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仮想戦機バトルギア

作者: ズック

実際のレースゲームとはなんの関係もありません。


 きっかけは些細なことだった。


──ヒロト君とバトルするの、つまらない。


 子供の頃の、遊びの中での些細な喧嘩。いや、喧嘩ですらない。幼馴染みの少女に言われて、少年は何も言い返さずに立ち去ったのだから。

 少年はその後、少女と遊ばなくなり、また少女と遊んでいた遊びもしなくなった。

 ただそれだけのお話。



**********



 地元の高校に入学して一か月。ようやく同じ教室の顔と名前が一致しだしてきた頃だ。

 学ランに身を包んだ少年がほかの生徒と混じって登校していた。


「よう、ヒロト!」


 少年──鋼鉄(はがね)ヒロト──は声に振り返る。クラスメイトの男子が小走りで追いつき、並んで歩きだす。


「部活、決めたか?」

「まだだ。バイトもあるから入らなくてもいいかとも思ってるけど」

「なんだよ、一緒にギア部入ろうぜ」

「いや、俺はギアは……」


 もう、乗るつもりはないんだ。

 ヒロトは言葉を口にできなかった。


「おっ、志々島さんだ。あの人もギア部だろうし、な? な? 一緒に入ろうぜ?」


 ヒロトはクラスメイトが話に出した女生徒を横目で見る。凛とした佇まいの少女が横を通り過ぎて行った。

 志々島ユカリ。昨年度中学バトルギア全国大会シングル部門優勝者。容姿端麗にして頭脳明晰、おまけに人当たりもよく──と、天が二物も三物も与えたような女性だ。

 ヒロトはそんな彼女のことが苦手だった。

 部活のことは考えておくよ、と濁して話を終わらせる。通り過ぎたときの視線には気付かなかった振りをして。


***


「こんにちは」

「ああ、ヒロトくん。こんにちは。今日はまだ暇だから軽く掃除をしたらカタログ見ないかい?」

「わかりました。さっさと終わらせましょう」


 放課後、ヒロトはバイト先の玩具店に来ていた。子供の頃から世話になっていた店で、店長とも長い付き合いだ。

 子供たちが保護者同伴でちらほらといるが全員顔馴染みのある人たちなので、勝手知ったると言わんばかりに、とはいえ邪魔にならないように店内の掃除を終わらせて、カウンターにカタログ雑誌を広げる。

 今日発売されたパーツ・武装カタログの目玉は、実用性は二の次で浪漫を求めた武装ばかりを開発することで有名な十二月機関の新作だった。エネルギー弾を無力化する『EC-ラフレシア』という大きな花のようなものが見開きのページを占領している。

 ヒロトと店長はあまりあの会社らしくない新作だ、などと言葉を交わしていると男子小学生が近付きハキハキとした声でヒロトを呼んだ。


「おにーさん。ギアの組み立て手伝ってくれませんか!」

「はい、いいですよ。店長、手伝い行ってきます」

「うん、よろしくね」


 ヒロトと少年は店の一角にある作業スペースに入る。そこには長机ほどの大きさの大型筐体が鎮座されており、子供たちと付き添いの保護者が思い思いに席に着いていた。

 ヒロトと少年は空いている席につき、少年がカバンから出した手のひらほどのメモリデバイスを筐体に差し込んでVRゴーグルを被った。


***


 ギア。とある企業が開発した全長6メートルほどの巨大人型ロボットの総称である。ただし、現実にあるものではなく、仮想現実の中での話だ。

 発表当初はロボットに乗って健全なスポーツを、という文言だったが、一部の人たちはそれで満足するはずもなく「ロボットでバトルしようぜ!」という言葉から仮想現実での決闘ごっこ、戦争ごっこが実現してしまったのである。


「なんだ、全部出来ているじゃないか」

「うん。ちゃんと動くかの点検もしたから、最後の仕上げを綺麗にやってもらいたくて……」

「最終点検もやってあるのか。よし、店頭に飾れるくらいにかっこよく仕上げてやる」


 ヒロトの目から見て、少年の初心者用のギア『ハウンド』はしっかりと作られていた。

 ギアは大まかに頭部、胴部、腕部、脚部の4つのパーツから構成されている。組み上げた機体に何を持たせるかで、スポーツに使うかバトル用のギアとして使うかが決まる。

 少年が組み立てたハウンドの背にアサルトライフルと片刃の剣が鎮座してているのを見るにバトル用だとわかる。

 ヒロトは元は灰色の、今は大部分をシアンブルーにペイントされた機体を端末を操作しながら磨き上げていく。その際、少年に仕上げのアドバイスをすることも忘れずにしておく。

