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お坊ちゃまのご機嫌取り


 ハーブの話題も終わり、気が付けば井戸端会議のような奥様同士の会話が始まっていた。リーサとオーレリアも身分は違えど大分打ち解けたらしい。会話に入っていけない内容が多く、暇を持て余したらしいコンラートが椅子から降りてトコトコとこちらに歩いてきた。私の目の前で止まったかと思うと、キュッと手を握られる。


「城の中を案内してやる。来い」

「え?」


 返事も待たずズルズルと引きずられていく。え、待って待って。領主の第一婦人がいるのに途中退出ってありなの? いやでも領主の子供の誘いを断るのもどうなの? え、どうすればいいの?


 はいともいいえとも言えずに引きずられながらオーレリアに救いを求めて視線を飛ばす。


「城の外には出てはいけませんよ」


 オーレリアがにっこりと微笑んで手を振っていた。……あ、途中退出ありなのね。


 私を連れて部屋を出たコンラートは他の部屋には目もくれず意気揚々と一直線にどこかへと向かっていく。


「コンラート様っ、どこに行かれるのですかっ」

「良いから黙ってついてこい。母上は話し始めるといつも長いのだ。つまらない会話に付き合うよりは良いところへ案内してやろう。その方がお前も楽しいだろう?」


 いや、お城の中を案内してくれるのは別に良いんですけどね。いくら同い年位とはいえ、男と女とでは多少なりとも体格は違ってくる。身長差で言えば頭一つ分は体格に違いがあるのだ。必死に小走りでついていくが、こうも大股でズンズンと歩かれればさすがについていくので精一杯で息が切れてくる。


「っ……ちょ、」

「コンラート、止まりなさい」


 もう限界、と腕を強く引っ張って静止を呼びかけようとした時、低く静かな声がコンラートを呼び止める。その声に反応してコンラートがピタリと歩みを止めた。


 ふう……助かった。


 どなたか知りませんが呼び止めてくれてありがとう。胸に手を当てて大きく息を吸い、コンラートが止まっている隙に必死に息を整える。ふと、目の前に大きな影が差して息を整えるために俯いていた顔を上げた。

 私とコンラートの前に立っていたのは、身なりを綺麗に整えた一人の青年だった。見た感じ20歳くらいだろうか、まだ少し少年っぽさの残る綺麗な顔立ち。横髪が耳半分隠れる程度に整えられた銀色の髪がサラリと揺れて、光に反射している部分は朝露に光る蜘蛛の糸ような透明感がある。幻想的な金色の瞳がこちらを厳しい眼差しで睨んでいた。


「周りをいつもよく見なさいと言っているであろう。其方が強引に連れまわしているその相手は今にも倒れそうな顔色をしているが」

「うるさい! お前の話なんて聞いてない!」


 静かに窘めるその人をキッと睨み付け、反抗の意志を示す。仲があまり良くないのだろうか。先程まで先陣切って楽しそうに人を連れ回していたとは思えないほど親の仇でも見るみたいな目でその人を睨み付けている。

 そんな反抗的な態度のコンラートに青年は、深い溜め息をついて眉間の皺を深くする。美形の怒った顔は迫力が凄い。


「振り回される方の身にもなれと言っているのだ。私が引き止めなければその子は今頃其方の歩く速度についていけずに顔中血だらけになっていたかもしれない」


 その言葉に思わず全身血まみれでズルズルと引きずり回される自分の姿を想像してしまった。ちょっと、怖い想像させないでください美形さん。


「お前の指図など受けぬ! 行くぞ!」


 尚も態度を改める気がないコンラートはそう吐き捨ててグイッと握った手を引っ張り、再び歩き出す。ちらりと後ろを振り返ると頭を手で押さえて深い溜め息を吐く姿が目に映った。そりゃあんな反抗的な態度を取られたら頭を抱えたくもなるだろう。お礼も言えずにごめんね、美形さん。


