子供狩り
騒がしい声にたくさんの声色を感じながら教室へ入る。俺と山喜が入ると一瞬静かになった後に、
先生おはようと声が姿を変える。俺はかわいい教え子たちにおはようと、言い返す。山喜はその間に
一時間目の準備と共に、生徒たちの出席を取る。副担任の仕事なので任せているが点呼を取らずに、
出席を取るのは至難の業なので毎朝感心しているのは内緒だ。俺は二十三人の小学三年生二組のクラスの担任をしている。いじめもなく、みんな優しい生徒ばかりで自慢のクラスだ。
しかし、一人気になる生徒がいる。それは川名樹、バスケが得意なスポーツ少年だが、無断欠席が目立つようになってきた。普段の性格から考えて樹本人の考えで、欠席をしているわけではないのはすぐにわかる。両親が離婚したばかりの樹は、父親に引き取られたのだと電話で父親から連絡が、入ったのは一か月前の事だった。
だが,その頃から無断欠席が始まったので父親が関係しているはずだと俺は確信している。
クラスの子たちを席に座らせ、朝の会を始める。しかし、俺の心は樹でいっぱいだった。樹は今日も来ていなかったのだ。無断欠席四日目となる今日、放課後に家庭訪問をしようか、校長に相談しようと思っていたが、今日はPTA会議があることを朝の会の司会をしていた委員長の言葉で思い出させられた。
会議が終わってから家に向かうとなると大分夜遅い時間になってしまう。そうなると校長の許可は下りないだろうなぁと思い、明日にすることにした。俺は昼休みまで樹の事ばかりにならないよう気を付けて国語や算数の授業をした。しかし、いつもなら元気よく手をあげる樹の姿が無いのに気にするのは俺だけではなく生徒からもで、ちらほら心配の声が聞こえる。俺は放課後に、校長に家庭訪問について相談することを中休みに山喜に職員室で伝える。山喜はそれなら会議の前が良いと思います、と言ってさっそく校長室へと向かって席を立つ。大学の後輩でたまたま同じ学校へ派遣されてきたので、クラスを一人で担当するのに限界を感じていた俺は副担任をやるよう、校長にお願いしたのだ。
俺はスタスタと校長室へ向かう山喜を制止して
「まだ、まだ何て言うか決めてないし、心を準備をさせてくれないか。」
と言った。
だが、
「しかし、校長は午後から近くの小学校へ意見交換会をしに、でられるはずです。放課後までに帰ってくるかわからないですから、今のうちに言った方が良いのでは?」
と山喜は首をかしげる。確かに黒板の予定表を確認するとそう書いてある。次の授業まであと三分しかないから、とやっと席に戻らせることが出来た。そして午後の授業まで終わらせ、大急ぎで会議の準備を始める。クラス委員の子供たちに席の移動や冊子を机の上に置くのを手伝ってもらい、なんとか時間に間に合うことが出来た。俺は会議で最近の子供たちの様子や登下校途中での危険通路の確認などをし、予定時間の一時間はあっという間に過ぎていった。お開きになってから保護者の井戸端会議にも参加するのも担任の仕事だ。山喜がモクモクと片づけをするのを横目に保護者同士の自慢話に愛想を振りまく。会議終わりの親を待つ子供たちの声が、校庭から聞こえなくなるとやっと自慢話が終わり、片付けに参加していると隣のクラスから話し声が聞こえる。山喜と一緒に耳を澄ませてみると
「なんでも、最近あった小学生の誘拐事件、サイトで募集があったらしいわよ、要らない子貰いますって。」
少しかすれた小さな声で聞こえたその内容は笑い話ではなく山喜と目を合わせる。隣のクラスを覗くとその声の持ち主は帰ってしまったのか、誰も居なかったので話を聞くことは出来ず、山喜と教室へ戻り片付けを再開した時、嫌な予感が脳裏を遮る。まさか、もしかして樹が巻き込まれてたりするのだろうか。山喜も同じことを思ったのだろう。お互い目を合わせてしばらく沈黙が教室を纏った。
職員室へ戻ると他の学年の先生たちはみんな帰っていて三年の主任雷雨先生と一組担任の林先生、そして教頭の晴田先生しかいなかった。俺たちは席に荷物を置くと、意見交換会から校長が帰ってきているのを確認し、相談しに校長室へ向かった。すると
「今、警察が校長に会いに来ていて、会えないですよ。」
と雷雨先生が声をかけてくれた。俺たちは校長に会いに来ている警察が樹とは関係が無いことを祈ったが、その祈りはすぐに打ち砕かれた。声をかけてもらって席に着いたのもつかの間、校長が職員室へ来て、三年生の担任、副担任を全員呼んだのだ。俺たちはぞろぞろと校長室へと入り、警官と会釈を交わす。
「こちらは玉松警察署の児童安全課の刑事さんです。三年二組の川名樹くんのお父さんから今日、
四日前に息子が誘拐されたと、電話があったので学校へ確認に来ているとのことです。
こちらが樹君の担任の浜岡先生と、副担任の山喜先生になります。」
校長が汗を可愛らしいハンカチで拭きながら、一通りの流れを説明する。俺はまた刑事さんに頭を下げた。刑事さんは女性で山喜より少し年上か、落ち着いた印象のある人だった。もう一人いる男の刑事はいかつい、強面の屈強そうな体の持ち主だった。
「まず、樹君がいつから学校に来なくなったのか、それと、学校での最近の様子を教えてください。」
女性の刑事さんがメモを開きながら聞く。
「樹の無断欠席は今日で四日目で、最近も欠席が多いです。父親と住んでいると聞いていますが、服がボロボロだったり、食事も満足に取れていない様子でした。腕に小さなやけどのような跡を見たという生徒の証言もありますから、虐待を疑っています。」
俺は樹の事を話しながら心配すぎて涙が溢れてくるのを感じた。ここまでわかっていながら何も樹にしてあげられなかったのが悔しくもあった。