 ヒロトはギアが好きだ。特にバトルギアが。子供の時分、当時の世界チャンピオンにあこがれてこの道に入った。

 当時のチャンピオンは「魅せる」試合ができる乗り手(ファイター)だった。試合を見て、ワクワクした。心が躍った。あんな風に自分もなりたいと思った。

 だからこそ。つまらないなどという言葉に打ちのめされたのだ。


***


「なんだとこのガキ!」

「まあまあ、落ち着いて……」

「あなたたちが割り込んだのが悪いのでしょう。ルールとマナーくらい守ってください」


 ヒロトと少年が仮想空間から戻ってきたとき、にわかに店内が騒がしくなっていた。見ればレジの所で男二人とヒロトの学校の女生徒が言い合い、それを店長がなんとか取りなそうとしている。

 二人組の男にヒロトは見覚えがあった。ギア関係の店で騒ぎを起こし、その場にいる乗り手に無理矢理バトルに持ち込み、勝って「はいさよなら」と逃げだしてその一部始終を配信する。毎度炎上させて再生数を稼いでいる逮捕されていないのが不思議なお騒がせGTuber(配信者)だ。なまじ実力があるのが手に負えない。

 二人組相手に気炎を上げている人物はと、ヒロトは女性の顔を見て目をむいた。

 今朝も見た自分のクラスメイト、志々島ユカリだった。


「俺たちが勝ったら下着姿で土下座でもしてくれんのか?」

「いいでしょう。受けて立ちます」


 ヒロトが電話をしていると、なぜだかユカリが一人で二人組とバトルすることになっていた。しかも洒落にならない罰付きだ。

 ヒロトは店長を見るがあの人には過去の事情もあってギアに乗るのは無理だと知っている。

 周りの子供に同伴してきた大人を見るが、誰もが遠巻きに見ているだけで名乗り出るような人はいない。

 かといってヒロト自身も。


──つまらない。


握り締めた拳はただ震えるだけだった。


***


 3機のギアは崩れた建造物が所々に残る荒野に降り立った。建物郡で隠れる場所が多い場所と障害物がほとんどない荒野が混在するステージだ。ヒロトや店長、その場に居合わせた客はそれを店内に設置された大型モニターで見ていた。

 ユカリが操るのはエネルギー系の武装を主とするバランス型の中量機体『ヴァイオレット』。目を引くのは脚部パーツが逆関節型であり、また、全身のパーツがひとつのシリーズパーツで揃っていない、いわゆるキメラ型と呼ばれる構成になっていることだろう。

 ヴァイオレットから遠く離れた場所に立つ男2人組の機体は、そこには異様な姿のものがあった。

 灰色の機体と黒い機体。灰色の機体は装甲が厚く、まるで要塞のような見た目をしている。大型の盾とガトリングガンを持ち、背中にはミサイルまで装備している重武装だ。しかしそれではない。

 黒い機体はユカリのヴァイオレットと同じような中量型だ。大口径の両手持ちエネルギーカノンと、機械の花の(つぼみ)のような武装を背負っている。

 ヒロトにはその蕾に見覚えがあった。


『いまなら普通に土下座で許してやるぜ?』


 機体に乗った3人の画面にカウントダウンが表示され、残り10カウントとなったころに男の一人が対戦相手にも聞こえるオープン回線で降伏勧告をしてきた。

 しかしユカリは鼻で笑って言い返す。


「あら、優しくて涙が出そう。でもお生憎さま。私はあなたたちに土下座してほしいの」

『そうかい』


 ──3、2、1。

 ユカリは手汗をハンカチで拭こうとして、そんな時間はないと制服で拭い、球体型のコントローラーを強く握る。

 0。

 ユカリが駆るヴァイオレットは背部のスラスターを吹かして地を滑る様に前へ出る。ヴァイオレットに狙撃ができるような長射程の武装は積んでいないため少なくとも目視できる程度まで近付かなければならない。

 ヴァイオレットが建物群を越え、開けた荒野に出る。そこに黒と灰が並び立っていた。

 ヴァイオレットは相手の側面を取るように横へ滑りながらエネルギーライフルを構え、撃つ。しかし灰色の機体『フォートレス』が微動だにせず大盾でエネルギー弾を受け止める。


