レッツ、クッキング
「まあまあ、どうなさったんですがソフィアお嬢様」
厨房へ入ると、調理担当のマーニーが驚いた様子で駆け寄ってくる。マーニーはこの家の調理を全て任されている料理人で、50歳くらいのふくよかな体型をした気立ての良い女性だ。何度かミリアと共に厨房を訪れた事はあったが、護衛騎士のフォンネルも一緒なのだ。何事かと思うのも無理はない。
「マーニーさん、驚かせてしまってごめんなさいね。少し相談があって来たの」
「ソフィアお嬢様のお願いならなんでも聞きますとも。さあこちらへ」
促されて厨房の中に入る。椅子を差し出されたのでそこに腰を掛け、採取してきたハーブを見せる。
「お父様から許可を頂いて、ハーブを少し貰ってきたの。このハーブを使った料理を今日の夕食にお出ししたいのだけれど、手伝ってもらえるかしら?」
「ハーブを使った料理、ですか」
なんとまあ突飛な。
マーニーが驚いたように呟く。私はまだ背が小さいので、この厨房で一人で料理する事は難しい。火の扱いに慣れた人の手伝いが必要なのだ。
マーニーは少しの間戸惑いの表情を見せていたが、にこりと笑って自分の胸を叩いた。
「ハーブを使った料理というのはよくわかりませんが、ソフィアお嬢様の為なら良いでしょう。お嬢様ももう9歳ですもの、色々な事に挑戦されるのは悪い事ではございません。喜んでお手伝い致しましょう」
「ありがとう」
無事にマーニーの承諾を取り付け一安心した私は、早速食材の確認を始めた。丁度夕食の下ごしらえをしようとしていたのだろう。厨房の中心にある大きな作業用のテーブルには色々な食材が並んでいる。このお肉は見た目牛肉っぽいな、使えそう。
「どの食材を使うか選びたいので、いくつか味を確かめてみても良い?」
「ええ、構いませんよ」
マーニーの許可をもらって、気になった食材は味見してみたり、普段どういう料理に使っているか使用用途を聞いたりして食材を厳選していく。
食材が決まれば早速調理開始だ。主食はさっき見たお肉にしよう。前に夕食に出てきたステーキと同じものらしいし、多分大丈夫だ。まずはステーキの付け合わせに添える野菜を食べやすいサイズにカットする。ローズマリーの葉を茎から一枚一枚丁寧に剥がし、ボウルに入れていく。セージとタイムも同様に。オリーブオイルの代用として、クヌル油を使う。風味がオリーブオイルっぽいので多分いける。ジジブの球根を一欠けらスライスして、塩胡椒で味付け。ジジブの球根は食べたらそのまんまニンニクだった。出来上がったマリネ液に付け合わせの野菜と肉を入れて漬け込む。これでメインの下準備は完了。次はスープだ。
スープには先程使ったローズマリーとタイムの他に、ローリエを入れよう。マーニーとミリアに手伝ってもらいながらトマトスープを作る。スープにお酒を入れたら物凄く驚かれた。
続いてミリアにサラダ用のドレッシングを作ってもらっている間に、マーニーにお願いして鍋に牛乳と塩を入れ火をかけてもらう。
「シーフの乳なんて火にかけてどうするんです?」
時折ぐるぐると鍋をかき混ぜながらマーニーが聞いてくる。ドレッシングを作っているミリアも興味深々だ。厨房の入り口から時折こちらを盗み見ているフォンネルも気になっているらしい。
「ふふ、出来てからのお楽しみよ」
牛乳、いやシーフの乳を温めている間に、ポムの実をスライスしておく。ポムの実はトマトスープを作った時にトマトとして使用したものだ。赤くて果汁がたっぷり、見た目はそのままトマト。あとは柑橘系の果物があったので、それをカットして果汁を絞る。
「あ、そろそろかな」
シーフの乳の表面に細かい泡が出来始めたので、火を弱火にしてもらう。先程絞った果汁を3回ほどに分けて入れて、ゆっくりと鍋の中をかき混ぜる。
「シーフの乳が……」
「固まってきた!?」
鍋の中のシーフの乳がドロドロと固まってきているのを見て、マーニーとミリアが驚愕の表情を浮かべる。見かけないからもしかしてと思ったけど、やっぱりこの世界にチーズってなかったんだ……。
「あとで味見してみましょう」
火を止めてもらい、食い入るように鍋の中を見つめる二人に声を掛けた。厨房の入り口でこちらの様子を窺っているフォンネルも後で味見させてあげよう。
しばらくしてから布の中にドロドロになっているシーフの乳を入れて、水分を切っていく。好みの硬さになるまで二時間ほど水切りをしたら、チーズの完成だ。早速少しすくって食べてみる。
「んーっ、美味しい!」
思ったより上手くできたチーズにご満悦の笑みを浮かべる私を見て、マーニーとミリアも恐る恐る試食する。口に含んだ瞬間、二人の頬が興奮に色付いた。
「まあ、なんて濃厚な味でしょう!」
「この滑らかな舌触り、上品な味わい……シーフの乳からこんなに美味しいものが作れるなんて」
興奮冷めやらぬ二人に、ついに我慢の限界に達したフォンネルが厨房の中に入ってくる。
「わっ、私にも! 私にも食べさせてくれ!」
「ええ、どうぞ」
笑みを堪えきれずにクスクスと笑いながらスプーンですくってフォンネルに差し出す。チーズを食べたフォンネルは驚きに目を見開いた後、「美味い!」と叫んで口の中に残るチーズの味を噛みしめていた。
とりあえず、私の味覚がずれているのではなく、味付けのレパートリーが少なすぎてどれも微妙な味だったという事はこれで証明できたようだ。