「それでは、担任の先生は父親からの虐待を疑っているということで間違いないですね。それから、お父さんの印象についても教えてください。」
俺は間違いない、とうなづいた。
「離婚される前は授業参観などにも参加されていたのですが、離婚してからは樹に対しての対応が大きく変わったのかなという印象があります。欠席の連絡をしなかったり、連絡帳の記入がなかったりしますので。」
俺は山喜と目を合わせながら答えた。
メモを取り終えると、男性の刑事が
「結論から申しますと、我々も虐待を疑っています。誘拐されたと連絡が入り、自宅へ入ると狭いクローゼットの中に樹君を縛り付けていた形跡を見つけました。父親の言葉も支離滅裂で虐待を否定したり自白したりとパニック状態がひどいのも事実です。」
と言った。俺は警察も疑っているなら樹の居場所を特定するのも時間の問題だろうと一安心した。
しかし、次の言葉でまたひどく樹の身を心配に思わざるをえなくなった。
「ですが、誘拐された件につきましては、本当だと、警察のほうでは考えています。やけに詳しく誘拐されたときの状況説明を出来ていますので本当に誘拐された、そう判断しています。」
「誘拐の現場を見たという事ですか?」
雷雨先生が聞くと、そうだと警察は返事をする。なんてことだ。本当に樹が誘拐された。なんで、どうして。頭の中を混乱の渦が埋め尽くす。気が付いたら刑事は帰っていて校長はハンカチをびしょびしょに濡らして泣いていた。校長は昔、長女を事故で亡くしている為、子供たちへの愛情が人一倍強い。俺は山喜に連れられて職員室の自分の席に戻った。そして先ほど聞いた噂を確かめようとインターネットを使って探し始めた。
僕は妹から珍しく平日の昼間にメールが来たことに驚いていた。妹の碧唄は確か、小学校の副担任をしているので平日の昼間は学校にいるから連絡がくるはずなかった。そんな妹からのメールはきっとなにか大変なことがあるに違いない。僕は深呼吸をしてメールを開く。内容はやっぱり大変なことが学校で起こっていた。何でも、クラスの生徒が一人、無断欠席が続いて今日で四日目になる。あの子が無断欠席をするはずがないから、調べてほしい。と書いてあった。僕は引きこもっていて、趣味で裏サイトの経営や書き込みをしているので、そういった類いの調べ物は得意だった。さっそく碧唄からその子の情報を送ってもらい、まずは画像検索をする。小学校の運動会だろうか、他人の子供の写真に紛れて映っているのが数枚あるがそれだけ、次に名前で検索をすると一つのサイトにヒットした。なんでも、要らない子貰います、という文言で虐待をしている親から子供を眠らせて誘拐する、というサイトだ。僕はさっそく碧唄に見つけたことを伝えると放課後になってから、警察が誘拐事件として捜査することになったと連絡が来た。僕はサイトのURLを碧唄に送り、念のため学校のパソコンでは見ないことと、念を押した。それから僕は、幼馴染で立場が上の方らしい幼馴染の刑事、海条に連絡を入れた。僕含め妹、担任が樹君を取り戻そうと動いている事、サイトを見つけたことを伝えると驚きながらも協力感謝と言って、電話を切られた。いきなり電話を切るのはあいつの昔からの癖なので驚きはしなかった。
山喜の兄から連絡があったのは放課後だった。見つけたという怪しいサイトのURを送ってくれた。俺はさっそく調べようとしたが兄から学校のパソコンでは絶対に見ないようにというメッセージがあったことを伝えられ、慌てて開いたばかりのパソコンを閉じた。俺たちは相談した結果、俺の家でサイトを見ることにした。山喜の家はここから遠いし、インターネットがそもそもない。漫画喫茶に行こうと思っても、危険なサイトを見ようとしているため何かあった時に責任を取れないのでやめたのだ。その為、学校から近い俺の家に来ることになった。俺の家のインターネットならウイルスに感染してもバリアをはれるセキュリティを入れているので、まぁ大丈夫だろう。そういう事で俺の家へやってきた。ワンルームの小汚いアパートで布団と折り畳みテーブルの上にノートパソコンが一台置いてある、あとは隅の方に小さい冷蔵庫があるだけのシンプルな家である。浜岡優勇二十八歳、独身。まさか後輩とはいえ女性を家に上がらせる日が来るとは。そんな気分を振り払って、さっそくテーブルの前に正座する。山喜の兄から送られたURLをパソコンのネットに打ち込む。エンターキーを押すとセキュリティソフトの警告が出てくるが、許可を押す。すると鮮やかなブログのようなサイトが開いた。大きな文字で不要児貰い隊、などと書いてあり、その下には神様宛てのコメントがたくさん載っている。何でもあの聞こえた噂は本当だったらしい。山喜の兄いわく、裏サイトで名前を使って検索したらヒットしたらしいので樹の名前を探す。コメントの川は水量が多くてふもとにたどり着くまでには時間がかかった。一度最初のほうから見直した方がこの神様とやらの正体のヒントが乗っているかもしれないと考えた。すると山喜の兄から電話がかかってきた。
「もしもし、山喜暖です。妹がいつもお世話になっています。
サイトの正体について分かったことがあるのでお伝えしようと思いまして。」
なぜ俺の電話番号を知っているのかは目線を合わせようとしない山喜に後で問いただすとして、サイトの正体という今まさに調べていた事柄については早く知りたい気持ちが勝った。