(反撃してこない……? 舐められてるわね)


 ユカリは小さく舌打ちをして、手元のコンソールパネルを操作する。

 ヴァイオレットが持つエネルギーライフルが変形する。ライフルとハンドカノンを切り替えることが出来るE.A.社の最新モデルだ。

 ライフルの時よりも大きな音を立てて紫色の砲弾が尾を引いて発射される。

 これなら、とユカリは思ったが黒い機体『ブラックマスク』が僚機を守るように前に出て肩に背負った蕾を開くと、砲弾は花弁に当たる直前に霧のように散っていった。


「嘘!?」


 ユカリは目を見開いて確認するが、黒い機体に傷ひとつないことは変わらない。

 ブラックマスクが持つエネルギーカノンが唸りを上げる。照射型のレーザーが逃げるヴァイオレットを追いかけて地面を薙ぎ払う。ヴァイオレットのブースターエネルギーが切れかかるが、そこでユカリはヴァイオレットをその脚で今までとは逆方向に、レーザーを跳び越すように跳躍させる。ブースターをほぼ使わずにこのような動きができるのは逆関節型の脚部パーツを採用している機体だからこそできる曲芸である。

 ヴァイオレットは跳躍中に予備(サブ)として登録している実弾の散弾銃を左手に装備し、着地と同時にエネルギーカノンと撃つ。しかし花弁(ラフレシア)によってエネルギー弾は同じように霧散して、実弾すらも花弁に当たる前に弾かれた。相当強い力場を展開できるのだとユカリは認識した。

 ならば恐らくは展開持続時間は短いだろうとユカリはあたりをつけて射撃を継続しようとするが、フォートレスがブラックマスクを隠すように前に出てガトリングガンを撃ち放つ。

 ブースターを吹かして後ろに下がりながら左右に機体を振ってエネルギーカノンを撃つが、ブラックマスクが花弁を使うこともなくフォートレスが大盾で受ける。ダメージは入っているだろうが、盾を壊してもフォートレス本体の装甲も厚く、なによりブラックマスクの花弁がある。

 ユカリには早くも詰みと思えるような状況をひっくり返すことができる切り札を持っている。だがそれを使うことができるようになるまでにもう少し時間がかかる上に、即座に撃てるようなものでもない。

 今この瞬間にも避けきれなかったガトリング弾がヴァイオレットの装甲を削り取り、ヴァイオレットのシステムAIが警告音(アラート)を鳴らしてユカリに絶望的な状況を知らせてくる。


──隣に誰かいれば。


 ユカリはその特定の誰かの顔を思い浮かべて、苛立ちで無意識のうちに舌打ちをした。


***


 店内の大型モニターを見つめるヒロトの想いは単純であった。確かにヒロトは志々島ユカリのことが苦手である。ただそれとこれとは話が別だ。ユカリがこのまま負ければ彼女は辱めを受ける。それがヒロトには我慢がならなかった。

 辺りを見回して目当ての人物に近寄る。先ほどまでヒロトと一緒にいた、ギアの仕上げの手伝いを頼んできた少年だ。


「きみ、そのギアを俺に貸してくれないか」

「いいけど、でもただのハウンドだよ……?」

「それでいいんだ。ありがとう」


 ヒロトは少年からハウンドのデータが入ったギアメモリを受け取って席に着く。

 手のひらが汗でじっとりとして気持ち悪いが、そのほうが緊張も続くだろうとそのままにして、筐体にギアメモリをセットして専用のゴーグルを被る。


──7年振り、かな。


 ハウンドがステージに、立った。


***


 ヒロトは通信回線を開き、戦っているであろうユカリに話しかける。


「よう」

『……今さら何しに来たの?』


 通信越しでもわかるユカリの刺々しい物言いに、ヒロトは苦笑して、まったくだ、と心の中で自嘲した。

 だが既に腹はくくっている。


「……お前を勝たせに、かな」

『……そう。じゃあ早く来てくれる? こっちはもういっぱいいっぱいなの』


 言われなくとも全力で向かっている。

 アサルトライフル、手榴弾、実剣(ブレード)、追加ブースター。予備としてサブマシンガンが2丁。

 戦闘用として買った場合のハウンドの初期武装がしっかりとモニターに表示されて使用できることをヒロトに伝えてくる。

 ヒロトは考える。どうすればあの2人の防御を崩せるか。導き出されるのはやはり、()()()()()()()()()()という結論であった。


「見えた!」


 倒壊したビルを盾にしているヴァイオレットとそれにガトリングガンを撃つフォートレス。それに隠れるようにしているブラックマスクも確認できた。

 ハウンドが手榴弾を山なりに投げる。ヒロトの狙い通り、黒と灰の2機の直上に到達したところで爆発して金属片と爆風をまき散らした。

 しかしフォートレスはガトリングガンを撃つのをやめて大盾を上に構えてそれを防ぎ、その隙を狙ったヴァイオレットのエネルギーカノンはブラックマスクのラフレシアによって無効化された。


