第一婦人に御目通り
そして約束の日。
グレダリアは来年からの学習院の為勉強に打ち込んでいるので、リーサと私、そしてリーサの側付き数名と護衛騎士を引き連れてお城を訪れる。馬車が一度止まって、門番らしき人と馬車を引いている御者が会話を交わす。確認が取れたらしくまた馬車が動き始めて、少ししてから再び止まった。どうやら着いたらしい。
「二の刻の頃、またお迎えに上がります。時間が変わるようでしたらお知らせ下さいませ」
私達一行を下ろした御者はそう言い残して去っていった。
御者が去ってすぐ、お城の扉から誰かが出てくる。その人はまっすぐこちらに歩いてきて、にこりと微笑みかけてきた。
「フォメール家の方ですね? お話はお伺いしております。わたくしはオーレリア様の側付きをさせて頂いております、ヴェランニと申します。ご案内致しますのでこちらへどうぞ」
綺麗な佇まいのその人に連れられて、お城の中へと進んでいく。しばらく歩いた先にある扉の前で止まると、ヴェランニが扉を軽く叩いた。
「オーレリア様、フォメール家の方がいらっしゃいました」
「お通ししてちょうだい」
扉の先から凛とした声が響いて、緊張で体が張り詰めていく。ガチャリと扉が開き中へと促された。足を止めておくわけにもいかず、恐る恐る中に入っていく。側付きと護衛騎士らしき人を後ろに控えさせ、第一婦人が席に座っている。隣には同い年くらいの小さな男の子もいた。リーサについて第一婦人の前まで行き、跪いて胸に手を当てた。
「お初にお目に掛かります、オーレリア様。この度はお招きに預かりまして恐悦至極に存じます」
「お顔を上げて下さいませ、フォメール婦人。こちらこそ、お会いできてとても嬉しいですわ」
オーレリアが優雅に微笑み、左隣に座った少年の方を向いて紹介をしてくれる。
「紹介するわ。わたくしの子のコンラートです。フォメール家のお嬢さんと同じ年の頃と聞いて今回同席させましたの」
「ご配慮痛み入ります。お初お目に掛かります、コンラート様」
「うむ。よろしく頼む」
まだ声変わりしない高い少年の声が頷く。そしてオーレリアはリーサから私へ視線を変えると、凛と澄んだ声で話し掛けてきた。
「貴女がフォメール家の娘さんね。急に呼び出してしまってごめんなさいね」
「いえ、とんでもございません。こうしてお目に掛かれました事、大変嬉しく存じます」
「まだ小さいのにしっかりしたお子さんね。さ、どうぞお座りになって」
とりあえず挨拶は無事終われたらしい。貴族のお作法ちゃんと勉強してて良かった……。
席を促され、私とリーサは椅子に腰を下ろした。目の前に紅茶の注がれたティーカップが置かれる。オーレリアとコンラートが紅茶を口にしたのを見てリーサがカップに口を付けたので、それに倣うようにして私も紅茶を一口、口に含んだ。
「お名前を伺ってもよろしくて?」
優雅な動作でティーカップをテーブルに置くと、オーレリアが尋ねてくる。
「ソフィアと申します、オーレリア様」
「そう、ソフィア。わたくしが今回貴女方をお呼びしたのは、貴女が研究しているというハーブの使用用途にとても興味を惹かれたからなの」
「ありがとう存じます」
「早速見せてくれるかしら?」
オーレリアの問い掛けにもちろんです、と返事を返して、後ろに控えている側付きに視線を向ける。リーサの側付きはそれに気付くとすぐにハーブの入った箱を手にして近付いてきた。
「まずは本日の為にお菓子を焼いてきました。パウンドケーキというお菓子です」
リーサの側付きがオーレリアの側付きへ包みを渡すのを確認して、説明に入る。
「このパウンドケーキにはチェザーノというハーブを使用しております。チェザーノを細かく粉末状にして、生地に練り込み焼いております。チェザーノは美肌効果とお通じの改善、体のむくみ解消も期待できるとても体によいハーブです」