「僕が調べられたのはなんでも小児科の先生、しかも有名な小児科医ではないか、というネット民の推測だけなんですけど、そっちの地域で急激に手術の成功率が高まった病院があるんです。そこの院長は黒い噂が絶えない人なので、ワンチャンあるぞ、と思いまして。」
電話を切り、山喜兄の言った病院を調べてみると国内でも少数の高度治療小児がん専門小児病院だった。確かにここは最近になってガンが治ったと評判が絶えないがそう口をそろえるのが金持ちばかりなのが目立っていた。俺は山喜の兄にお礼を伝えるようお願いして、今日は山喜を帰らせることにした。駅まで送り電車に乗ったのを見送る吏振り返って家路に着くと帰る家のない子供たちがこの世には居ることを思い出した。
部下の海条から一般人が今回の事件に対して捜査していることを伝えられ私は焦っていた。なんでも担任達が動いているらしい。この手の人たちは危ないから事件に関わらないよう言っても大抵聞かないのでどうしたものか悩んでいた。しかも、今回の事件は複雑ですぐには解決しそうになかった。何の手掛かりもなく、そもそも四日前に誘拐された小学三年生の男の子の命はもうないと上は判断し、捜査班を解体させられそうになっていたのだ。しかし、私がどんなに言っても上の判断を覆すことは出来きず、つい先ほど捜査班は解体させられてしまった。なので私は海条と一緒に何人か気を許せる仲間を集め、ひそかに事件を調べることにした。海条が副担任の兄と知り合いという事もあり、向こうの進み具合や情報提供を受けれることがあったので助かった。例のサイトも見つけることが出来、そのサイトの管理者が以前の小児連続誘拐事件の容疑者脱木熊太郎であることまでは、サイバー対策課のおかげで掴めた。脱木は都内でも有名な小児がんの専門的医師で完治率が急上昇しているのに不信感を感じた捜査員によって容疑者まで上り詰めた。しかし、逮捕まであと一歩というところで証拠不十分で起訴できないことがわかった。絶対に犯人であることがわかっているのに物品証拠が少し足りなかっただけ、でのその結果に異議をなす者が多かったが、法律で決まっている事なので仕方なかった。私だって悔しくないわけがなかった。今回こそは、絶対に起訴までもっていってやる。その為に必要なのは証拠集めだ。今度こそ証拠不十分なんて結果をださせるもんか。奴への執念が燃えるなか、海条から、このままでは担任、浜岡さんが暴走する可能性が高いと山喜さんの妹さんが言っていると連絡が入った。暴走とはどこまでのことを言っているのかわからなかったが私は奴を捕まえるため浜岡さんに協力してほしかった為、特に指示を出さなかった。
私が担当していた森本桃亜ちゃんは生まれつき心臓が悪く、心臓移植をするしか彼女が4歳の誕生日を迎えるすべはなかった。その日は彼女の誕生日のちょうど一か月前で嬉しい知らせが入った。彼女の細胞から作られたクローンの心臓が完成したというのだ。海外で作成されたため輸送に三週間近くかかる可能性が高いとの話だったが、希望の光が見えた。今の状態を見ているとかなり安定しているので三週間なら待てると返事をした。毎日面会にも来るご両親にも伝えると泣いて喜んでいた。細胞から作られているため拒否反応が少ないと同時に誰かの命が途切れるのを待っていなくて良いというのは心が楽だと以前父親は言っていた。それから二週間が過ぎた頃、夜中に当直から呼び出され彼女の心肺停止が5分を経過したことを伝えられた。私は病院の隣にある職員寮から急いで向かったが、着いた頃には彼女の人工心肺も止まっていた。彼女の病室はいつも明るい笑顔の女の子に癒されようとたくさんの看護師が訪れる、そんな病室だったのに今は真っ暗な洞窟のように感じられた。移植が間に合えば、間に合えさえすれば急変することなく今もここに生きていたのに。私はご両親を呼び、涙を堪えることが出来ずに泣きながら桃亜ちゃんの亡くなった経緯を説明した。本来医師が泣きながら説明をするのはご法度だったが一緒に説明をしていた看護長も一緒になって泣いていた。それほどに皆が気にかけていた子供だった。
私は移植が決まった時のご両親の笑顔が思い出せないほど落ち込んでいた。そして思った。誰かに任せているからこうやって間に合わない事が起きる。自分の手で臓器を運べないものだろうか。それから私は狂ったように考え続けた。個人での臓器のやり取りは法律で禁止されている為、どこも直接医師に渡すことを拒否した。それならば臓器移植専用の回線を使ってやり取りを出来ないかと、考えたが費用がかかりすぎることが分かった。その時、とある児童が虐待の疑いがあるため診断書を書いてほしいと保育園の先生が児童を連れてやってきた。私はいつものように警察に連絡してから児童を診察した。その子は3歳の男の子で頭に固いもので殴られた跡があった。レントゲンを撮るとヒビが入っていることが分かり、診断書に記入し、それが証拠となり保護されることとなった。しかし、後日その子の両親が私の元へやってきてあれは灰皿がテーブルの上から落ちてしまいたまたま下にいた子供に当たってしまっただけだと抗議しに来た。だが話を聞いているうちに日常的に暴力を振るっていたことが分かり、私は不思議と桃亜ちゃんのことを思い出し、気づけば、だったらその要らない子の心臓を移植すれば良かったのでは、なんて考えていた。一度はバカらしい考えだ、と思ったが段々と良い案に思えてきて仕方なかった。暴力を振るうほど要らない子供がいるならば大金を払ってでも助けたいと思われる子供に臓器を移植できないものか。そんな恐ろしい考えが私には画期的に思えてしまったのだ。それからというもの、私は虐待の恐れがあると連れてこられた子供の親の連絡先をコピーして誘拐しては夜中の手術室で臓器移植用に臓器を抜き取っていた。その行動はやがて病院の中で噂となり、私は信頼の置ける者だけその事実を話したが、誘拐してきていることは伏せた。そして臓器の拒否反応が起きないように患者の細胞を臓器に移植させる技術を身につけ、移植の成功率をどんどんあげた。一時期警察にそのことがばれそうになったが、誘拐された親に口止めをしていたおかげか、逮捕されたりはしなかった。また、安心して救われる子供を増やすことが出来る。