「悪いな。少し遅くなった」

『そうね。7年待ったわ』


 ヒロトはユカリの言葉に言葉が詰まった。なんと言って返せばよく分からなかった。

 ここで「誰のせいだと思っているんだ」などと恨み言の一つでも言えるような人物であればきっとここまで拗れるようなことはなかっただろう。


『よう、兄ちゃん。バトルに乱入だなんて、ちとマナーが悪いんじゃねえか?』


 オープン回線でフォートレスの乗り手が話しかける。

 ヒロトはそれに横やりに安堵するとともに鼻で笑って返してやった。


「おいおい、変則試合が普通の2vs2(デュオ)に戻っただけだろ。細かいこと言いっこなしだぜ」

『それもそうだ、なっ!』


 言うや否や、フォートレスがガトリングガンの引き金を引いた。弾丸の嵐が吹き荒れる。

 ヴァイオレットとハウンドは左右に分かれた。ダメージの残るヴァイオレットは建物群に残る形で、新品のハウンドは荒野へ走る。そのハウンドをフォートレスのガトリングガンが追いかける。

 弾丸の嵐から抜け出したヴァイオレットがフォートレスの横っ腹にエネルギ-カノンを撃つが、ブラックバイスのラフレシアがそれを許さない。

 だが先程までとは状況が違う。ユカリはそれに構うことなくブラックバイスに、ラフレシアに向かってエネルギーカノンを撃ち続ける。

 マガジンが弾切れのところで砲撃が止まる。ラフレシアは、健在だった。


(リロード忘れ……! 初心者じゃないんだから!)


 ユカリの感覚ではあと2発、いや1発あればあの花を突破できるというところだったのだが。ヒロトと合流する前にビルに隠れながらのめくら撃ちで無駄に消費していたことがあだとなってしまった。

 リロード作業をAIに任せてユカリ自身はヴァイオレットのスラスターを全開にして横へと避ける。一瞬前までヴァイオレットがいたところをレーザーが貫いた。回避しきれずエネルギーカノンがレーザーに巻き込まれた。

 ユカリは即座にエネルギーカノンを捨て(パージし)て跳ぶ。マガジンに込められたエネルギーが派手な爆発を起こす。

 ユカリの戦況は最悪と言える。しかし。

 ユカリの顔には笑みが浮かんでいた。



 フォートレスはガトリングガンをハウンドに向かってひたすらに撃ち続ける。ハウンドは所詮初心者用の機体。武器もろくなものを積んではおらず、自分の機体(フォートレス)にまともなダメージを与えられるのは手榴弾くらいしかないだろうと、男は笑っていた。

 それは実際当たっているし、この状況においてハウンドはただ嬲られるだけの存在であるはずなのだが。

 避ける。

 避ける。避ける。

 避ける。避ける。避ける。

 どうしたことか、当たらないのだ。

 ヴァイオレット相手に遊んでいた時とは違い、ハチの巣にするつもりで狙って撃っているというのに。

 時折撃ってくるアサルトライフルも腹立たしい。そんなもの効かないとハウンドの乗り手もわかっているだろうに。

 男の苛立ちが頂点に達し、今まで使っていなかった武器を使用させる。フォートレスの肩部ミサイルが都合16回、火を吹き、山なりにハウンドに飛んだ。ヒロトはそのうちの先頭に狙いをつけてライフルで撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 当たった。爆発。誘爆。

 16発分の炎と煙がハウンドとフォートレスの視界を遮った。


(大丈夫、覚えてる)


 ヒロトは爆煙の向こう側に狙いを付ける。狙うのはフォートレス、ではない。その後ろにいるブラックマスクの背部。ラフレシアとエネルギーカノンに繋がっているエネルギータンク──!