「まあ、それは嬉しいわ。早速頂いてみましょう」
オーレリアの側付きがリーサの側付きにやり方を教えてもらい、パウンドケーキをスライスして一つずつ皿に取り分けていく。ナイフとフォークで一口サイズにパウンドケーキを切り、口に含んだ瞬間オーレリアの顔が一瞬にして綻んだ。
「とても美味しいわ。生地がフワフワしていてとても食べやすいのね」
「これなら甘すぎないので私でも食べられるな」
コンラートもお気に召したようで食べ進める手が止まらない。甘さ控えめで作ったので甘い物が苦手な人でも気軽に食べられる甘さ加減だ。ちなみにパウンドケーキを作る上で、バターを作る作業が一番大変だった。瓶にシーフの乳を入れてひたすら振り続ける作業は女性にはしんどい作業だ。腕がパンパンになってしまい途中で挫折して男の人に代わってもらった。
パウンドケーキと紅茶が大分進んだところで、第二弾を投入する。
「お次ですが、よろしければハーブティーを飲んでみませんか?作り方をお教えしますので今後気軽にお楽しみ頂けますよ」
「ぜひお願いするわ」
側付き達がハーブティーの準備をする。ティーポットの中に摘みたてのミントとレモンバームをちぎって入れ、熱湯を入れて5分程蒸らす。ティーカップに注がれたハーブティーからはミントとレモンバームの爽やかな香りが立っている。
「ハーブを入れて、お湯を入れるだけですぐ作れます。ファビオの蜜を入れて甘さを調整してくださいませ」
ファビオの蜜はハチミツのようなものだ。自然な甘さがあり、飲み物やお菓子によく使う。砂糖よりも安価なのでとても使い勝手が良い。ファビオの蜜で甘さを足したオーレリアがカップを手に取り、ゆっくりと香りを吸い込む。鼻を擽る爽やかな香りを堪能したあと、ゆっくりと口に含んだ。
「……なんて味わい深いのでしょう。普通の紅茶とは全く違う風味ですのね」
「お気に召されましたか?」
「ええ。とっても」
未知の体験に目をキラキラとさせて喜んでいるオーレリアに、私も思わず口元を緩めた。本当に今まで薬以外にハーブを使ってこなかったのだと見て感じ取れる。ハーブにはもっと色々な使い方があるのだ。
「ハーブは趣向を凝らせば様々な用途に役立ちます。使い方次第では、髪に香りを付ける事も出来るのですよ」
「髪に香りを?」
「はい。よろしければこちらを差し上げます」
ラベンダーを使った香油が入っている瓶をオーレリアに差し出す。パッと見ただけではこれが何か判断がつかないらしく、オーレリアは不思議そうに目を瞬かせた。
「こちらはハーブを使った香油です。ハーブを使っておりますので髪に香りが残ります。お湯で薄めて髪やお肌にお使い下さい。」
パウンドケーキとハーブティーを紹介したが、本日のメインはこの香油だ。この世界にはシャンプーもリンスもあるが、香りが全くしない。髪を洗う為だけに作られているものだったので、香り付けをしたくて作った趣向品だ。肌に塗ればお肌スベスベにもなるしね。
使用用途を理解したオーレリアが、瓶の蓋を開けて香りを確認する。ラベンダーの優しい香りにオーレリアの頬が桜色に色付いて喜びを知らせた。
「……とても落ち着く香りね。湯浴みの時間が楽しみですわ」
「心を落ち着かせ、安眠効果もある香りですから夜はぐっすりお休みになれますよ」
どうやら香油も喜んでくれたらしい。全てのプレゼンを終えてホッと安堵する。途中、商品化して市場に売り出さないのかと聞かれたが、今のところその予定はないので丁重にお断りしておいた。そもそも金儲けをしたかったわけではないし、毎日食べるご飯を美味しくする為に考えたのだ。それにハーブは平民にとっては少しお高いだろうしね。まあ、もっと種類が増えたらその内貴族向けに販売するのは良いかもしれない。