俺と山喜は次の日の朝、早めに学校へ行き、これからどうするか話をすることにした。その為、学校へはいつも7時過ぎについていた俺は6時半に着かないといけなくなり、朝起きたのは五時だった。学校へは俺の家から自転車で行けるためなんでそんなに早起きなのかというと、朝ご飯を食べるのに時間がかかるのだ。電子レンジや調理器具が無いため、大家さんがいつも朝食を持ってきてくれるのだが、その時間が六時なのでそれまで待たないといけない。その間に病院長、脱木熊太郎について調べようと思ったのだ。彼は以前、テレビで取り上げられてから有名になり、病院も保険が効かない診療が多いのに、患者は全国からやってくる。それだけ高度な治療を受けさせたい親が多いのか、なんとも複雑な気持ちを抱えながら持ってきてくれた朝食、アジの開きやきんぴらごぼうを食べながらいろいろ考える。俺は、ある計画が頭の中を埋め尽くしていた。山喜は反対するだろうか、協力してくれるだろうか。俺は学校へ行き、電車通勤の山喜を一人、薄暗い職員室で待つ。電気が点くのは朝の7時から、山喜は約束の時間の少し前にやってきた。そして、俺の考えを伝えるとすぐに、協力しますと、言ってくれた。さっそく放課後まで待つと校長にこう伝えた。
「俺たちは怪しい病院を突き止めました。今度、その病院に忍び込んで、樹の誘拐と関係があるか、調べてこようと思います。しかし、何かあってからでは遅いので警察へ連絡をしようと思いまして、その前に校長にもきちんと伝えておくべきかと。」
校長は俺の発案に驚きつつも、
「樹君が誘拐されてから四日が経つようです。警察から捜査が打ち切られるという連絡が来ました。警察に任せているとまだ間に合うかもしれない命を失うことになるかもしれない。君たちのことは僕が全力で守るが、もしかしたら教員免許をはく奪され、投獄されるかもしれない。罪を一生背負うことになる。それでも行くというのかい?」
と、俺たちの身を心配してくれた。
「はい、そのくらい覚悟はできています。ですが、校長もおっしゃた様に、間に合うかもしれない樹を助けずになにが教師ですか、担任ですか。俺は後悔したくない。山喜も協力してくれると言っています。必ず二人で帰ってきますので俺たちに何かあったら、よろしくお願いしたいのです。」
俺たちはさっそく職員室に戻りこれからの話をした。平日は学校があるため動ける時間が限られているし土日は部活の顧問がある為、あまり力にはなれないことを謝った。そして山喜のお兄さんへも改めて協力をお願いした。すると校長が来て、しばらくバスケ部の顧問を雷馬先生に変わってもらうようお願いするので土日と放課後、時間とれるように調整してください。と有り難い話が合った。とりあえず、明日の授業の準備をし、作戦を練るため、俺の家の近くにある個室居酒屋向かうことにした。食事もとれるし個室だから、声の大きさに気を付ければ話を聞かれることもない。俺たちは山喜のお兄さんが来るのを待って、お店を訪れた。そして、まずは食事をした。山喜のお兄さんはノートパソコンを持ってきていた。何でも裏サイトやウイルスなどの危険があるサイトを見るようにセキュリティを改造したのだという。なんて腕前だ。そして、そのパソコンで噂のサイトを見た。神様宛ての書き込みは昨日見た時よりも増えていて、とてもじゃないが親の書き込みとは思えなかった。しかし、読みすすめているうちに、この書き込みからひとつ新たに分かった事がある。誘拐されているのは東京がほとんど、遠くても千葉や埼玉など、関東でしか誘拐をしてくれないというのだ。このことが分かったのは大きな収穫だった。俺たちは深くため息をつき、この書き込みで管理人と連絡を取るようになり、息子を誘拐してもらった、という事かと理解した。俺はこの脱木がやっている病院に誘拐する理由があるのではないかと思った。そもそも保険の利かない自由診療に全国からがんの子供を連れてくるほど小児がん専門の病院が少ないのか、まぁ、少ないとは思うがそれでも、保険の利く病院を選ぶだろう。それに、専門病院じゃなくても治療自体は可能なはず。俺の意見を聞き、病院に入院している子供の親に話を聞くことを山喜は提案した。俺たちは明日の放課後、良い病院を探している夫婦を装い、看護師や親に話を聞くことにした。そして、樹を救うにはもう時間がないことを再確認した。もしかしたら樹はもう、なんて思いが頭をよぎる。しかし、俺たちが諦めたら樹は、怖い思いをしているかもしれない樹を心配する人が居なくなってしまったら、そんなつらいことはない。作戦を決めるとお開きにした。だいぶ遅くなってしまったが、実際のサイトも詳しい人と見ることが出来、方向性も決まったことでやることが明白になり、助け出すことへの希望が見えてきたのが嬉しかった。帰宅し、ふろに入り額縁に入れているクラス写真を眺めながら眠りについた。学校へはいつも通り七時近くに向かい、授業の支度をし、いつもどおり授業をする。もしかしたら今日が最後の授業かもしれない、そう思うと少しみんなの顔がにじんだ。だが、今日の放課後は山喜と病院へ行く。