 3度。銃声が鳴る。

 煙の奥で爆発音がした。

 新たな爆風が煙が晴らす。

 ヒロトの目論見通り、ブラックマスクの武装は爆散していた。

 あとは目の前のデカブツを釘付けにするだけ、とアサルトライフルを捨てて背部に折りたたんでマウントされていた片刃の実剣を持って持ち、一時的に速度を上げる追加ブースターも全開にしてフォートレスに突撃する。

 振りかぶった一撃はフォートレスの頭部に吸い込まれることはなく、掲げた大盾によって阻まれてガトリングガンに晒される。

 ハウンドがガトリングガンにボロボロにされていく中でヒロトは叫んだ。


「ユカリちゃん! 勝て!」


 ユカリのモニターでもブラックマスクのラフレシアとエネルギーカノンが使い物にならなくなっているのがはっきりと確認できた。

 ヒロトがユカリの名前を叫ぶよりも早くユカリは空間ストレージに入れていた武器を取り出している。ギアが両手でようやく構えられる長大な砲。照射型レーザー砲『CRBR-XX』。ユカリの切り札だ。

 脚部パーツから固定杭(アンカー)が打ち出されてヴァイオレットを地面に繋ぎとめる。

 ブラックマスクが武装を捨ててヴァイオレットに突進して来ている。ブラックマスクの乗り手はヴァイオレットが構えた兵器のことを知っているようだ。撃たれたら負けることをわかっていて、逆に撃たせなければ勝ちだということも理解している動き。

 両手がふさがったヴァイオレットに迎撃手段は──ある。

 ヴァイオレットの腰部に付いたパックからギアの拳大の弾が射出され、距離を詰めていたブラックマスクの足元へ転がる。

 瞬間、弾は炸裂し、ブラックマスクの動きを止める。

 電磁バインドグレネードだ。


『エネルギー充填完了。発射スタンバイ』


 ヴァイオレットのシステムAIが機械音声で発射シーケンスの完了を伝える。

 

「消し飛べっ!」


 トリガー。極大のレーザーが射線上にいたブラックマスクを、フォートレスを、ついでにハウンドも光に包んでいく。

 照射時間は3秒ほど。

 最後に残ったのは荒野とエネルギーを使い果たしたヴァイオレットだけだった。


***


「っしゃぁ!」

「へーい!」


 ハイタッチ。小気味良い音が店内に鳴り響く。大型モニターにはユカリとヒロトのチームが勝ったことを表す文字が表示されている。


「お邪魔しましたー……」

「営業妨害を受けていると通報がありましたが、話を聞かせてもらってもいいですか?」


 そそくさと逃げ出そうとしていた男たちが警察と店長に事務室へと連れていかれた。

 これで懲りてくれればヒロトも通報した甲斐があるというものだが、そうはならないんだろうなと漠然と考えていた。

 ヒロトが少年にギアメモリを返してヒーロー扱いされているとユカリが話しかけてきた。


「バトル、楽しかった?」


 ユカリが小さな声で聞く。知りたいような、知りたくないような気持ちであった。

 ヒロトはそんなユカリの表情(かお)を見て笑ってしまい、ユカリは頬を膨らませる。


「ああ、楽しかったよ」

「そっか、よかった」


 会話が途切れる。話したいことはたくさんあったはずなのに、いざその機会が巡ってくると上手く言葉が出てこない。


「ごめんね」

「……なにに対してだ」

「うーん、色々?」

「……そうか。いいよ気にするな。……お前は」


──楽しかったか?


「ふふ、私ね、ヒロト君とタイマンするのは苦手だけどタッグ組むのは好きだよ」

「……なんだそりゃ」

「中学生くらいの時にようやく気付いたけど、一発逆転のためにガン逃げされるのはつまらないって言っても許されると思うの」

「お前に勝つために必死に考えたんだがなあ」

「小学生の遊びでやる戦法じゃないでしょ!」

「馬鹿言え。小学生だからこそ遊びには真剣になってたんだ」


 二人で笑いあう。まるで昔に戻ったようだとヒロトもユカリも思う。


「ね、部活やらない?」

「部活?」

「バトルギア部。デュオで登録しようよ。目指せ世界大会優勝ー! ってね」

「ずいぶんと大きく出たな」

「夢はでっかくないと!」

「でかすぎるだろう」

「ついでにもう一回ユカリちゃんって呼んでくれない?」

「絶対呼ばねえ」


 7年間の空白を埋めるように二人の話はいつまでも続く。

 


 その後、とある高校の男女ペアが全国大会で優勝して世界への切符を手にするのはまた別のお話。


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