ソフィアという少女~閑話~カミロ視点
こちらは閑話となります。
飛ばして頂いても物語の進行に支障はございません。
いつもより短めです。
娘のソフィアがハーブの商品を売りたがっているのだが、一度話を聞いてはもらえないだろうか、という内容の手紙をフォメール家からもらったのは二日前のこと。フォメール家は我がフィネッティ商会を贔屓にして下さっている中位貴族だ。正直、この手紙をもらった時はなんて面倒な話を持ってきてくれたのかと頭を悩ませた。手紙に書かれているソフィアという娘は、一番下の子供で10歳の少女らしい。ハーブに関する研究をしていて商品を作ったから売ってほしいそうだが、10歳の子供に何が出来るというのか。相手は温室育ちのお貴族お嬢様だ。利益となり得る物を作ったとは到底思えないが、貴族の申し出をおいそれと断る事も出来ない。
「なんて面倒な話だ……」
「フォメール家の手紙の件でございますか?」
気が重たすぎて思わずぼやいてしまったようだ。執務をしていたアクレスが手を止め顔を上げてこちらを向いた。
「ああ、そうだ。行くだけ無駄だろう。俺はお貴族様の子守など御免だぞ」
「けれど、明日伺うともう返事を出してしまったのですから行く他ないでしょう」
「わかっているさ、貴族の頼みを断れはしないからな。下手すれば商売にも響きかねん」
それがわかっているから、尚更面倒なのだ。貴族は大事な顧客だ。下手をして客足が途絶えるような事になれば一気にうちの商会は潰れてしまう。だから選択肢としては「行きます」しかないのだが、子供が作ったお遊びのような代物を売れないとわかっていて取り扱うのも、売れないから却下と言うのもどちらも胃痛を誘う結果だ。
とはいえ行かなければならない事に変わりはない。今はただ明日が少しでも穏便に済む事を祈るばかりだった。
そして翌日。
最近はもう下の者に任せていたのでフォメール家へ行くのは久しぶりだ。家の者に案内されてフォメール婦人の部屋へと向かう。部屋の中に入ると美しい黒髪を結い上げたフォメール婦人と、母親譲りの夜空のような黒髪の少女がいた。あの少女が噂のソフィア嬢だろう。瞳は夏の澄んだ青空のようでいて、夜空に稀に現れるという青い月のようでもある。なんとも神秘的で美しい少女だった。
とはいえ所詮は子供だ。フォメール家にこんなに綺麗な娘がいたのは驚きだが、彼女が作った利益になり得ないであろう商品の話をしなければならいと思えばその美麗さも半減する。今日はフォメール婦人と無難に話をして、ついでに新しい衣装か装飾品の注文でも取れればそれが一番だ。
そう思っていたのだが、最初から私の出鼻は挫かれた。フォメール婦人と話をするものだとばかり思っていたが、どうやらソフィア嬢が話すようだ。こんな子供とまともに話など出来るとは思えんがな。
ところがソフィア・フォメールという10歳の少女は、私の予想を遥かに超える人物だった。実際の調査結果を元に資料を作り、それを使っての商品開発。標的とする顧客層を明確にしており、拡大販売をする為の計画も練っている。販売しようとしている商品自体も悪くない。いや、むしろ貴族女性に的を絞るのであれば打ってつけの代物だ。そしてそれだけでは終わらせずに、基盤を作った後は別の商品で一気に事業拡大。それが美味い料理であれば食い付く貴族は山ほどいるだろう。正直、俺も今すぐに料理手順がほしいくらいだ。
そんな俺の心理状況を理解した上で、それを餌とするしたたかさ。おまけに値段交渉までしてくるとは。憎たらしいほど抜け目のない娘だ。
――貴族にしておくのが勿体ないな。
心底俺はそう思った。商人になれば間違いなく上に行ける逸材だ。あの年で俺のような者を相手にあそこまで出来るなど、最早天賦の才としか言わざるを得ない。27歳という若さでフィネッティ商会の会長の座を手に入れた俺が、一切の主導権を握らせて貰えなかったのだ。一つの商会を取り仕切る身であるこの俺が、たった10歳の貴族の娘に。沸き上がる感情は悔しさや劣等感というよりも、興奮の方が圧倒的だった。たかが子供と嘲っていた先程までの俺に言ってやりたい。油断していると食われるぞ、と。
「……面白い」
知らず言葉が漏れ出てしまう。フォメール家を出てすぐそう呟いた俺を見て、アクレスが楽しそうに微笑む。
「何やら悪い事を考えている時のような顔をしていらっしゃいますね、カミロ様。随分とご機嫌なご様子で」
「ああ、何も知らぬ貴族の子供と侮っていた。商人として仕込めばあれは化けるぞ」
商人としての気質が、あの少女を商人として育て上げたいと叫ぶ。神秘的な美しい外見の内側に鋭い爪を隠した彼女を、どう育てるか。どんな知識を教え、何を与え、どう育てていくか。フィネッティ商会への帰路の途中、俺はそればかりを考えて無意識に口元を吊り上げたのだった。
ソフィアという人物を他の目線から書いた事がなかったなと。
良い機会だったのでカミロ視点で書かせて頂きました。
実は黒髪青目のかわいこちゃんです。