体調を崩すわけにはいかない。ここぞの時に体調を崩しやすい俺は給食を控えめにし食後の運動として生徒たちのサッカーに混ざった。放課後、明日の授業の準備は家に持ち帰ることにして、山喜と病院へと向かった。脱木院長の病院はここから電車で1時間ほどかかる。移動中兄が引きこもりになった理由を教えてくれた。山喜のお兄さんは子供が大好きで保育士を目指し専門学校へも通っていたが、ある実習先で男の保育士という事でいじめを受けたことがあり、そのことがトラウマになってしまい専門学校を辞めて、引きこもってしまったとのことだった。確かに男性の保育士は少ないがいじめの対象になるなんてひどい話だと自分のことのように腹が立った。駅に着くと今回の作戦のおさらいをした。まず、俺たちは夫婦で4歳になる娘が白血病のため、良い病院を探している、という設定でいろいろと話を聞きだす。うまくいくだろうか。まず病院へ入るとその明るさに驚いた。小児というのは知っていたがここまでファンシーな造りになっているとは驚きだ。待合室の長椅子には子供向けアニメのキャラクターのシールが貼られているし、診察室のドアにはかわいいイラストが描かれている。看護師さんやジムさんの白衣はカラフルでキャラクターもののサンダルを履いている。俺たちはさっそく受付の女性に話を聞きたいことを伝えるとすぐに案内された。小児がんにまつわる書類などが置かれた相談室で話を聞くことが出来た。大まかな病院のつくりやどういった病気の子供を対象としているか、通院での抗がん剤治療や、入院した時にかかる費用など細かく説明してくれた。何かご質問はありますかと、聞かれた。「この病院の退院率・完治率がすばらしいですが、どのような治療でここまでの数字が出るのですか。私どもの娘はまだ4歳なんです。これからもずっと病気と闘い続けないといけないなんてあまりにも可哀そうすぎます。お金はいくらかかっても構いません。」そして泣くふりをする。もし、裏で何か動いているならばお金をいくらでも、というワードで話がでる。そして、案の定看護師はぺらぺらと話をしてくれた。「ここでの完治率が高い理由としましては移植手術の割合が高いことが関係しています。抗がん剤治療に加え、移植手術を行うことで完治を目指すことが出来ます。もちろん、転移していれば移植は難しくなります。臓器であれば移植できますが、脳や骨は移植が出来ませんから。そして、なぜこの病院の移植手術の割合が高いか、それはお答えできませんが、あえて言えば親切な方が病院に臓器を回してくれるんです。それで、質問の答えになりましたか」 臓器移植。これだ。この為に院長は誘拐をしているんだ。そうか。「話を聞いてよくわかりました。ここに入院させれば移植を受けさせることが出来るという事ですね。家に帰って少し妻と話をしたいと思います。ありがとうございました。」俺たちは病院を出て、近くのファミレスへ入った。すっかり遅い時間になってしまった。すると何の奇跡か、院長が席に通されている。山喜に知らせ、様子をうかがう。院長は電話をしに喫煙所へと入っていく。俺はすかさず後を追い、さも、タバコを吸いに来た客を装い、出口をふさぐように立った。怪訝そうにこちらをにらむが電話は続ける院長。相手の声は聞こえないが、口元をふさぐ院長の話声は聞こえるので耳を澄ませる。明日とか、心臓がとか、外国船などのワードが聞こえてくる。「ちょうど四日前に手に入った新鮮なのがある。まだ生きている。700だ。」院長の話声は段々と大きくなっていく。俺は四日前という単語を聞いてぞっとした。確か樹の無断欠席が始まった日とかぶっている。樹のことか、まだ生きているのか。俺は院長が電話を切り、タバコを吸い始めたあたりで喫煙所を出た。そして山喜にメールで中での電話を内容を伝えた。聞こえたことから樹はまだ生きているが700万で外国船に売られそうになっていると予想が付いた。そうなれば樹が今どこにいるのか。院長が誘拐し、病院で移植に使うのならばやはり病院へ連れてくるのか。俺たちは山喜のお兄さんに病院での話、院長の電話の件、それからもし今この瞬間樹が病院にいるならば助けに行かないと、明日出航するので手遅れになることを伝えると、20分後病院の見取り図を送ってくれた。そして、院長室の横にある調理室の奥の壁だけが材料が違うことを教えてくれた。この短時間でここまで調べ上げるなんて凄すぎる。
海条からまた、担任に動きがあったと連絡を受け急いで電話をつなげると、なんでも病院に忍び込むという作戦を組み立てたらしい。そんなことを警察は出来ない、悔しいが一般人だから出来る事であった。私は上に、今までの事を全部話し、まだ間に合う可能性を提示した。捜査員の導入や様々な機器の使用の許可を得るためだ。しかし、一度解体した捜査班を再結成することは出来ないと言われてしまった。私は上の許可を得られず、また奴を逃すのかと思うと悔しかった。しかし、私の立場を使えば、一時的なら捜査員の導入や指示を出すことはできるはず。私の権力を使ってあの子供を助け出そう。権力とはこういう時の為に持っているはず。私は覚悟を決めて山喜さんに電話をかけるよう、海条に言う。しばらくすると海条が電話機を私に渡す。
「はじめまして。海条の上司の原田と申します。いつも警察への情報提供をされていますね。ありがとうございます。率直に申しますと、病院へ忍び込むという事を聞きまして、協力させていただきたいのですがなにか助けになれることはありますか?」
私は初めて話す相手に緊張したが、山喜暖と名乗るその男はとても気さくな良い人だった。
