか、エリカはその場から立ち去り接客を始める。
こんな小さな幸せが続けばいいのにと思いながら、注文を待つ。
「それで、なんだが、最近ここら辺で大きなゲートが出来たんじゃないかって疑惑が出ている」
急に真剣な様子になったサイが最近起きた出来事について話している。ここへ来た時には大抵、重要な情報を話し合い、今後の動きについて作戦を立てている。
「なんで疑惑なんですか?ゲートが出ているのならほぼ確定では?」
「ゲートを見た人間は居るんだが、そのゲートは現在消えている、これはおそらくゲートを隠蔽しているからだ」
「隠蔽?それって隠蔽が出来るほど凶悪な悪魔がここ周辺に潜伏してるって事ですか?」
ゲートとは、悪魔が出現するゲートで、世界の半分を悪魔に支配されるきっかけとなった、永久に悪魔が出てくる終末のゲートを筆頭に、ランダムな場所にもゲートが出現する。
通常終末のゲートから離れている地域であれば、大きなゲートが開く事はないが、稀に発生する大きなゲートにより、悪魔が大量出現する事がある。
今回そのゲートが見つからない時に考えられることは、ザコ悪魔の大量発生ではなく、強い悪魔の出現、そしてその悪魔によるゲートの隠蔽である。
「巨大ゲートが見つかれば、あとは数投入して雑魚狩りすればよかったんだが、ゲートが見つからないとなると話は別だ、これは割とまずい事態かもな」
「ただでさえこの国はゲートが出現しづらい上に強い悪魔が出てこないから、戦力面で頼りがないのに、そんなに強い悪魔が襲ってきたら戦えるんですか?」
「おそらく無理だろうな、そしたら十字架機関に頼んで悪魔を倒してもらうしかない」
十字架機関とは、この世界で悪魔討伐を専門とする組織だ。いくら兵士がいるとはいえ、強い悪魔に対抗できる力はない、そういう時に十字架機関が悪魔討伐を請け負って対策してくれる。
「そう考えると、何のために兵隊になったのか分からないですね」
「ショウ、お前強い悪魔を倒すなんて、そんな大層な野望を抱いてるのか」
「最初は食い扶持さえあればいいと思ってたんですけど、こんだけ兵士やってたらこれくらいの目標持ちますって」
ショウとサイはエリカが運んできた料理を食べながら、それぞれ思ったことを話しながら食事を楽しんだ。凶悪な悪魔が近くに潜んでいることを胸の中に隠しながら、自分は無関係だと思い、それがどれだけ愚かな結果をもたらすことかを理解もせずに……