 散々引っ張り回され着いた場所は庭園だった。色鮮やかな花が咲き乱れ、花々や草木が風に揺れて踊っている。


「わあ、凄い!」


 まるで映画のセットのような美しい光景に興奮している私とは対照的に、先程の出来事を引きずっているらしいコンラートはぶすくれている。


 もう、しょうがないなあ。


 このままご機嫌斜めを続けられては間が持てない。心の中でやれやれ、と肩をすくめながらコンラートの手をキュッと握ると私はにっこりと微笑んだ。


「コンラート様、こんな素敵な場所に連れてきてくださってどうもありがとう存じます。この庭園がわたくしの喜ぶ場所だとお分かりになるなんてさすがですわ」


 私の言葉にコンラートは目を瞬かせると、顔を真っ赤にさせて照れながらフンッとそっぽを向いた。


「貴族の男たるもの、女一人を喜ばせるくらい簡単だっ」


 伊達に日本で24年とこっちで9年生きてません。子供一人喜ばせるくらい簡単だ。


 内心ほくそ笑みながらも、表には出さずにコンラートの手を優しく引いた。


「せっかくですもの。あちらで少しお話ししましょう?」

「うむ。そうだな」


 すっかり機嫌の直ったコンラートを引き連れて庭園の中へと足を踏み入れる。夏の日差しはまだまだ強い。私達は涼しさを求めて大きな木の陰に腰を下ろした。


 先程の態度には少し驚いたが、話してみるとコンラートは比較的素直な良い子だった。領主である父親を深く尊敬し、自分もいつか父親のような領主になる事を目指している。ただ少し勉強が苦手なようで、勉強漬けの毎日に息が詰まると時々逃げ出しているのだとか。んー男の子って感じ。


「私は領地をまとめ民を導いている父上を尊敬しているのだ。だからいつも父上を馬鹿にしているあいつは嫌いだ」


 自分の父親について目をキラキラさせながら熱く語っていたコンラートが顔をしかめて呟いた。あいつとはあの美形男子の事だろうか。


「先程の男性の事ですか?」

「そうだ。あいつは何かあるとすぐ父上に文句を言う。いい加減執務を放棄して逃げ回るのはやめろだの、自分の好きな事ばかりするのはやめろだの、もう少し考えて行動しろだの。この間は父上が他領から取り寄せた神の祝福が宿るという金の聖杯を見て、また勝手に予算を使ったのかと父上に文句を言っていた」


 ……えーと。それって普通に聞くと領主の方がダメなんじゃ。


 私からしてみるとコンラートが嫌うその人は言っている内容が本当なのであれば至極真っ当な事を言っているようにしか聞こえないのだが、コンラートにはそう聞こえないらしい。


「父上は凄い人なのだ。父上がなさる事が間違っているはずがない! あいつは父上が気に食わなくて事実を捻じ曲げて文句を言っているだけなのだ!」


 あっ、なるほど。フィルター掛かっちゃってるのね。その愚直なほどの盲信っぷりは決してダメなわけではないけれど、正論を言っているだけなのに嫌われてしまうあの人が酷く不憫に感じてしまう。かと言って父上絶賛盲信中のコンラートに言い聞かせたところで素直に聞き入れるとも思えないし、実際に私は領主の人となりを知っているわけでもないのでどこまで事実なのかも知らない。ここは無難に賛同しておく方が良いだろう。


「コンラート様のお父様ですもの。きっと何かご事情がおありなのでしょう。きっとその方もその内わかってくれますわ」

「……そうだな。父上は間違ってなかったと思う日があいつにもきっと来る」

「ええ、そうですわ。ですからそれまでは広いお心で受け止めて差し上げましょう。コンラート様はわたしくしにも寛容に接して下さるとてもお優しい方ですもの。きっと出来ますわ」

「うむ、それくらい私にとっては容易い事だ!」

「まあ、さすがですわ!」


 はい、ミッションクリア。無事機嫌を損ねる事無く乗り切りました。コンラートは心配になるくらいに素直な子だなあ。その内悪い大人に騙されそう。


 ひとまず無事にその場をしのぎ、お迎えに来た側付きと共に庭園を後にする。リーサとオーレリアと合流して別れの挨拶を済ませ、迎えに来た馬車に乗り込んで帰路につく。

 別れ際、コンラートが少し照れたように視線を逸らしながら「お前ならまた遊んでやってもいいぞ」と言ってきた。あれ、なんだか気に入られちゃった系かしら。


 まあ領主一族と我が家では身分に差がありすぎる。そうそう会う事ももうないだろう。


 そう思って余裕をぶっこいていた私は、数日後にまた呼び出しの手紙を受け取る事になり肝を冷やしたのだった。


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