「そうですね、浜岡さんという男性が樹君の担任なんですけど、病院に今夜忍び込もうとしています。ですので、侵入しやすい様にサポート、、、そうですね、院長含めすべての医療者を集めていただきたいです。子供たちへ接している者はそのままで結構ですが、事務員などを積極的に集めていただきたいです。」
「わかりました。では、我々と電話をつないだまま指示を出してくれますか、私たちはその通りに動きます。出来る限りのことはサポートしますので、よろしくお願いします。警察が一番に動けなくてすみません。」
私は電話を無線に切り替えて、海条、それから仲間としてずっと動いてくれていた人たちみんなに繋いだ。
俺は調理室へもぐりこみことにした。明日もまだ学校はあるがもう時間がない。俺は山喜に院長を引き留めてもらいまずは、院長室へ入り、臓器移植の資料を探すことにした。病院へまた入るとさっきの看護師と目が合った。そして近づいてきたので、入院させることに決めたが娘の今の病院がここからとても遠いのでいつ転院できるかわからないなどと話をし、さっきの相談室へと連れて行ってもらった。相談室へ着くと急いでドアを閉め、看護師の首を強く叩き、気絶させ白衣を羽織り院長室がある四階まで階段で上がった。ちなみに、相談室は使用中の札がかかったままなのでしばらくは大丈夫だろう。と思いたい。そして、四階につくと長い渡り廊下を渡って曲がり角にある院長室へ入った。なぜかカギは掛かっておらず、中には誰も居ない。念のため誰か来た時に分かるよう白衣に入っていた鈴のついたペンを入口の床に置く。院長室の戸棚には鍵がかけられているタイプが多く、証拠となる資料は鍵付きの棚に入ってそうだなと、開くところを片っ端から探していると開いた引き出しの奥に鍵が付いたままの金庫のようなものを見つけた。鍵が付いたままなんて罠かとも思ったが、中を見ると患者のカルテが入っていた。一度戻そうとしまったが、見覚えのある名前の患者だったためその子のだけ取り、院長室を出て、調理室へと向かおうとしたその時だった。ガタイのいい男がこちらを見ている。男の事務員だろうか、俺の顔に見覚えがあるか記憶を探っているのだとしたらばつが悪い。女ものの白衣を着ているなんてなんて言い訳をしようか。しかも顔写真付きの名札までついたままだ。まずい。このまま調理室へ行くのは危険すぎるできる限り高い声で院長先生はお留守でしたわと言うと、思った以上に低い声で驚いた。男は今日はもうお戻りにならないと警戒しながらも教えてくれ、あら、そうでしたのおほほほと階段へ急いだ。我ながらこんな犯罪に手を染める日が来るなんてと思いつつも、樹の為と言い聞かせながら、相談室へ戻るとまだ看護師は気絶していた。白衣を返し、急いで病院を出る。ファミレスへ戻ると山喜と院長の姿はなく外を見渡すと山喜が病院から出てくるのが見えた。
私は捜査員に病院に凶悪犯が逃げ込んだという体で病院中に警官を配置させた。子供たちの病棟にも警察官が警備に向かったのでと言い聞かせ、受付の事務員や医師、看護師を一階のフロアに集める。今回協力している捜査員の中には本当の目的を知らない者も少なくない。だがみんな何かしら感づいているのだろう。顔つきがいつもとは違う。私は事情を知っている捜査官の中に鍵開けの名手が居ることを思い出し、院長室のカギを開けてくるよう、命じた。かなり、いかつい感じだが話すと感じの良い奴だ。つながっている無線で集め終わった事、院長室のカギを開けていることを山喜さんに伝える。私は実際に動いている浜岡さんとも無線でやり取りをしたかったが、警察と話慣れていない人が忍び込むだけでも必死なのに無線まで気にはできないだろうという事で、山喜さんとやり取りをしている。山喜さんは妹の山喜碧唄さん、碧唄さんが浜岡さんと、つながっているのだ。山喜さんは浜岡さんに頼まれて、碧唄さんとのつながる小型無線機を渡してあると言っていたので大丈夫だろう。ちなみに、事務員たちを集める際、外来の受付時間は過ぎていた為、患者の姿はなかったのが功を奏した。
山喜に手を振り、こちらに来させると何をしていたかを聞いた。
「私は入院病棟の見学をしていました。先ほど入院の相談をしたものですと言ったらすんなり通してくれました。それより、入院している子供から気になることを聞きました。」
山喜は俺からカルテを受け取り鞄へしまい、ベンチに座ると子供と会ったんですけど、前置きをしてから話し出した。
「ここは、小児がん専門の病院のはずなのに心臓の病気で入院している男の子がいると、言ってまして。ちょうど四日前に来て誰も面会に来ないから、寂しいだろうと思って近くに寄ろうとしたら看護師さんに怒られた。その時に心臓が悪いことを看護師から聞いたようです。もしかしてその子って、」俺は樹が心臓が悪いなんて聞いたことがない。しかし、臓器移植を目的に扱われる体であれば、移植前に健康体か何らかの検査を受けるのは納得がいく。そして、その時に病気がわかった。そして何らかの理由から治療することが決まった。そう考えると無断欠席が続いた理由にもなる。まず、その子が樹であるか確かめる必要があると言うと、山喜は既にその男に子に樹君の写真を見せて本人であることを確認済みです。と言った。なんて頼りになる後輩なんだと感心しつつも、次どう動くか作戦を立てる必要があった。ちなみに院長の足止めをしようと立った時、院長の奥さんのお子さんとみられる人たちがやってきて一緒に帰っていったので病院へ行って少しでも情報が取れないかと思い行動に移したと言う。俺たちは入院している子供をどう外国船に連れていくのかを考えた。心臓が悪く、治療を受けているならば歩いて動くことは困難なはず、車いすに乗せ、車で移動させるか、もしくは救急車を使うだろうと結論づいた。そして、本当に明日連れて行くのが樹なら、健康体と嘘をついたことになる。外国船に乗せるときに健康体を装わせると思うと、救急車で移動は無いとなり、やはり普通に車に乗せて移動するという考えにまとまった。俺たちは怪しい車が無いか駐車場を見ることにした。そして、一つの車に違和感を覚えた。ぱっと見普通の黒いバンだが、なにかがおかしい。遠目から見ているのでそれが何かがわからない。
「なぁ。あの黒いの、何かおかしくないか。」
山喜は俺の指さす車をじっと見つめると「確かに、何か違う気がします。ちょっと近づいてみましょう。」
そういうと防犯カメラや車についているカメラに気を付けながら前に進んだ。そして、すぐに引き返してきたと思うと俺の腕を引っ張って地上へと出た。
「なんだよ!」
俺がびっくりして病院から離れたところでつい大声で怒鳴った。周りにじろじろ見られ、声の大きさに気が付く。
「ご、ごめん。一体どうしたっていうんだよ。」
俺は山喜の顔を覗く。彼女は肩を震わせながら
「あの車、中が見えないようにマジックミラー加工がされてると思ってました。でも、あれはマジックミラーじゃなくて、車の中がそのまま黒いんです。それに車の中から誰かがこっちを覗いてて、私その人と目が合っちゃって、、、」
恐怖で立ってられなくなったのかふらつく山喜を支えながら近くの公園のベンチに座らせる。もし、狙い通りあの車に乗せて樹を連れ出そうとしているのなら目が合ったのはかなりまずいことになった。車を変更させられてしまうかもしれない、確認の為、あの車にもう一度近づく必要がある。俺は山喜の兄に頼んでおいた無線通信機を首につけ、山喜にもつけさせた。俺は目が合っていないので行くなら俺しかない。待ってろよ、今助けに行くからな。心の中で樹に励ましを送る。というよりも今からまたあの駐車場に潜入することに対して俺自身へ勇気を出させるための行動である。大きく深呼吸し、俺は駐車場へと向かった。さっきの車は同じところにあり、相変わらず人気は無く薄暗い。柱の裏に隠れ様子をうかがう。途中、患者だろうか、家族連れが2組やってきたので俺はそのたびに電話をかけ、車のキーを無くした振りをした。そんなこんなで40分程経った頃人の話し声が聞こえ、車いすを押すガラガラという音も同時に聞こえた。ばれないよう足音に気を付けながらのぞき込むとそこには酸素マスクをつけられぐったりとして眠っている樹が車いすに縛り付けられていた。思わず樹、と声が出そうになったが、周りには医師や看護師が付いて歩いているのが見えたので、ぐっとした唇をかんで堪えた。彼らは駐車場に止まっている車を見渡し、ナンバーを見て探しているように見えた。今行くか、いや、警察に見つかったとき俺の話を信じてもらうことが難しい状況であるかもしれない。樹には悪いが車に乗せられ外に出てから助け出した方が良いだろう。その時少々騒ぎでも起こせば周りの人たちの注目も浴びる。俺は無線機に口を近づけた。
山喜さんから浜岡さんが樹君の姿を確認したと連絡が入り、事情を知っている仲間たちで涙を流した。しかし、喜ぶのはまだ早い。いきなり目の前で泣き始めた捜査員を怪訝そうに見る集められた医師たちを逮捕出来る証拠を今のうちに集めようと、指示を出す。こうなったらなんでもありだ、あとで私が責任を取ろう。後悔しない行動をとるよう、事情を知らせなかった捜査員にも伝えると、さっそく、動いてくれた。私はようやく見つけた樹君の容態が知りたくなり山喜さんに聞くと、どうやら酸素マスクをしている事から生きていることは確かであることが分かるとまた捜査員は間に合って良かったと泣いた。今度はみんな泣いた。それくらい本当は樹君の事がみんな心配だったのだ。私は今度こそ院長を逮捕できるようますます証拠集めをするよう力を入れて指示を出した。私の仕事は指示を出し、その責任を取ること。現場の捜査員もわかっているのですんなりと動いてくれる。
「樹君が乗っているのは水色の軽自動車らしいです。碧唄に駐車場を出たら合図が出されるみたいです。その車を追ってください。」
山喜さんからの連絡があり、私は外で待機させていた捜査員に包囲網を張るように指示を出した。すると捜査員は既に包囲網を張り検問をしていると返事が返ってきた。なんと上が動いてくれたのだ。上の指示で包囲網にすでに引っかかっているであろう水色のバンを探すのに五十人の私服警官が導入されていた。私は安心して証拠を集めるがさ入れに参加できた。
「樹は車いすに縛り付けられて意識を失っているように見える。周りには看護師や医師が居て、車を探している。樹の乗った車が動いたら教えるからタクシーに乗って待機しておいてくれ。」
出来る限り小声で、でも聞き間違いが無いようにはっきりとゆっくり話した。すると「了解しました。この近くの堤防や浜辺に警官が紛れ込むようにして待機しています。無茶はしないでくださいね。」と少し緊張気味に震えた声が小さく聞こえた。この無線機はとても優秀みたいで、小さい声でもよく聞こえる。俺はしばらくじっと看護師たちが車を探すのを見続けた。例の車は素通りしたので今回のとは無関係だったのだろうか。看護師の一人がありました!と小声で言うが、音が反響しやすいせいか、ばっちり俺にも聞こえた。見ると、水色の小さな軽自動車を指さしていた。医師が車に鍵を差し込む。
「水色の軽自動車だ。運転するのは髪の長い男で医師っぽいぞ。今、車いすから後ろの座席に樹を乗せている。車いすは他の看護師が持っていった。水色だからな。」
俺は早口で今起こっていることを伝えた。何人かの看護師にお辞儀をされながら車が発車する。これから樹に何が起こるかわかってのお辞儀なのか。俺は山喜が車を追い始めたことを無線で聞いた後、まだお辞儀をしている看護師に近づいた。看護師たちは顔をゆがめ、なんですかと、ぶっきらぼうに聞いた。
「単刀直入に聞く。今車いすで来て車に乗せられた男の子はこれから臓器移植の為に海外かどこかに向かった。間違いないか。」俺は一人の肩をつかみ目を見て聞いた。彼女は他の看護師よりも若く動揺が見えたので話をしそうだなと、思ったのだ。案の定彼女は否定も肯定もせずにただほかの看護をちらちらとみるだけだった。他の看護師はいきなり失礼でしょう、何の用だの文句を言うだけだった。話にならないとわかり、俺は車が出ていく出口へと走り、タクシーに乗り込む。ちょうど病院ということもあってかこの通りはタクシーが多く通るのが良かった。俺は無線で山喜と今どこら辺を走っているのかを聞き、追いかけるように走った。どうやら水色の車は近くの防波堤にやはり向かっているようだった。船でも止めているのだろう。しかし、急に渋滞に引っかかったと山喜から連絡が入る。麻薬の密売人が紛れ込んでいるという体で検問をしているという事だった。俺は山喜の兄の幼馴染という女性刑事に電話で水色の髪の長い男が乗っている車に乗せられているのを見たことを伝えると「了解です。見えている車がそうだと思うので気を付けます。ご協力感謝いたします。」と言い、電話がブチっと切れた。それから、俺の乗っているタクシーも同じ列にハマると金を払い外に出た。タクシーの中でコートを脱ぎ、持ってたワックスで髪形を変え、マスクをする。急ごしらえだが、まぁまぁ良い変装だろう。歩道へと移動し水色の車目指して歩き、横目で運転席を見ると、駐車場で見たあの髪の長い男が白衣を脱いでイラついた様子で座っていた。運転席の上にぶら下がっている鏡で後ろに樹が居ることも確認できた俺はそのまま車を通りすぎた。そして、検問所をもし突破されたとき用に検問所から少し離れた車道で待ち構えることにした。山喜も外へ出ましょうかと、言ってきたが万一目が合った男から怪しい女が居たなんて情報があると困るから中に居てもらうことにした。しばらく携帯を見ているふりを続けていると遂に水色の車の番になった。運転手の免許証を確認し、後ろに座っている樹にも声をかけ、返事がしないので怪しみ始め、運転席の男に外に出るよう誘導。なかなか上手い足止めだ。それにしてよく俺の話を山喜が信じ、その話を刑事が信じて動いてくれたなぁ、と感心していると息子を起こしますねと、運転席へ戻ろうとする医師を止めきれずに乗られてしまった警官が怒鳴り声をあげた。俺は素早く車道へと策を飛び越え、車の後ろに飛び乗り、しがみついた。医師は警官から逃げるのに必死で俺が居る事には気づいていない様子だった。俺は猛スピードで走り回る車から落ちないように気を付けながらトランクのへっこみに手をかけた。が、いきなり方向転換をした為落ちそうになり、やっとつかんだへっこみから手を抜いてしまった。もう一度手をかけようと腕を伸ばした時、前の方からパトカーがやってきたので少しひるんだのかスピードが落ちた。挟み撃ちにするつもりだろうか。その隙に俺はトランクをこじ開け荷物入れに入り込んだ。この手の車はトランクと中の座席の空間はつながっていることが多いので、思い切った賭けだったが、うまくいった。荷物入れにいきなり現れた俺は運転席の上の鏡に思いきり映ってしまったが、運転席の男がパトカーとのかけっこに夢中であったおかげでうまく座席の後ろに隠れることが出来た。樹の腕を軽くゆすってみるが反応は無い。ただ、ちゃんと温かかったので間に合ったのだと涙が出そうになった。無線で無事であることを山喜に知らせようと思ったがこの距離ではさすがにばれるかもしれないと、怖くなったので辞めた。樹を乗せたカーチェイスは案外すぐに終わった。パトカーに乗っている女性の発砲により、タイヤをパンクさせられたのだ。その反動でかなり車が回ったが引っくり返ることは無く安心した。これでやっと捕まって大人しくなるかと思ったが、この医師はとんでもなくあきらめが悪かった。なんと樹の首にナイフを突きつけ警察が近づけないようにしたのである。俺は途方に暮れた。ここまで来て樹を死なせてしまうのか。いや、俺が助けると言ったのだ。有言実行せねば教師ではない。頭の中でシチュエーションを立て、実行するタイミングを見計らった。下手すればナイフは樹の首元を貫通するだろう長さである。俺は静かに息を整え、医師が警官と怒鳴りあいをしているときに少し腕がブレるときがあることを見つけたので次にブレる時を待った。そしてその時は来た。俺はナイフを持つ手を柄ごとねじりあげ、樹の首に右手を回す。これで万一ナイフが首に刺さっても、実際に刺さるのは俺の腕で済む。俺の登場にあっけを取られている医師はあっという間に周りを囲んでいた警官によって外に引きづり出され手錠をかけられた。俺は樹を抱きしめたり、頭をなでたりして無事であることを喜んだ。息をしていることも酸素マスクによって明らかであるし救急車の音が聞こえたのも、安心した。山喜は警官に事情を説明している。俺は樹と共に救急車へ乗り込んだ。ついでに俺もケガしていないか見てくれると救急隊員がいうのだ。俺は今日一日の行動が余りにも予想外すぎて疲れはて、横になって眠っている樹の手を握りしめながら眠りについた。